バグ
「あん?…そんなとこに隠れてたのか。って、妙な格好してやがんな。」
怪訝そうに眉をひそめた男が、ジロジロとあたしに視線を向けてくる。
オシャレヒゲさんを始めとするギルドの皆さんは、何も言わないままだった。が、
言いたい事はその視線だけではっきりと汲み取れた。
何で出てきたんだ、バカ。
ええ。確かにバカです。でも、どうかそのまま黙ってて下さい。
「まあいいや。結構な上玉だからな。お前でいいから、俺たちと一緒に来い。」
「…はい。」
「おいちょっ…!」
さすがに声を上げそうになった角刈りさんを、視線で制する。すぐ傍らで誰かに
支えられているスキンヘッドさんは、どうやら足の甲を撃ち抜かれたらしかった。
後遺症が残らないよう、祈ってます。
「大丈夫です。心配してくれてありがとう。」
これ以外、言いようが無かった。
それでもどうやら、こっちの気持ちは汲んでもらえたらしい。みんなはそれ以上、
何も言わずにいてくれた。
「ハッ。なかなか肝が据わってるじゃねえか。気に入ったぜ、可愛がってやる。」
下卑た笑いを浮かべつつ、サングラス男があたしの肩に無遠慮に腕を回して来た。
さも当たり前のようにその手を下げ、そのまま左の胸を鷲掴みにしようとする。
が、そこは耐久性極振りの皮服。形を感じさせるまでもなく、男の指はその表面を
なぞるだけに留まった。
「あぁ?色気のねえ服着てやがんな。まあいい、後で全部脱がしてやらぁ。」
うまいこと言ったつもりなのか、またしても傭兵2人は声を揃えて笑う。
場の怒りのボルテージが、さらに上がったのが判った。が、ここで争いが起きても
何も解決しない。と言うか、それじゃあたしの目的が果たせない。
ユロスさんの安全よりもギルドの面々の命よりも、はるかに重要な目的が。
「じゃあ、行きましょう。」
敵対の意志がない事を示すために腰の短剣を外して渡し、あたしはそう告げた。
それ以上誰かが何かを言い出さないうちに、さっさと踵を返して入口に向かう。
傭兵2人も満足したらしく、その場の皆にわざとらしい礼をしてあたしに続いた。
ドアを出て車に向かいながら、ユロスさんの腕の骨拘束を解除する。
「乗りな。」
「これ、乗り物なんですか。珍しい形ですね。…バリオはいらないんですか?」
「バリオ?ああ、あの鳥馬か。あんなもん必要ねえよ。自力で動くからな。」
「これだけで走るんですか。何か、凄いですね。」
「まあな。じゃ、楽しいドライブと行こうぜ。」
こういうの、茶番って言うんだろうね。
スカスカのやり取りののち、あたしは助手席に座らされた。運転はサングラス男。
もうひとりがあたしの真後ろに陣取った。
屋根のないジープ系車両だ。残念ながら車にもさほど詳しくないので、車種などは
さっぱり特定できない。が、外側に貼り付けられていたステッカーの意味は判る。
ほとんど剥げてしまっているけど、あれはたぶん星条旗だ。間違えようがない。
恭順の意志を明確にしたので、拘束はされなかった。まあ、完全に丸腰の女性だ。
たとえ抵抗されてもどうにでもできるし、さすがに拘束した女性と相乗りするのは
絵的に気が引けるのだろう。
そうこうしている内に、車は走り出した。足元からのエンジン音が実に懐かしい。
けれど、そんな事に感慨を覚えている場合ではなかった。
今のあたしには、やらなきゃならない事がある。
正直、これまでで最も緊張しているのが自分で分かる。
ジアノドラゴンと戦った時よりも。
メルニィに擬態して、敵地に乗り込んだ時よりも。
桁違いの緊張に、視界が真っ暗になりそうな感覚が何度となく襲い来る。
しっかりしろ、あたし。
無理やり自分を鼓舞してみるけど、やっぱり体の芯が締め付けられるような感じ。
これから向かうのは、たぶん昨夜見た、あの森の中の灯りの地点だ。
おそらく、ベースキャンプか何かを設営してるんだろう。
街を抜けてそこまで、車とは言ってもそこそこ時間はかかるはずだ。
妙な事さえしなければ、その間に危険な目には遭わされないだろうと思う。
この時間が、あたしにとっての最大の試練の時だ。
結果によっては、あたしの旅はここで終わる。
それに抗う術はない。
冷静に、見極めろ。
最大限に頭を働かせろ。
荒野拓美という存在が、まさに今、ここで問われるんだから。
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「どこへ向かってるんですか?」
「森だ。俺たちの根城だよ。どうだ?乗り心地は。」
「驚きました。凄く速いんですね、これ。」
「ハハッ。これで驚いてくれるんだから、安いもんだよな。」
上機嫌な笑い声を上げる男から視線を逸らし、あたしは意識を集中させた。
(タカネ。…どうだった?)
