決裂の一撃
「…2組のオルラさん、だっけ?」
「ええ。」
問いかけに答える口調に、激情は感じられない。だけど張り詰めている。
在校生最強と呼ばれ、ミロスのパートナーでもある「蒼炎のベステュラ」が今、
明らかな敵意と警戒心を持ってあたしと相対している。
メルニィ・リアーロウではなく、「荒野拓美」としての姿をさらしたあたしと。
はっきり言って、状況はかなり悪い。
ここでオルラ・ベステュラが乱入してくるという事態は、想定外もいいところだ。
チラッと見れば、まぎれもないミロスもそこにいる。ベリクの街で会って以来か。
まさかこの顔に戻った直後に再会するとは、因縁めいたものを感じてしまうね。
さて、どうする。
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炎とは対極の冷徹な視線をこちらに向けつつ、オルラはあたしに問いかけた。
「それで、あなたの名前は?」
「……」
しくじった。
たとえ確認でも相手の名前を問えば、問い返されるのは当然の流れだった。
今この状況で答えないのは無礼だし、やましい事があると思われても仕方ない。
しかもすぐそこにミロスがいる。確か、彼女には普通に本名を名乗ったはずだ。
ここで下手な偽名などを使えば、巡り巡ってまた不安要素が増えてしまうだろう。
「…答えられないの?」
口調は変わらないけど、明らかに詰問だ。これ以上は引っ張れない。
もう、仕方ない。
「拓美。」
緊張で声が裏返りそうになったけど、何とか名乗れた。
シュニーホ魔法学校へ来て、およそ70日。
初めて皆の前で名乗る、あたしの本名だった。
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「…タク…ミ?」
非常に残念ながら、周りのみんなの反応を見る余裕などはなかった。
いくら何でも、在校生最強を目の前にしてそんな呑気な事はやっていられない。
今この瞬間、攻撃されたって文句は言えない状況なんだから。
しかし、当のオルラは何とも怪訝そうな表情を浮かべていた。
正直ちょっと予想外だ。どういうリアクションなんだろうか、これは。
とは言え、それも長くは続かなかった。
「なるほど。」
違和感を振り切るかのように向き直った彼女の視線に、厳しさに似た色が宿る。
「要するに、自分がメルニィ・リアーロウでないと認めるわけね。」
「…ええ。」
詰め手に近いな、この一問一答。
タイムリミットが近い。
ジェラが何をしたか。彼女とジェラがどういう関係か。そういうのは別問題だ。
あたしがメルニィでないという事実のみが、今のやり取りの要点になっている。
こんなはずじゃなかった。
たとえ疑われたとしても、「魔法だから」のごり押しで何とかできるはずだった。
ここまでピンポイントで具体的な話を畳み掛けられるとは、思ってもいなかった。
やっぱり、見通しが甘かったとしか言えないのだろうか。
少なからず会うのを楽しみにしていた最後のクラスメートは、破滅を呼んできた。
彼女を恨むのは筋違いだろうけど、それでも今は恨めしい。
どうする。
オルラ・ベステュラの実力は多くの人から聞いている。さっきも片鱗を垣間見た。
勝てるか否かと問われれば、勝てると即答できる。いくら強力な炎を操れても、
それだけで倒されるほど今のあたしはヤワじゃない。タカネもリータも同じだ。
力ずくでこの状況を突破するのは、そんなに難しい事じゃないだろう。
だけど、そうなればもう全面衝突は避けられない。
戦った末にオルラを殺したりすれば、あたしは完全にシュニーホの敵になる。
いや、下手をすればラスコフの全ての魔術師を敵に回す事にもなり得るだろう。
そこから始まる血みどろの戦いなんて、想像したくもない。
あたしは、そんな事をするためにはるばるシュニーホまで来たんじゃない。
間違っても、そんな事をするためにはるばるこの世界まで来たんじゃない。
些細な事実を知りたいだけだ。
「登録された編入生でない以上、連行する必要がある。そのくらい判るわよね。」
「……」
もう猶予がない。
正直な話、学校生活が楽しくて具体的な情報収集はあまり進んでいない。
このまま連行されれば、一気に真相に近づくか遠ざかるか。多分どっちかだろう。
はっきり言ってあまり期待できない。
下手すれば、あたしがメルニィを殺したのだと結論付けられる可能性さえある。
そうなればもう、何もかも終わりだ。今までの全てが水泡に帰す。
メルニィが死んだ理由も、永遠に分からなくなってしまうだろう。
嫌だ。
そんなのはまっぴら御免だ!
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嫌だ。
せっかく友達になれたのに。
まだ、あたしの新しい名前も決めてもらってないのに。
こんな形で何もかも終わるなんて、絶対に嫌だ。
あたしに何ができる?
蒼炎を再現できるだろうか?
それを使えば、彼女を退けられるだろうか?
「タクミ」は、それを望むだろうか?
あたしは…
「…!?」
穴が開くほど凝視していたオルラ・ベステュラの背後で、不意に何かが動いた。
「タクミ」の怒声に気圧され、萎縮していたはずのジェラが構え直している。
すぐ前に立っているオルラは、それに気づいていないらしかった。
何だあの表情は。
どんな感情を抱いているのか、さっぱり読めない。
そもそも、あんな表情を浮かべたジェラを今まで見た事がない。
この期に及んで、何をする気だ?
考える前に、凄まじい輻射熱で視界が一気に歪んだ。
「な、何ッ!?」
誰かの声がかすかに聞こえるけど、それどころじゃない。
どこにそんな力が残っていたのかと思うほど巨大な火球が、一瞬で形を成した。
反応が遅れたオルラは明らかに狼狽していた。さすがに注意が少しだけ逸れる。
次の瞬間。
火球の形成に倍する速度で、同じ大きさの水球がすぐ目前に出現していた。
「…ああぁッ!!」
今度の悲鳴の主は、たぶんカミラード級長だ。
数瞬のちに起こる事態に対し、思わず慄いたらしい。あたしだって同じだよ。
だけど、現実は容赦なかった。
ドガァァン!!
ほとんど距離を置かずに滞空していた2つの巨大な球が、一瞬で衝突する。
結果はさっきと同じ。そして、その規模はさっきの比ではなかった。
ものすごい勢いで発生した高熱の蒸気が、屋外演習場全体を真っ白に塗りつぶす。
蒸し殺される事を覚悟した瞬間。
ザバッ!!
考える間もなく、いきなり大量の冷たい水が頭からぶっかけられた。
一瞬遅れて到達した蒸気が、その水の温度で相殺される。確かに熱かったけど、
被った水の気化によって致命的なダメージは何とか受けずに済んだ。
多分、やったのはタカネかリータだ。
あたしだけじゃなく、この場にいた全員を守るために水を生成したんだろう。
しかし、視界は完全に遮られてしまった。さっきとは違い、なかなか晴れない。
うかつに動けないこの状況が、どうにももどかしかった。
そして、悪い意味での予感があった。確信と言ってもいいかも知れない予感が。
やがて靄は晴れた。
目を凝らすまでもなく、あたしは予感が当たった事を知る。
多分だけど、同じ予感を抱いたのは1人や2人じゃなかっただろう。
「タクミ」の姿は、どこにもなかった。




