街へ
そんなわけで結局、朝が来るまで休みたかったので、小腸ベッドを作って寝た。
獣に寝込みを襲われないよう、森の木よりほんの少し高い場所に滞空する形で。
もちろん、タカネに寝ずの番を頼んだ。何だかんだで疲れ切ってたなあ、あたし。
夜明けまでの短い時間だったけど、泥のように眠った。
明け方、フランクフルトソーセージを嫌ってほど食べる夢にうなされ目が覚めた。
やっぱり、これで寝るのはなるべくやめとこう。
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「さて。お待ちかねのロドーラ入国!」
目覚めたあたしは、高らかに宣言した。
「ね、分かってるわよねタカネ?約束憶えてるよね?」
『ええ、まぁ…』
乗り気じゃない声を出したって、約束は約束だよ。
実はあたし、この国に来るのを旅に出る前からけっこう楽しみにしていたのよね。
首都近くでは内乱がしばしば起こるけど、全体で見てみればそこそこ平和な小国。
ローカフよりも歴史は浅いながらも、文化的なレベルは上と言われる事もある。
建築様式が多様なのも、大きな特色なんだとか。
だけど、もっとも注目すべきはそこじゃない。
実はこの国、近隣諸国に比べ、明らかに突出している特色があるのだ。
それはずばり、女性のプロポーションが全体平均的にずば抜けている、という事。
言うなれば、グラマラス美人大国なのである。
そんな国、地球でもあったなあ。ヨーロッパのどこかだったっけ?
この世界の人間は、意図的なんじゃないかと思うくらい容姿が地球人に似ている。
美醜に関しても、きわめて感覚が近い。その上での、美人ウジャウジャの国。
そりゃ、あたしは別に自分の容姿が嫌いなわけじゃない。親にもらった姿だもの。
だけど、それとこれとは話が別なのですよ。
やっぱり、無駄に侮られるわけにはいかないよね?
郷に入れば郷に従え。朱に交われば赤。昔の偉い人も、そんな格言を残してるし。
何より、わざわざ大きいサイズの服をきっちり揃えてるんだから。
「ね~、おタカさぁ~ん。」
『分かってるから。おタカさんはやめて。』
不機嫌そうな声出したって、これは必要不可欠な準備なのだ。絶対に譲らないよ?
どういうわけかタカネは、あたしが胸を盛ったり身長を伸ばしたりしたい…という
容姿的な希望を口にするのを嫌がる。
知ってる人なんか誰もいないんだし、ある程度はいいじゃないと粘ってみるけど、
そのままでいなさいと言って譲らない。まるで躾の厳しい名家のお母さんである。
宇宙を彷徨っている間に、あたしのスタイルバリエーションをワケわからないのも
含めて何十種類もデザインし、必要な局面ではいくらでも使わせてくれるのに。
標準の姿をいじる事に関しては、頑として拒否を貫くのだ。
せっかくの身体能力チートを制限されるあたしは、その点では納得がいかない。
だからこそ、この国に来るのが楽しみだったんだよね。
自然に振る舞うには、全体平均に近い見た目になっている方がいいに決まってる。
だから、ここに滞在する間だけはグラマラス拓美で過ごすよと宣言していた。
街へ行く前に、約束は果たしてもらうよ。
さあさあさあさあ!
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というわけで、「盛り過ぎ理想形バージョン2」完成。
闇オークションの時はセクシーさを前面に押し出したけど、今回はもうちょっと
スレンダー系の美人像に振ってみました。すらりと長身。髪型はショートで。
ううん、イイよねえ。自分の未来の姿をいろいろ試せるって、何て素敵な機能。
『ああそうね。』
何でそこまで素っ気ないかなぁタカネ。あたしが綺麗になっちゃいけないの?
必要な事なんだからね!…あんまりムクれないでよ!
