渡河
「さて。いいかげん向こう岸に渡ろう。」
『賛成。どうやら、周囲にアブナイのもいないみたいだし。』
割とハードな足止めを喰らったけど、結果的には貴重なスキルを身につけられた。
でも、さすがにもうこんな所でモタモタしているのは得策ではないだろう。
しかし…
とりあえず、ダメモトで聞いてみる。
「もうちょっと待ってコウモリみたいに飛べるようになるなら、待つけど?」
『感覚器は割と簡単なんだけど、運動能力となるとねー。』
まあ、ほぼ予想通りの返答だ。
「けっこう経ってるけど、ジアノドラゴンの翼の移植も厳しいの?」
『サイズの比率と容量の問題がけっこう難関でね。逆にそこさえ何とかなったら、
後はけっこうサクサク進むと思うんだけどさ。』
言ってる事が、開発に行き詰まったゲームクリエイターみたいになって来たね。
まあ、中途半端な設計で体を改造されるのは嫌だから、急かす気はないんだけど。
「じゃ、予定通り頭蓋跳躍で残りも走破しよう。」
『そうしてもらえると助かる。』
だけど、何か乗り気じゃないんだよね。
いや、勢いがつけばもうそのまま行ける自信はあるんだけどさ。
トラウマってほど大したものじゃないけど、さっきは初速を得ようとした瞬間に
コウモリに襲われた。やっぱりああいう体験してしまうと、二の足を踏むよ。
せめて、違う方法で勢いがつけられればいいんだけど…。
『そうそう。助走をつけるための方法、さっき思いついたからやってみるね。』
え、何この以心伝心?
驚く間もなく、すぐ目の前に何やらスノコみたいな細長い物質が出現した。
円柱が横に8本くらい並んだ構造で、対岸向きに少なくとも10mは伸びている。
骨にしては、やたらまっすぐだった。
「何これ?」
『小腸。』
「え?」
『知ってる?人間の小腸って畳まれてるけど、伸ばすと6mくらいあるのよ。』
猛烈に嫌な予感がする。
『だからそれだけを作って、まっすぐ伸ばした形で固定したの。さすがに1本じゃ
細過ぎて綱渡りみたいになっちゃうから、横に8本並べて幅を確保した。それを
もう2セット縦に繋いだから、20m近い助走路になってるよ。充分でしょ?』
「いやいや、あの、えと…」
絶句するって、こういうのを言うんだろうか。
タカネは、あたし自身の体が傷付くような提案は原則的にしてこない。だけど、
そうじゃない場合は、割とあたしに負けないぶっ飛んだ発想を捻り出してくる。
考え方が進歩してきたのか、それともいい感じに壊れてきたのか。
お前が言うなというツッコミは承知の上で、あたしはちょっとだけ頭を抱えた。
「…だけど小腸って袋状の臓器でしょ?いくら固定しても、上を走るのは…」
言いながら、恐る恐る表面を指でつついてみた。
別に体から引きずり出した訳ではないので、体液にまみれているような事はない。
むしろ…
「…うん?」
予想に反し、けっこうな弾力の感触が指に返ってきた。
何となく、空気の詰まった自転車のタイヤのチューブみたいな触り心地だ。
確かに、ここまでしっかりしていれば上を走るには充分だけど…。
「これ、中に何か入ってるの?」
『分かった?足場としての形を維持するために、たっぷり詰めてあるよ。』
「ちなみに、何を…」
『もちろん、血。』
やっぱり。
「腸詰めウィンナーかよ!!」
思わず、甲高い声で叫んでしまった。
『ウィンナー?…確かに言われてみればそうかもね。』
「いや、そうかもねじゃなくてさ。」
『でも、それなら今の気分にピッタリじゃない。名前も思いついたよ。』
「え?」
『戦いに勝った者のみに開かれる栄光の道。名づけて勝利の疾走!』
「勝者はWIENERじゃなくてWINNERだよ!!」
声を張り上げ、ついに堪え切れずに笑い出してしまった。
何をやってるんだ、あたしたちは。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、正体のわからない活力が湧いてくるような気さえする。
「分かった。もうツッコむの疲れた。遠慮なく使うよコレ。」
『うん。ちなみに中の血もガッチリ固定してるから、多少爪を立てて穴開けても
血が噴き出して形が崩れる事はないよ。遠慮なく走って大丈夫。』
なるほどね。
単に詰めてあるだけじゃなく、小腸も血も全部空間固定してあるって訳か。
と言うかコレって、けっこう感触いいよね。大きめのビーチマットみたいで。
何なら今後、昼寝用のベッドに…
危ない危ない。
あたし自身の感覚が変な方向に壊れてきてるよ。
手遅れかも知れないけど、一線は引こう。うん、ここは一線だろう。たぶん。
=====================================
「さて。」
気を取り直し、あたしは勝利の疾走の上に立った。
ほどよい弾力は、肉体の一部という事実を全く想起させない。さすがはタカネ。
「じゃ、行くよ!」
『了解。気をつけてね。』
「オッケー!!」
その言葉を合図に、あたしは一気に駆け出した。
踏み込む足をわずかに押し返す足元の感覚が、いい感じに加速を補助してくれる。
