異物
「おい、ユロスを隠せ!誰かカウンター代われ!!」
ユロス?
あっ、お姉さんの名前だったのね。
真っ青になったお姉さんが、半ば引きずり出されるようにカウンターから出た。
何か言う間もなく、据え付けのクローゼットのような収納に強引に押し込まれる。
「あんたも入れ!!」
え、あたしも?どうして?
などと呑気に問うほど、あたしは鈍くない。
若い女性の姿が無い街。危険な魔術師集団の存在。合図と同時に受付のお姉さんを
隠す手筈。そこまでピースが揃えば、不愉快極まりない現状は嫌でも見えてくる。
何も言わず、あたしはお姉さんの隣に身を滑り込ませた。
「あんたも運がいいのか悪いのかわかんねえな。」
まったく、おっしゃる通りです。
「狭いだろうが我慢してくれ。何とかごまかすからよ。」
そう言ったオシャレヒゲさんが、こちらの返答を待たずに扉を一気に閉めた。
いきなりの闇で一瞬視界が真っ暗になったものの、外が窺える隙間は充分にある。
すぐ隣で息を詰めているユロスさんの顔も、かろうじて判別できた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。すみません、こんな事に巻き込んでしまって。」
「気にしないで。」
余裕のなさは声で伝わる。それでもこちらを気づかう優しさが、胸に沁みた。
とにかく、この場で起ころうとしている事をきっちり把握しないと。
あたしはあらためて隙間に目を寄せ、聴覚に神経を集中した。
瞬間。
「…は?」
意識を集中した鼓膜が、遠くから迫る異様な音を捉えて振動した。でもあたしは、
その振動が信じられなかった。
…嘘でしょ?
あの音って、まさか…
いくら頭が否定しようが、目の前の現実の推移は容赦ない。
ちょうど扉の隙間の正面に見えている、目抜き通りに面した大きな格子窓。
その向こうに、音源が現れて停まったのが見えた。
疑いようもない。
あれは、軍用の4WDだ。
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勢いよく、扉が開かれる。
顔を強張らせている面々を気にする風も無く、ドカドカと無遠慮に足を踏み入れた
2人の男。皆の反応からして、あれが噂の「魔術師」たちなのだろう。
だけど、違う。それは断言する。
あれが何なのか、あたしは知ってる。
迷彩服にアーミーナイフ。腰に携えた拳銃、手には機関銃。そして分厚いブーツ。
どう見ても、あれは地球の傭兵だ。
あたしはミリタリー系には興味が無かったから、詳しい事などはよく分からない。
だけど、あれがこの世界の住人でない事だけははっきりと分かる。
静まり返った空間に、ユロスさんの荒い息遣いだけが聞こえていた。
と、その静寂を野太い声が破る。
「よぉ、どうした?シケたツラ並べやがってよ。元気かぁ?」
右側に立つサングラスのヒゲ面が、そう言ってゲラゲラと笑い声を上げた。
誰も返事をしない場の空気を気にするでもなく、もう1人が手に持っていた何かを
どさりとカウンターに置く。
あまり良く見えないけど、何かの獣の死骸らしい。
しかし、それよりもはるかに気になる事がある。
(タカネ。あいつ、何語で喋った?)
『信じられないけど、英語。』
信じられないのは、あたしも同じだ。
見た目だけでなく、あの2人は紛れもなく地球人だ。しかも、英語圏の人間だ。
それがどうして、と言うかどうやってこんな所まで来たのか。
あたしでさえ体ひとつ、ましてや直接の異星着陸なんかとても出来なかったのに。
しかもフル装備の上、4WDまで。
分からない事が山積みだ。
何より…
「オイ、獲物を狩ってきたんだぜ。査定とか換金とかはどうした?」
男の言葉に、あたしを含めた場の全員がハッと我に返る。
「そういやあ、受付の人間がいねえんじゃねえか?職場放棄か?」
すぐ隣で息を殺すユロスさんが、ビクッと反応したのが判った。
と、カウンターの奥の扉から、ギルドの役員らしき初老の男性が表れる。
「…いや、すまん。ちょっと奥で作業していたもんでな。」
「そうかい。」
信じてないな。口調で判る。
「大型のロッガ1匹か。金貨8枚ってところだな。」
「あん?…ずいぶんケチ臭いじゃねえか。けっこう苦労したんだぜ?」
「ロッガは基本、森からは出てこない獣だ。実害が少ないから、狩ってもそれほど
金にはならんよ。前に説明したろう?それを…」
パァン!