『発音はイマイチだけど、充分ちゃんと伝わるレベルだったわよ。』
(講評アリガト。)
緊張を解そうとしてくれてるのか知らないけど、そういうボケは今はいらない。
(で?相手は?)
『さっきまでと同じよ。何事もなかったように、英語で言葉を返してる。』
やっぱりそうか。
予想の当たったあたしは、背筋が寒くなる感覚に襲われていた。
今のやり取り。
あたしは、あえて全て英語で話してみた。
しかし相手は、それに対してはほぼノーリアクションだった。
それが、どういう事か。
ユロスさんと一緒に隠れていた時、最初に聞いたこの男たちの言葉。
タカネに確認したところ、それは英語だった。つまり、彼らは英語圏出身だという
事になる。そのまま考えれば、地球人だという信じられない仮定が成り立つ。
だけど、本当に重要なのはそこじゃない。
タカネは、それが英語だと判った。
だけど、あたしは全く判らなかった。
かつてのあたしは、決してそれほど成績優秀な学生じゃなかった。
だけど、まったくの落ちこぼれでもなかった。
身振り手振りを加えれば外国人と何とか話せる程度に、英語は知っている。
なのにあの時。
あたしは彼らの話す言葉を、英語として聞き取る事は全く出来なかった。
ギルドでは人がいたから普通に話したけど、今の会話はあえて英語で振ってみた。
結果は、悪い意味で予想通りだった。
あたしは、やっぱり英語が聞き取れなかった。
そして相手もまた、あたしの英語を英語として聞いていなかった。
そして、もうひとつ。
(タカネ。…彼の着てるジャケット、何て書いてある?)
『…本当に判らないの?』
(図形にしか見えない。)
一瞬の間が、タカネの動揺を雄弁に物語っていた。
『…U.S.Army。』
(わかった。ありがとう。)
やっぱりか。
アルファベットを知ってるのに、書いてある文字が文字として認識できない。
ここまで背筋が寒くなったのは初めてだ。逆に、ちょっと冷静になれた気がする。
あとひとつ、確認しなければいけない事がある。
「どうした嬢ちゃん、黙りこくってよ。今さら怖くなったか?」
「ちょっと怖いです。」
本音だ。
半端じゃないくらい、それこそ生まれてこの方、最大の恐怖を感じてる。
「あの、ちょっとお願いが。」
「どうした?」
「何でもいいから、書くものお持ちじゃないですか?」
「ん?ああ、あるけどよ。」
後ろに座る男が、胸のポケットからボールペンとメモ帳を取り出してよこした。
ああ懐かしい!…でも、ここでボロを出したらまずい。
「これ、どうやって使うんですか?」
「そのまま書きゃいいんだよ。やってみな。」
こういう茶番を挟んでおかないと、迷いなく使ったら怪しまれるだろうからね。
こんな局面で、よくここまで冷静にいられるもんだ。凄いなあたし。
たどたどしい手つきで、あたしはボールペンを紙の表面にゆっくりと滑らせる。
W M N。
3つのアルファベットを、少し間隔を空けて並べた。
「これ、何て書いてあるか判りますか?」
「あん?…何だこれ。何かの図形か?」
やっぱり読めないんだ。じゃあ…
間に2文字、素早く書き足してみる。
WOMAN。
「なんか読めたぞ。女…か?」
「そうです。」
アルファベット単体は読めなくても、単語にすれば意味が判るようになるのか。
そこは、あたしと少し違っているらしい。
「これがどうかしたか?」
「いえ。ちょっと聞いてみたかっただけです。」
「心配しなくてもお前は女だよ。後でしっかり自覚させてやるから安心してろ。」
笑えないジョークに愛想笑いを返し、あたしは再び意識を集中した。
これで、何が判ったのか。
常識に囚われず、あるがままを認めて受け入れ、その上で考えてみた。
結論。
彼らは異世界転移でここに来た、違う世界の地球人だ。
安易と言われようが、現状、これだけが納得できる理論だ。あたしもそれなりに、
地球でラノベは読んだからね。
じゃあ、どうしてこんな奇怪な自動翻訳現象が起こっているのだろうか。
おそらく彼らは転移の際、オプションでこの翻訳機能を付与されていたのだろう。
誰によってか、というのは後だ。
自分の発する言葉が、声紋などはそのままに転移先の世界の言語に変換される。
