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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第三章・魔法国を目指して
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「効果はどれくらい?」

『全くの未知。確実な数字は、何ひとつ出せない。』


こういう時、タカネは実に正直だ。

気休めを言うとか、嘘をつくとかいった事をしない。

あたしが不安になろうが何だろうが、事実だけを淡々と並べる。

そこがいいんだよ。


「分かってると思うけどさ。」

『分かってる。とどめはあたしがやる。拓美は自分のやる事だけに集中して。』


そりゃ、分かってて当然か。

あたしは多分、完全に無力化する。

タカネのサポートが無ければ、そのまま落ちて死ぬか捕まって死ぬかの二択だ。

文字通り、タカネに命を預ける。


…って、それはいつも通りか。

そう思った瞬間にちょっと可笑しくなり、肩の力が抜けた。

よし。今ならきっと上手くやれる。


「いいわよ。始めて。」

『了解。』


短い返答と同時に、体に変化が生じた。

胸の部分が、内側からだんだん肥大化する。と言っても、見た目の話じゃない。

肋間が強引にこじ開けられ、肺が膨張しているのだ。当然、息苦しさに襲われる。

併せて、のどの骨がパキパキと小さな音を立てながら次第に形状を変えていく。

痛覚を遮断していなければ、ショック死するほどの激痛に襲われていただろう。

しかし意識が明瞭な分、重度の呼吸困難と強烈な違和感が容赦なくあたしを苛む。


知っての通り、あたしは呼吸を止められても心臓を破壊されても脳や細胞に酸素を

送る事ができる。つまり、多少息をしなくても死なないという事だ。しかしそれは

大抵の場合、意識が落ちた状態での非常措置として発動する。

自分の意思で、それも目覚めたままの状態でやると、半端じゃないくらいキツイ。

呼吸器がその機能と役割を体内で放棄していくのが、否応なしに実感できる。

見開いたままの目が充血し、涙を流しているのが感じ取れた。


タカネは何も言わない。大丈夫かと気づかう事もしない。無駄でしかないからだ。

あたしが「やる」と決めた事に対し、同意したタカネの態度はけっこう容赦ない。

そこを甘やかさないあたり、彼女はあたしという人間を本当に理解してくれてる。


『いいわよ。準備完了。』


体の変化が収まると共に、タカネがそう告げた。

あちこち歪な形状になったあたしは、答える事も頷く事もできないような有様だ。

だけど、意思の疎通は出来る。後はぶっつけ本番だ。

あたしは手足の緊張を解き、だらりと棒立ちの姿勢になった。

グルグルと旋回していた2匹のコウモリが、こちらを窺ってその軌道を変える。

どうやら、時間差で突撃してくるらしい。

飛び道具のネタはばれている。警戒しているのがはっきり判る、複雑な飛び方だ。

向こうも、ここで決める気なのだろう。


よおし。来い。

そのまま来い。


静寂に満ちた闇の中に、切り絵のような影が舞い踊りながら接近してくる。

あと少し。

もう少しで…


動かないあたしに、何かを感じ取ったのだろうか。

慎重に接近していたコウモリが、不意にピタリと止まった。2匹とも、その場で

こちらを警戒するかのように滞空する。

…気付かれたか?


でもね。


こっちの企みまでは気付かないでしょ?