身を竦ませるような、甲高い銃声が轟いた。
場の空気が、再び凍りつく。角度が悪くて、ここからじゃ見えない。
威嚇射撃でありますように。誰も撃たれてませんように。
「ゴチャゴチャ言うなよ。ビジネスだろ?もっと共利共栄を目指そうぜ。」
「…分かった。」
よかった。撃たれてなかったみたい。
「金貨15枚。これで了承してくれ。」
「ふん。まあいいぜ。毎度あり。」
何が毎度ありだ。ただの強請じゃないか。
とは言え、これで用事は済んだはずだ。場の人たちの顔に少し安堵の色が浮かぶ。
しかし、相手はそこまで甘くは無かった。
「で?受付のお嬢ちゃんはどこだ?」
ユロスさんが、指を噛んで悲鳴を押さえ込んだのが分かった。
「今日は来てないよ。用事は終わっただろう?それ…」
最後まで言う前に、バキッという鈍い音がかすかに聞こえた。
「黙ってろや老いぼれ。」
「ディーンさん!!」
誰かが、慌てて駆け寄ったらしい。
場の空気がそれまで以上に険悪になり、ますます緊迫する。
「おっと、変な真似するなよ。俺たちはビジネスしに来ただけだ。それはお前らも
知ってる話だろ?文句を言われる筋合いはないぜ。これもビジネスだ。」
言い終えると同時に、2人は意味ありげに笑い声を立てた。
黙って聞いているおじさんたちの顔に、ここからでも判るほどの怒りが宿る。
ここまで聞けば、大体のあらましは分かった。
あいつらは地球の対人兵器を容赦なく濫用し、街での優位性を無理やり獲得した。
狩った獲物をギルドに持ち込み、ごり押しで対価をむしり取ってきたのだろう。
やってる事そのものは、そこらのならず者と同じだ。そういう連中を排除するのも
ハンターの仕事の一環だろう。
だけど連中の持っている兵器は、ここではあまりにも強力過ぎる。得体の知れない
攻撃魔法だと思われても、何の不思議もない代物だ。
この地で絶対的な優位性を得たと悟った連中は、さらなる無法に出たのだろう。
言うまでもなく、慰みものとしての女性の拉致だ。
それをビジネスと強弁するのは、ひょっとするとはした金でも置いていくからか。
または用済みになった女性たちを、女衒に売り飛ばしたりしているからか。
したくもないけど、いろいろと想像は出来る。
ここに存在する事実には驚愕と困惑しか沸かないないが、どんな存在かについては
嫌悪感しか湧かない。巡り巡って、地球人だという推測に罪悪感さえ生じる。
この街へ来た時の妙な違和感に対する、最悪の答え合わせができてしまった。
「今日はいないと言ってるだろ。頼むから帰ってくれ。」
この声は、あのスキンヘッドさんだ。
「言い張るねえ。だけど、俺たちだってバカじゃないんだぜ?」
「ああ。ちょっとゴネただけで8枚が15枚だ。あんまり気前が良すぎるのも、
かえって怪しまれるぜ?…とにかく早く帰らせたかったか?」
「逆に、ここにいますって宣言してるみたいなもんだぜ。なあ?」
示し合わせて笑う不快な声がここまで響き、ユロスさんはますます身を縮める。
まずい。
もう、時間の問題だ。
「まあ、あくまで隠したいんならいいぜ。お前らの覚悟を試してやるだけだ。」
「何を…」
パァン!!