物語のご都合展開と言うと身も蓋もないが、とにかくそういうオプション能力だ。
だから彼らは、ギルドでも当たり前のように会話をしていた。おそらくは文字も
難なく読めるのだろう。
ロアムの村で一晩かけて言語体系を習得した身としては、何とも羨ましい機能だ。
では、言葉や文字に対する、あたしのこの認識阻害は何なのか。
何もかも想像に過ぎないけど、多分これはバグのようなものなのだろう。
あたしは地球人だ。
だけど、異世界転移でここへ来たわけじゃない。この世界の地球から来た身だ。
つまり彼らにとってあたしは、オプション翻訳が適用される異世界の住人だ。
そんな存在が自分たちの言語を知っているのは、完全なイレギュラーなのだろう。
だからこそ、あたしの使う英語は異世界の言語として認識されているのだと思う。
あたしという存在は、それほどまでに異質なのだろう。
しかしさらに考えれば、このバグ自体も本来、認識されるものではなかったのだと
想定できる。つまり、違和感があってもあたしには確認のしようがないって事だ。
もし仮に、完全な万能同時通訳機というものが開発され、普及したらどうなるか。
おそらく多言語という概念は、世界から丸ごと消えてしまうだろう。
相手が何語を話していようと、自分には意味が分かる言葉として耳に届くのだ。
もはや、自分が話している言語が何なのかを考える意味さえなくなるだろう。
今のあたしが、まさにその状態だ。いや、その状態になるはずだった。
本当の意味でのイレギュラーは、タカネだ。
彼女はおそらく唯一の、オプション翻訳の強制力を受けつけない存在なのだろう。
何故なのかに対する仮定はいくらでも思いつくし、そこは正直どうでもいい。
彼女という想定外の耳目を持っているからこそ、あたしはこの奇怪な状況に対して
凄まじいまでの危機感を抱いている。
そう。
想定外って、誰の想定だ?
そもそも彼らは、誰の手によってこの世界に転移してきた?
その疑問に対する答えが、あたしの世界の命運を左右する。
比喩表現じゃない。答え次第で、あたしという存在は根こそぎ崩壊するだろう。
この、言語と文字に対する認識阻害。
些細なバグに過ぎないと、言ってしまえばそれまでだ。
だけど、あたしにはどうしても看過できない。
これが、単なる自動翻訳のバグに過ぎないのか。
それともあたしに対し、意図的に認識を阻害している結果なのか。
もし後者であった場合、それをやっているのは誰なのか。
言うまでもない。
神だ。
大層な表現になってしまったけど、この場合の「神」は便宜的な呼称に過ぎない。
要するに、世界の創造主。何者であろうと、その世界の住人にとっては神だから。
もしかしたら、小説や漫画の作者かも知れない。
映画の脚本家や監督なのかも知れない。
あるいは、乙女ゲーのシナリオライター、もしくはプレイヤーかも知れない。
何であれ、あたしに抗う術はない。
もしも、この傭兵たちが物語の主人公だとすれば。
舞台となる異世界に迷い込んでいる地球人など、目障りなバグもいいところだ。
物語の端役なのか、それともゲームの名もなきモブキャラなのか。
いずれにせよ、削除されても文句は言えない。言う術もない。
あたしが、あたしでいられるかどうか。
ここが瀬戸際だ。
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「ずいぶんとだんまりを決め込むんだな。少しは話そうぜ?」
「そうそう。長い付き合いになるかも知れねえんだからな。」
男たちの言葉が、あたしを現実に引き戻した。
その現実というのが、どういうものなのか。
答えは、彼らが持っている。
確かめる方法は、ごく簡単だ。
たったひとつ、ありきたりな質問をするだけでいい。
それで、あたしの現実が分かる。
動悸が早くなるのが感じられた。
タカネは、何も言わない。
一蓮托生は今に始まった事じゃない。彼女は、あたしの運命に相伴してくれる。
その確信が、あたしに最後の勇気をくれた。
ほんの数秒、固く閉じた目をそっと開き。
あたしは、質問を口にした。
自分でも驚くほど、冷静な声で。
「ちょっと聞きたいんですけど。」
「何だ?」
「あなたたちって、アメリカ人なんですか?」