そう。


もう遅い。

あんたたちは、もう射程内。


おもむろに口を開けたあたしは、力いっぱい叫んだ。

喉が変形していて、言葉にはならない。そもそも、声にすらならない。

飛び出したのは、文字通りの「音波」だ。


ちょっと前の、闇オークション会場でやった事を思い出した。

場に人を集めるため、オペラ歌手の声量で甲高い悲鳴を上げたのを。

自分でもびっくりするくらいの、凄まじい声が出た。

声とは、突き詰めれば音だ。

超音波だって、定義としては同じ音だ。

共振を起こす周波数を再現すれば、音でガラスを割る事だってできる。

音波兵器というものだって、実際に存在している。

もちろんそんなのは、人間の声帯で再現できるような代物じゃないだろう。

あたしだって、そこまでは求めてない。

無茶苦茶な事をやっている自覚は、十分過ぎるほどある。


力の限り張り叫んだその音は、まったく聞こえなかった。

人間の可聴領域を思いっきり外れているのだから、当然と言えば当然だ。


しかし、その音を発したという事実は嫌というほど体感できた。

酷使し過ぎた肺が、左右とも大きく破損した。

振動に耐え切れず、喉の骨が砕けた。

そして、何よりも。

全身を駆け巡った凄まじい振動が、容赦なく脳を揺さぶり尽くした。

視界が引き裂かれるようにぶれ、意識がはるか彼方まで飛ばされそうになる。

でも、ギリギリしがみついた。

確かめるべきは、自分への影響じゃないんだから。

思うようにならない目を強引に動かし、視線をコウモリに向ける。


そう。

この、一度きりの超音波を喰らわせた相手だ。

残り2mほどの座標に滞空していた2匹は、形容しがたい姿勢で硬直していた。

ソナーから叩き込まれた破滅的な音に、感覚の全てをかき回されて。

だけど、こっちも限界だった。

足から力が抜け、視界が赤から黒に染まっていく。

いわゆる、ダブルノックアウトだ。

あたしもコウモリも、破壊超音波の餌食になった。


勝敗を決めるのは、セコンドの存在だ。


鮮血連打(スカーレットラッシュ)!!』


必要性は全くないのに、ちゃんとそれっぽいテンションで技名を叫んでくれる。

やっぱりタカネは、あたしの事を分かってるんだなあと嬉しくなった。

見届ける事はできなかったけど、そこは別にどうでもいい。


あたしはそのまま、意識を失った。


=====================================


脳震盪というのは損傷ではなく、単なる状態異常だ。

だからこそ、不自然な修復での回復は好ましくない…というのがタカネの主張だ。

おかげで、意識を取り戻すのに少し時間がかかった。


「う…」

『気がついた?』


意識が戻ってしまえば、特に後遺症などは無い。もちろん、無理な改造をした体も

すっかり元通りになっていた。


「おかげさまでぇぇ!?」


いきなり血みどろの死骸が視界に飛び込み、思わず裏声の悲鳴を上げてしまった。

頭蓋拘束(スカル・ロック)によって、1匹のコウモリが標本よろしく虚空に縫い止められている。

首から下はほぼ無傷だけど、頭は無惨なほどボコボコに殴り潰されていた。


「びっくりさせないでよ。」

『いわゆる気付けよ。』

「ショック死するわ!!」


軽口を叩き、あたしはようやく起き上がった。あらためて見ると、寝ていたのは

頭蓋を20個以上並べて作った簡易ベッドだったらしい。

あたしは、地獄の悪魔か何かなのだろうか。


『じゃあ、寝起きのところ悪いけどさ。』

「?…うん?」

『食べて。』

「えぇ…」


ようやく死闘が終わってホッとしてるあたしに、悪食をやれというのですか。

容赦ないんですか、おタカさん。


「…どうしても?」

『どうしても。これは貴重なチャンスだからさ。ね?』


いつになく、押しが強い。

嫌がらせでやっているのではないという事は、誰よりもあたしが分かっている。

そういう形容をする以上、このコウモリのデータはかなり有用なのだろう。

だったら、さっさと腹を括って腹を満たせ。

自分でも、こういう時は切り替えが早いなとつくづく思う。


迷いなく手を伸ばし、あたしはコウモリの血をべったりと指につけた。

それを、勢いに任せて口に塗りつける。

味に興味がないわけじゃないけど、後悔はしたくない。こういう時は味覚遮断だ。


「これでいい?」

『充分。お疲れさま。』


あたしが座り直すと同時に、頭蓋拘束(スカル・ロック)が音もなく解除された。

支えを失ったコウモリの死骸は、ゆっくりと落ちていく。

今になって気付いたけど、眼下の水面はバシャバシャとけっこう騒がしかった。


鮮血頭蓋弾(スカーレットバレット)を何発も撃ったから、すごい量の血が撒き散らされちゃったのよ。

 水の中の生物を呼び寄せるには、十分過ぎるほどの撒き餌だったみたい。』

「ああー、そういう事ね。」


ならもう、先に落ちた1匹は骨すらも残さず喰われた事だろう。今落ちた1匹も、

さらに激しくなった水音の中でもみくちゃにされているのが聞こえる。

生態系の厳しさ、かくあるべしってね。


『じゃあ、ちょっと休んでて。ちゃっちゃと解析しちゃうから。』

「今ここで?」

『そう。今ここで。』


何だか、タカネは張り切っていた。


『あのコウモリ、哺乳類だったのに加えて、思った以上に人間に近い生物だった。

 おそらく、進化の起源は同じだったんでしょうね。』


地球で言うところの、ゴリラとかチンパンジーみたいなものなのかな?

