新天地・2
「ちょっと、どういう事?」
『何がでしょうか?』
「…これ、どう見てもあたしよね。ここまでの完全再現なんて、無理な
はずでしょ?」
ナノマシンを使った、現実空間への「ゼロからの」肉体構築。
理論上可能だったものの、さすがに倫理的にいろいろ問題があったため
少なくとも、表向きは実用化されていなかった技術だ。
しかしそれ以前に、地球を出発した時点では「個人の肉体の完全な再現
構築」は不可能なはずだった。
そのため、有機成分を素材に用いる「もうちょっと簡単なデザインの」
アバターボディ、まあ平たく言えば「生きたゆるキャラ」を新天地での
ボディにする予定だった。
色々迷った末、ちょっと頭身低めのウサ耳キャラを選んだ記憶がある。
しかし、今ここに至り。
画面に映っているのは、どう見ても完璧に自分そのものだった。
『先ほど言ったとおりです。』
「何が?」
『あなたの肉体に関しては、誰よりも詳しいという話ですよ。』
「………」
誤解されそうな言い回しだけれど、あらためて考えると重い一言だ。
『何しろする事がなかったので…』
「またそれ?」
何度となく出てくるその前置きに、妙な期待をするようになった自分が
ちょっと嫌だなぁ。
『封入されているあなたの肉体情報を、徹底的にスキャンしてデータ化
したんですよ。それこそ末端細胞のひとかけら、体内にあった老廃物の
ひとかけらに至るまで。そのデータを何千回も精錬し、元のものと寸分
違わぬボディのデータを組み上げたのです。』
「………そっか…」
『しつこいようですけど、航海中は時間があり余ってましたので。』
このAI、もし一万年ほっといたら新生物とか創造したんじゃないか。
つくづく、自己進化AIの可能性は恐ろしいと思い知った。
でも、これはこれで大歓迎だ。
新天地で心機一転と言っても、別に自分が嫌いだったわけじゃない。
元のままの姿でリスタートするのは素直に嬉しい。
「とりあえずグッジョブ。あたしとしてもこっちの方が断然いいよ。」
『頑張った甲斐がありました。』
音声だけにもかかわらず、何となくドヤ顔が浮かんだようだった。
「じゃ、いよいよ行ってみよう!」
『了解しました。では最初に、このプレボディを分解して』
「…その前にさ。」
『はい?』
「これと同じボディをもう一回別に作って、それを体にするのよね。」
『そうですが。』
「………」
『何です?』
「もう少し、あちこち盛れない?」
『盛る、とは?』
聞き直すなよ、察しろよ。
「…胸とかよ。」
『もちろんできますが…』
「ますが、何よ?」
『見せる人がいるかどうかも定かでない今の段階では、盛ったところで
ただ邪魔になるだけではと思』
「ああもういい!聞かなかった事にして!!」
言ったあたしがバカだった。
『ではプレボディを分解します。』
宣言と同時に、立ったままの姿勢で浮かんでいた「あたし」のボディが
モザイク状に分解され、消失する。組み立てるよりさらに早く、そして
呆気なかった。
『よろしいですね。』
「うん。」
『それでは一旦意識を落とします。その後でボディを再構成し、新たに
インストールしますので。』
「確実によろしく、ね。」
『お任せ下さい。』
さすがに安心感をくれる、その言葉を最後にして。
ゆっくりと電気が暗くなるように、意識が遠のいていった。
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まずはモノクロ。
そして赤。
続けて緑。
最後に青。
映像の時と同じ順序で、視野が形成されていく。
鮮やかな光景が完成すると同時に、鼓膜を震わせる「本当の音」が耳に
聞こえてきた。
続けて、皮膚の感覚や質量といったものへの意識が形成されていく。
全ての感覚を取り戻したと同時に、わずかに浮いていた肉体がすとんと
地面に落ちた。永きに渡るブランクを感じる事も無く、あたしは両足で
確実にバランスを取った。少しだけ沈み込んで曲がった膝に、ずうっと
忘れてた重力を確かに感じ取った。
『定着、完了です。』
意識に直接響く感じで、いつも通りの声が届いた。
『不具合はなさそうですか?』
「大丈夫みたい。」
思念のみで応えられると分かってたけど、あえて声に出して応えた。
「声帯を振動させる」という行為の懐かしさが、感慨としてググッ!と
胸にこみ上げてくる。
2863年振りの肉体。
もちろん完全な本物ではないけど、そこは最初から分かっている。
両の手のひらを顔の前にかざして、何度もグーパーを繰り返してみた。
動かし方を忘れてしまっていたら…とか、そういう心配は無用だった。
ちょっとしたうたた寝の後です、と言ってもいいほど、ごく当たり前な
肉体感覚だった。
「新世界、到着!!…ってね。」
『まずはおめでとうございます。』
「ありがと!まあ、むしろ今からの方が面倒かけると思うけど…」
『それこそがわたしの存在意義ですからね。』
若干食い気味に被せられた言葉に、いつもにない強い響きがあった。
やっぱり、こうして動くあたしの姿に、感慨深いものはあるのだろう。
3000年近くの間、ひたすら寝顔を見守り続けた者としては。
大きく深呼吸をしてみた。
澄んだ空気が両肺を満たし、生きているんだという事実をこれでもかと
主張してくる。
ああ、ついに来たんだ。
閉じた地球から遠く離れた、新しい未知の世界に。
たった独り、ではなく。
若干面倒臭くはあるけれど、優しい後見人と共に。
「タカネ。」
『え?…あ、ハイ?』
「これからも、よろしくね。」
『了解です』
「…」
『…拓美。』
「うん!」
さあ、かかって来い新世界!!