再び轟いた銃声に続き、スキンヘッドさんのくぐもったうめき声が聞こえた。
ドサッという音と共に、床に倒れたのがかろうじて視界に入る。どうやらどこか、
見せしめに撃ち抜かれたらしい。
「意地張ったって痛い目見るだけだろうが。ちょっと利口になれよ。なあ?」
「そんなに必死で守るほどのもんか?…お前らなら、他の女で入れ食いだろ?」
何なんだ、こいつらは。
恐れではなく、怒りで手が震えるのが感じられる。
このままでは、状況の好転は期待できない。
あいつら2人を、力ずくで黙らせるのはたやすい。
人間相手なら、頭蓋弾を叩き込めば確実に絶命させられる。
ここまで近距離の対象であれば、わざわざエコーロケーションを使うまでもない。
タカネのサーチだけで充分だ。たとえ有視界外にいても外さない。
だけど、それは出来ない。出来ない理由があまりにも多過ぎる。
自分はかなり麻痺してしまってるけど、頭蓋弾はホラーそのものな攻撃方法だ。
この大勢の前で炸裂させれば、悪趣味極まりない魔術師の仕業と思われるだろう。
それがあたしだと気付かれようが気づかれまいが、大パニックは想像に難くない。
また、魔術師集団は少なくとも20人近くいるという話だった。それが本当なら、
ここで2人だけを殺すのは最悪の火種になり得る。
そんな事にはならないと分かっているからこそ、2人もこれだけの大人数を相手に
傍若無人に振る舞っているのだろう。
どうにも、詰んでいる。
と。
「…あたし、行きます。」
膠着した状況で声を上げたのは、ユロスさんだった。
声も体も、震えが止まっていない。それでも、目が据わっているのが暗がりでも
はっきり判った。
「いや、無茶だって。今あなたが出ても…」
そう。あなたが出て行ったとしても、問題は何も解決に向かわない。とりあえず、
この場が散会になるだけだ。それも、どうしようもなく悪い結果だけを残して。
「でも、皆さんをこれ以上は危険な目に遭わせられないんです。だから。」
「ちょっと黙って、そんでじっとしてて。」
言いながら、あたしは身を乗り出そうとするユロスさんの手首を素早く掴んだ。
勢いに任せ、グッと背面の壁に押し当てる。
「!?何を…」
そのままの体勢で、ユロスさんは動けなくなった。暗いから見えないだろうけど、
両手首を肋骨で固定してあるからね。
「あたしが行く。声を出さないで。」
「そ…んむッ!?」
慌てて何か言おうとする口を、そっと手で塞いだ。
もちろん、納得できるわけが無いだろう。あたしだって説得できるとは思わない。
でも、ここはあたしが行くべきだ。
行くべき理由が、あまりにも多過ぎるから。
ほんの一瞬、あたしは考えた。
そして、空いている方の手を握り、親指をグッと力強く立てた。
「任せて。きっと、何とかするからさ。あたしを信じて。」
我ながら根拠の無い気休めだと、さすがに呆れる。
だけどね。
これでもあたしは、そこそこ修羅場を潜り抜けてここまで来たんだよ。
だから心配しないで。
それに。
あいつらはあたしの世界の根幹を揺さぶる、あまりに危険極まりない存在だ。
どうしても、あたしが話をしなければならない。
たとえ、どれほど残酷な「現実」が待っていようと。
あたしは、逃げるわけには行かない。
(そうよね?タカネ。)
『もちろん。』
よし、行こう。
覚悟を決めたあたしは、人狼融合を発動させた。
その力でもって、固く閉ざされた扉を押し開く。
ギイッという軋んだ音が、張り詰めた室内に響き渡った。
今日、何度目だろう。
場の全員の視線が、一斉にあたしに集まるのは。
さあ。
腹を括れ、あたし。