意気揚々と、昨夜の街道を鼻歌交じりに歩いていく。ああ、視点が高いなあ。
ちなみに、出オチザルもハイエナモグラも予想通り、全く出てくる気配がない。
エコーロケーションをやってみると、モグラは茂みの向こうに作られた塚の中で
みっしりと身を寄せ合って寝ていた。サルは茂みの中にいるけど、ほぼ動かない。
こっちも多分、日中は眠っているのだろう。
昼夜でここまで危険度が変わるというのも、なかなか極端な環境だね。
しかし、相変わらず人がいない。1キロくらいは歩いてるんだけど、見かけない。
この道が街道なのは確実だ。足跡はないけど、轍が割とたくさん残ってるから。
「…よっぽど隣の街が遠い、とかかな。」
『でも昨夜上から見た時は、そこそこ視認できる距離に灯りが見えたでしょ?』
「だよねえ。」
あれは確かに灯りだった。何なら、照明と言ってもいい印象だった。
「…まあ、とにかく人のいる所まで行ってからだね。」
『でしょうね。』
もう、タカネは機嫌を直したらしい。
天気も快晴。ギスギスしてたって損なだけだからね。
ほどなく、河に並走していた街道が大きく陸の方へと曲がっている所まで来た。
目を凝らしたその先に、ちょっとカラフルでオシャレな建物が小さく見える。
ようやく、街に着いたみたい。
テンションの上がったあたしは、いつの間にか小走りになっていた。
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「…?」
カラフルでメルヘンチックな建物が多く立ち並ぶ、観光業で栄えそうな素敵な街。
しかし、いささか雰囲気が予想と違う。何と言うか、張り詰めている感じ。
街の入り口に、検問のようなものは特に設けられていなかった。まあ、見ての通り
軍事拠点などにはできそうもない小さな街だし、国境沿いに存在するとは言っても
あんな危ない大河が横たわってるんだ。それほどの要衝にはなり得ないのだろう。
良くも悪くも、ポツンと忘れられたように存在している地方都市、って感じかな。
だけど、それにしては街の様子がどうにもおかしい。
大人は皆等しく落ち着きがなく、そもそも往来を歩いている人の数が少ない。
それと何よりも。
グラマラス美人はどうした、美人は。街に入ってこっち、全然見ないんだけど。
と言うか、道往く人があたしに向ける視線がまず、ちょっとおかしい。
敵意じゃない。どっちかと言うと、信じられないものを見たような驚愕の視線だ。
なに、あたしの見た目、そんなに変に見えるの?どこが?
ベズレーメ城塞外市場でこの国出身の人と話した事があったけど、その時いろいろ
得た情報を思い返した限りでは、そんなに変な印象は与えていないはずだ。
だけど、それっぽい年代の人がいないんじゃ検証のしようが無い。
ひょっとすると、実用性・耐久性に極振りしたこの服装がまずいんだろうか。
やだよこれ。どこか変なら早く言ってよ。そんな晒しプレイは趣味じゃないよ。
とは言え、この分だと誰かに声をかけても、まともに相手してくれそうにない。
何かしらの情報を得るためには、相応の場所に行かないと。
まあ、そういう時に頼る場所と言えば、やっぱりギルドに限るよね。
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さっきも言ったように、ここはおそらく揉め事とはあまり縁のない場所だ。
他国との国境沿いにあるけど、むやみに河を渡ってくるのはほぼ不可能な地理。
その点は、身をもって思い知ったから断言するよ。
他国との国境沿いにあるため、都市部のゴタゴタからも遠く隔絶されている。
こういう街に、わざわざ費用を使って兵士を駐屯させるとはちょっと考えにくい。
そこで、自治を任されている誰か…領主とか総代とかその手の街の権力者さんが、
「腕利き」をギルドに委任する形で確保する、という寸法だ。
ぶっちゃけ、この街の近くに生息している獣は、総じてどれもかなりヤバい。
積極的に街に侵入してくるかどうかは知らないけど、人間が襲われるという事例は
決して少なくないはずだ。しつこいようだけど、経験者は語るよ。
つまり、そういった獣を狩ったり人を護衛したりの仕事は、そこそこあるはずだ。
戦争などの対人戦闘要員の需要がなくても、こっちの需要は充分に考えられる。
というわけで、ギルドを目指します。多様な情報を得たいなら、それが一番。
場所を聞くため、街往く人に声をかけてみた。あからさまに避けられるかも…と
少し覚悟していたけど、別にそんな事はない。割とすぐ、知っている人から場所を
聞き出す事ができた。まあ、あたし変ですか?って質問するわけじゃないからね。
お礼を言った別れ際、「気をつけなさいよ」と言われたのは引っかかったけど。
ただの挨拶にしては、ちょっと表情が深刻だったなあ…。
ま、とにかく行ってから。後は出たとこ勝負。