言われた時はさすがにちょっと引いたけど、助走路としては本当に申し分ないね。
充分過ぎる距離を走り抜けたあたしは、勢いのまま虚空に身を躍らせた。
その先に滞空している、頭蓋骨を狙って…
「あれ?」
待っていたのは頭蓋骨じゃなかった。
たった今踏み切って置き去りにしたアレが、今度は縦1揃いだけで浮かんでいた。
あれこれ考える間もなく着地し、そのままの速度で大きく3歩。歩幅ピッタリで
再びジャンプ。
はっきり言って、ものすごく楽だ。
小さな足場を連続で捉えるのではなく、毎回着地と同時に一息入れられる。
緊張をずっと保たなくていいというのは、気持ち的な疲れ方が全く違っていた。
『どお?…こっちの方が楽でしょ?』
「確かに。ありがとね!」
見透かしたように勝ち誇るタカネの言葉にも、さすがに感謝の念しか湧かない。
色々大変だったけど、この国境越えはホントにいい経験だったと思う。
ようやく、黒々とした対岸のシルエットが見えてきつつあった。
=====================================
『あんまり、状態は良くないわね。』
「そうみたいね。」
あと10m足らずで川面が終わるという場所で、あたしは最後の勝利の疾走の上に
立ったまま答えた。
出発したローカフ側は、河のすぐ横に沿うように街道が整備されていた。しかし、
到着したロドーラ側の岸は、アシに似た水草が無数に生い茂る湿原になっていた。
「うかつに足をつけると、いろいろとマズそうね。」
『そうね。しばらく、頭蓋歩行で慎重に進んだ方が良さそう。』
「分かった。」
見た感じ、背の高い草も多くなるので、場所を取らない頭蓋骨を足場として使う。
1歩をそんなに大きくする必要が無いここからは、割と短い間隔で並べた。
深夜の湿原に、等間隔でうねうねと列を成して浮かんでいる無数のシャレコウベ。
客観的に考えれば考えるほど、冗談みたいなホラービジュアルだ。
でもまあ、今さら気にしないけどね。
「よっと。とりあえず到着!」
弾みをつけ、最初の頭蓋の上に片足で立つ。
と。
バシャッという音が足元で弾け、何か黒い影が一瞬だけ跳ねたのが分かった。
もちろん、2.5mの高さに浮かんでいる頭蓋には届かなかったけど。
「やっぱり何かいるみたいね。怖い怖い。」
『とにかく、足元がちゃんとした地面になるまではこのまま行きましょう。』
「異議なし。」
怪談にピッタリなロケーションの湿原を、怪談じみた方法で進む事20分ほど。
背の高い茂みが、延々と河に沿って伸びている場所まで辿り着いた。おそらく、
この向こう側に街道があるのだろう。
左右に目を凝らしてみたものの、途切れ目のようなものは無さそうだった。
「最後の障壁か。…強引に突っ切ってみる?」
『百里を往くものは九十九里を以って半ばとせよ、よ。』
いきなり諭された。
まあ、正論です。ここで変に気を抜いたら、今夜の苦労が台無しになりかねない。
「ちょっと面倒だけど、上から行こうか。」
『そうね。』
言い終える前に、階段状の頭蓋がすぐ脇に出現した。全部こっちを向いてるけど、
もはや全然気にもならない。15個ほど登ったところで、茂みの頂を越えた。
ひょいと頭を出し、向こう側を見下ろしてみる。
予想通り、茂みを越えた足元は街道になっていた。さすがに時間が時間なので、
行き交う人の姿は見られないけれど。
その向こう側は、あまり高い木のない森。さらにその向こう側には、ぼんやりと
薄明かりのようなものが見えた。何となく、人口的な印象を受ける光だ。
街道の左手に目を向ければ、向かう先に小さな街のような影も見えた気がする。
ようやく次の国、ロドーラに入国した。今さらながらに実感が湧いてくる。
「よし。行こう!」
そう言って足に力を込め、茂みを一気に跳び越えた。
瞬間。
茂みに潜んでいたサルのような獣が1匹、狙いすましたように飛び掛かってくる。
九十九里を以って半ばとせよ。
ハイハイ、想定内だよ。
腕をエヴォルフのものに変化させ、落下の勢いを乗せた一撃を迷わず叩き込んだ。
「ギェッ!?」
何が起こったのか、理解する間もなかっただろう。出オチのサルはそのまま沈黙。
あたしよりも一足早く地面に落ちる。
と、茂みの下からワラワラとモグラのような生き物が無数に湧いて出てきた。
地面に転がった出オチザルの死骸に、我先にと群がっていく。
「ヤバイよ。」
『ちょっと引くわね。』
その2mほど上の虚空で頭蓋に着地し、あたしはさすがに大きなため息をつく。
足元で繰り広げられているのは、ランカ河と全く同じ容赦ない弱肉強食だ。
いやはや。
夜のランカ河越えが危ないっていうのは、こういう意味も含んでたのね。
おそらくこいつらは、どれも夜行性だ。
でなければ、こんな場所に街道なんか作らないだろう。いくら真夜中だとは言え、
これだけ人影がないのも納得だ。
「…なんかあたし、わざわざ最高難度のルートで河を渡った感じ?」
『そうかもね。まあ、結果オーライよ。』
オーライなのかなあ。
まあ、いいや。
とにかく、河は越えた。
ここはロドーラ国。
さあて、何が起こるかな?




