迷いの4組
当たり前だけど、今日の残りの授業は休みとなった。
俺たち4組の生徒は教室に戻され、待機を命じたザリエル先生も姿を消した。
個々の部屋には戻らず、明日までこの教室にいるように…という言葉を残して。
いきなりの教室泊かよ。
用務担当の職員数人が、最低限の寝具と暖房、それに弁当を運んできてくれた。
その配慮はありがたい。しかし一方、ここから動くなという意志も強く伝わった。
どうやら「タクミ」が姿を消したというのは、想像以上に深刻な事態らしい。
「オズ。」
心配げに声をかけてきたのは、カミラード級長だった。
「…今のあたしたち、何をすべきだと思う?」
「何にも。」
意地の悪い即答をしてしまったと思うものの、それ以外に答えようがなかった。
「思いつかないってのも本音だが、この状況で俺たちにできる事は多分ないだろ。
とにかく何でもいいから情報を得ないと、何してもきっと悪くなるだけだ。」
「やっぱり、そうよね…。」
俺がそう答えるしかないというのは、級長もある程度分かってはいただろう。
ただ、黙って待っているのが耐えられないってだけだ。他のみんなも大体同じ。
俺たち2人のやり取りをチラチラと窺うその顔に、不安がありありと見て取れる。
…そういう俺だって似たようなもんだろうな、絶対に。
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ここから動くな。
バラバラになるな。
何とも雑であり、そして不親切極まりない指示だ。
しかし、その意図はおよそ分かる。
正体の分からない人間が他人に化けて編入していたのが判明し、そして行方不明。
となれば、在籍していたクラスの人間はうかつな事をすべきじゃない…って話だ。
俺たち個人に大した力がないのは公然の認識だし、重要な情報も持ってはいない。
相手の行方が判るまでは下手に動くなよ、と言われるのは当然の流れだろう。
大勢の人員を割いて保護するほど、俺たちは学校にとって重要な存在じゃない。
この雑な処遇を鑑みると、あらためてその事を痛感させられるな。
「なぁーんか、釈然としないわよね。」
不安な顔にもいいかげん飽きてきたのか、ガウバーがそんな言葉を口にした。
「あたしたちだってそれなりに深く付き合ってたのに、話のひとつも聞かない。
とりあえず教室でじっとしてろってだけ。こういうの、あたしは腹立つなあ。」
「……」
誰も答える者はいない。それは承知と言うように、ガウバーはなおも続ける。
「落ちこぼれの4組だからでしょ?…そんなの今さら言われなくても分かってる。
だけど、メルニィはあたしたちをそんな風には絶対に見なかったじゃない。」
その言葉に、何人かがハッと顔を上げる。
声を上げたガウバーを見つめるその表情に、少しだけ変化が見てとれた。
そう言えばそうだったな。
桁外れの強さを持ってるくせに、あいつはいちいち俺たちの魔法に感激していた。
一緒に考えて何か応用を思いつく度に、当人以上に大はしゃぎしていた。
俺たちを遊び道具にしていたのか?
違う。
あいつは俺たちの可能性が広がるのを、まるで自分の事のように喜んでいたんだ。
会って間もない、それもこんな落ちこぼれ集団を、あいつは誰よりも認めていた。
だからこそ、ガウバーは腹を立てているんだ。
あれだけ一緒の時間を過ごした俺たちから、何も聞こうとしない学校の姿勢に。
しばしののち。
「…まあ、何事も順番があるって事でしょう。イライラするだけ損よ。」
そう答えたのはウーバだった。
「オズが言うとおり、今は動くべきじゃない。まずは2人が戻るのを待とうよ。」
「…そう、ね。」
不満げな表情を浮かべながらも、ガウバーは頷いて座り直す。
2人が戻るのを、か。確かにそのとおりだ。
しかし、いつ戻ってくるだろうか。
本当にここに戻ってくるだろうか。
学長に呼び出された、タカネとリータは。
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無意味に食事を抜くのは馬鹿のやる事だ。
いかに心配事があろうと、いかに気が進まなかろうと、とにかく食べておく。
そうしなければ、いざという時に体は言う事を聞いてくれなくなる。
ものも言わずろくに味も確かめず、俺たちはもそもそと食事を済ませた。
他にする事もない。あれこれ話す気にもなれない。だから、ひたすら待った。
日が傾き始めた頃。
「…あ、戻ってきた。」
顔を上げたラスが、誰にともなくそう告げた。どうやら足音を感知したらしい。
みんながパッと入口に視線を向ける。数秒の間を置き、扉はゆっくりと開いた。
足音を拾っただけでラスは「戻った」とは形容しない。ちゃんと聞き分けている。
案の定、入ってきたのはタカネとリータだった。
「ただいま。」
「遅いよ!」
「どうだった!?」
女子連中が殺到し、我先にと質問を投げかける。…ああ、不安だったんだろうな。
今も2人は”正体不明の人物の連れ”であるはずなのに、そこはもうお構いなしだ。
タカネたちも、特に態度を変える様子は見られなかった。
「まあ、あれこれ聞かれたよ。先にタカネ、その後であたしって順番でね。」
「一緒にじゃなかったのか。」
思わず訊いてしまった。そんな俺に、タカネが頷いて答える。
「ええ。だから時間かかったのよね。まあ、口裏を合わせたりしないようにかな。
どっちもオズレン学長直々の質問だったから。」
「そうか…。」
やっぱり、学長が直接2人にあれこれ訊いたのか。事の重大さが嫌でも分かる。
大きな行事以外ではまともに姿を見せない学長が関わってるんなら、ここからも
穏やかには済まないんだろうな。
「ちょっ、みんな一旦落ち着こう。」
収拾がつかなくなってきたあたりで、級長がひときわ大きな声でそう言った。
仕切り直しが必要なのは大いに同感だ。とにかく、まずは状況を整理しないと。
とりあえず、その号令で騒いでいたみんなは黙り込んだ。それを確かめた上で、
級長はこっちに向き直る。
「…オズ、ちょっと来て。」
って、俺かよ。
やっぱり級長としても、今この場で冷静に話を進められる自信がないんだろうな。
…俺だってあんまりないけど。
でもまあ、やるしかないよな。
「分かった。」
短く答えて立ち上がった俺は、級長やタカネたちのもとへと歩み寄る。
正直、あんまり不安はなかった。2人とも、どこまでもいつも通りだったから。
正体不明はこの2人も変わらないはずなのに、近づくにつれて不安が消えていく。
黙って俺に視線を向ける他の連中の顔を見返すと、なおさらそう感じる。
ああ、やっぱりみんな同じなんだよな。
あらためて俺は確信した。
あいつが誰であろうと。
今まで何をしてきた人間であろうと。
信じたいんだよな。
いや違う。信じてるんだよな。
ジェラに何があったのかは見当もつかない。そして今、あいつはここにいない。
あらためてぶっ倒れたのを、2組の人間が連れて行ってしまった。
今はもう、それも含めて分からない事だらけだ。
だからこそ、俺たちはあいつを信じる。
あの朗らかな泣き虫をとことん信じてこそ、きっとうまくいく。
そんな気がする。
どうせ俺たちは落ちこぼれ認定されてるんだ。
信じたいものを信じようぜ。
なあ、級友たちよ!