だけど、それがコウモリになるってのはかなりの謎進化だね。


『だから、解析には20分もかからないよ。あたしもけっこう慣れてきたから。

 しばらくはのんびりしててよ。』

「わかった。」


実際、かなり疲れていた。

もちろん、肉体の疲労は完全にリセットされている。怪我なども残っていない。

だけど、精神的な疲れは別だ。こればかりは、休んで癒すしかない代物だ。


思い返せば、ここまでの死闘はジアノドラゴン以来だったかもしれないし。


少し風が出てきた。

小サイズの水の球を出してもらい、コウモリの血で汚れた手と口元を丁寧に洗う。

骨ベッドにごろりと横になったあたしの目に、星明かりはこの上なく綺麗だった。


=====================================


休んでいる間、タカネはいつになく饒舌だった。

退屈させないようにという気づかいもあるだろうけど、それ以上に話すこと自体が

とっても楽しそうだった。


話の内容は、あたしが見逃した決着の瞬間の解説だ。

どうやってコウモリを仕留めたかを、滔々と弁士のように語ってくれた。


ほんの数秒でも動きさえ止められれば、もはや単なる的だったらしい。

鮮血頭蓋弾(スカーレットバレット)の連打で、2匹ともボコボコに叩きのめした。

この場合、同じ方向に連続で炸裂させるのは駄目。衝撃で体が逆の方向へと流れ、

威力が削がれてしまうらしい。

だから、一発かましたらその逆方向からもう一発かます。これで衝撃を逃がさず、

振動で中の脳にも存分に揺さぶりをかける。まさに地獄のラッシュだ。

上下左右、そして前後に2回。どちらの個体も、その計8発を食らわせた時点で

頭蓋骨が砕けたんだとか。…まあ多分、その手前の時点で死んでただろうけどね。


優秀なセコンドは、ボクシングについて熱く語るもんだなあ。

ぼんやりと、そんな事を考えていた時。


『お待たせ。』


想像よりもずっと早く、タカネが解析終了を告げた。


「え、もう?」


さすがにちょっと驚きながら、あたしはゆっくりと上体を起こす。おそらくまだ、

10分は経っていないだろう。


『今は感覚器だけの解析に限定したから、割と早くできたのよ。飛行能力とかは

 また今度、じっくりやるからさ。』


なるほど、そういう事ね。


「で、その効果のほどはいかがなものでしょうか?」

『ご自身で体験なさって下さい。』


ノリだけのやり取りをした直後、耳と喉に若干の変化が生じた。とは言っても、

さっきと比べればちょっと食べ物を喉に引っ掛けた程度だ。耳の方は、ほんの少し

立ちくらみがしたような感じ。


「これだけ?」

『そう。』

「で、これで何ができるの?」

『エコーロケーション。』

「ん?それって…」

『反響定位よ。つまり、あのコウモリのソナーをそのまま取り込んでみた。』

「そんな事できるの?」

『まずはお試し下さい。』


半信半疑ながら、あたしは大きく息を吸い込もうとする。


『あ、そんなに気張らなくていいよ。感覚に任せて、楽にやってみて。』


そんなんでいいの?

ますます半信半疑になりつつ、あたしはそれっぽく声を出してみた。


「!!」


さっきと同じような高周波の音が、円を描くように放射されたのが体感できた。

しかも今回は、可聴領域外にもかかわらずはっきりと()()()()()

対象物表面での反射。そして座標や大きさの認識。

言葉では表現できないような独特の感覚が、音の届いた範囲の情報を伝えてくる。


これが、エコーロケーションか。


『分かった?』

「分かった。」


やっぱり凄いな、タカネの融合進化って。

体をぶっ壊してようやく絞り出したあの超音波を、コウモリの血をすすっただけで

あっという間にこちらの能力として昇華してしまった。


『これで、広域の走査ができるようになった。』


いつになく嬉しそうなタカネに、あたしは思わず聞いた。


「そんなに魅力的だったの?この能力。」

『もちろん!』


迷いなく答えたタカネが、ますます嬉しそうな声で続ける。


『これでもっと確実に、安全に拓美をサポートできる!』


…ああ、そういう事か。

あたしは、すとんとその言葉が腑に落ちた。同時に、ちょっと恥ずかしくなった。

まだまだ、あたしはタカネの気持ちを理解し切れてないなあって。


ナノマシンとしては非常に優秀なタカネだけど、万能マシンというわけではない。

単体としての機能には限界があるし、対外的な意味ではあたしというデバイスが

そのまま性能の上限になっているのが現状だ。精度ではなく、距離的な部分で。

要するに、あたしが見えないものは見えないし、聞こえない音は聞こえない。


今回の事に対しても、タカネなりに悔しく、申し訳ない気持ちがあるのだろう。

この危険な場所で、あそこまで接近を許してしまったという事実に。

だからこそ、あのコウモリの索敵能力がどうしても欲しかったに違いない。


今さら気付く自分の鈍さが嫌になるね。

もう少し、愛されてる実感を持たないと…って、そりゃ誤解を招く言い方か。


「タカネ。」

『ん?』

「ありがとね。」

『こちらこそ!』


食い気味に返されたその声は、達成感と喜びに満ちているように聞こえた。

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