ラスの戦慄
「えっ」
蒼い炎がすぐ目の前で爆ぜるのを見て、あたしは血の気が引くのを感じた。
思わず、すぐ隣に立っているタカネに向き直る。
動いていない。
血相を変えて飛び出したかもと思ったけど、変わらず場の推移を見守っている。
彼女は強い。音を操るぐらいしかできないあたしから見れば、次元の違う存在だ。
もちろんそれを振りかざしたりはしないし、話せば気さくなお姉ちゃんだけどね。
そして、ここまで付き合えば嫌でも分かる。
彼女なら、シュニーホに在籍しているどんな魔術師にも負けないだろうって事は。
もちろんそれは、目の前に現れた「蒼炎のベステュラ」だって例外じゃない。
そこまで強い人がクラスメートになったという事実は、正直かなり嬉しかった。
だけど。
今この場の展開を目の当たりにすると、言いようもない不安が押し寄せてくる。
タカネがメルニィを大事に思っているのは、もはやクラス全員の周知の事実だ。
彼女が窮地に陥るような事があれば、タカネは世界中を敵に回す事も厭わない。
程度の違いはあるけど、リータだって似たようなものだろう。編入生の3人は、
そういう意味でも強い絆を持っている。
もちろんあたしたちだって仲良くなったけど、それとはまた別だろうなと思う。
その事について、特に思うところはない。人と人との関係なんてそれぞれだし。
じゃあ、何が不安なのか。
メルニィが別人だったから?
違う。
姿を変える魔法なんて別に珍しくもない。真相が何であれ、そんな事くらいでは
怖れたりしない。あたしだって伊達にシュニーホに通ってるわけじゃないんだよ。
だったら何か。
この期に及んで、タカネが動こうとしないという事実が怖いんだ。
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オルラ・ベステュラは、在校生の中では最強と目される魔法の使い手だ。
まだ編入してそんなに経っていないにもかかわらず、その実力は圧倒的過ぎて
誰も相手にならない。たぶん本業の魔術師相手でも決して後れは取らないだろう。
事実、彼女はすでに何度も特命を受けて、単独出向しているという話だ。
戦闘系魔法の使い手たちが競い合っている1・2組の中にあってさえ、その地位を
脅かそうという者は現れないらしい。言わば彼女は、今のシュニーホの看板だ。
だけど隣に立つタカネは、そんなオルラの乱入にさえ行動を起こそうとしない。
どうしてか。いくら自分でも、彼女には敵わないと思っているからか。
逆だ。
自分が手を出さなくても、メルニィ独りでどうにかできると確信しているからだ。
きっと、その確信は正しい。
もし真っ向から衝突する事になったとしても、メルニィは決して負けはしない。
いつも明るく楽しく泣き虫な子だけど、本気を出せばオルラにも絶対に勝てる。
それが事実だという事は、今のタカネの態度で嫌というほど分かってしまった。
確信までは持てないけど、もしこれがリータでも似たような展開になるんだろう。
怖い。
そして、今の状況は決定的にまずい。
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ジェラが何だかおかしくなっているのは驚いたけど、それは原因を調べればいい。
あれだけ長い間どこかに行ってたんだから、何かしら起きてても不思議じゃない。
以前までならどうしようもなかった。でも、それこそ今はタカネたちがいるんだ。
どんなにジェラが猛り狂おうと、それ以上の力でねじ伏せてしまえば事足りる。
あくまでもそれは4組の問題でしかないから、大ごとにはなり得なかっただろう。
だけど、ここでオルラと激突するのはどう考えてもまずい。
何で彼女がジェラを庇うのかは見当もつかない。何か複雑な事情があるんだろう。
しかし理由がどうであれ、2組のトップと4組の編入生が真っ向から戦うってのは
危険過ぎる展開だ。そもそも、そういう衝突を避けるための教室設定なんだから。
自分こそ一番だと主張する連中が小競り合いを起こすのは、別に珍しくもない。
こないだのあたしとジョウの戦いだって、元はと言えばそういう話が原因だった。
あたしたち4組にはあまり縁がなかったけど、そんな喧嘩はしょっちゅう起こる。
実力至上主義の校風っていうのは、そういうのも含めてのものだからだ。
だけど今。
目の前でメルニィと向き合っている人物は、まぎれもなく在校生のトップだ。
彼女が負けるという事はつまり、”絶対的なトップの座”が崩れる事を意味する。
そこから新たなトップ争いが始まる…なんて能天気な話じゃない。
底辺のはずの4組に、そんな恐るべき実力者がいるのが明らかになるって事だ。
しかも最低でも2人。
気付いてなかったけど、他にも2組の人間がこの場に来ている。…という事は、
この後の展開も間違いなく他のクラスに広まってしまう。
ここまでタカネが動かない以上、きっとメルニィはオルラを負かす。
彼女たち自身がどう思っていようと、その事実は途方もない意味を持ってしまう。
あたしたちにとって、メルニィたち3人は仲のいいクラスメートだ。
底知れない実力を持っているのはとっくに知ってたけど、ごく当たり前の事として
受け入れていた。あたしたちにとって3人は、それも含めた上での友達だった。
当たり前の事になり過ぎて、その意味の重さをまともに考えていなかった。
オルラ・ベステュラ以上の実力を持つ人間が複数いるクラスなんて、他から見れば
あまりに危険だ。「全員の力」でグゾントを殲滅した時とは、認識が全然変わる。
魔術師なんて、突き詰めれば「個の力」こそが全てなんだから。
だからこそ、引いた血の気が戻らない。
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オルラは完全に目が据わっている。
メルニィも少なからず怒っている。
衝突は避けられない気がする。
そうなれば、何かしらの破滅も避けられない。
ささやかだけど楽しい学校生活が、終わってしまう。
嫌だ。
あたしはここでちゃんと一人前になって、笑って卒業したいのに。
その喜びを、みんなと分かち合いたいと思っていたのに。
こんなの嫌だ。
誰か
誰か何とかして!




