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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第二章・ベズレーメの街
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失業

いつも謙虚さを忘れるな。

自分はまだまだという事を忘れるな。


敬愛する、亡き父の口癖だった。

故郷を捨て、幼い私を連れてやってきたこの街で、父は懸命に生きた。

私を育て、そして静かに旅立っていった。


父の言葉を胸に刻み、私は自分を磨いた。持てる才能を、全力で伸ばした。

そして、自分にでき得る最も相応しい職に就いた。

人からは忌避される内容ではあったけど、それでも尊く、やり甲斐のある仕事だ。


決して驕らず、ただひたすら謙虚に。

ひたすら努力し、コツコツと実績を積み上げ、信用を獲得してきた。


その結果、異例の若さで見習いから本職に昇格する事ができた。

悪口や嫉妬も多かったが、無駄でしかない愚かな諍いは決して起こさなかった。

ただひたすら、結果を出す事で己の価値を証明し続けた。


そうして謙虚に生きてきた、ある日。


何の前触れもなく、私のキャリアは破綻した。



冥府からの呪いとしか思えない、恐るべき謎に押しつぶされて。


=====================================


最初は何という事もない、ごく平凡な案件だった。

隅々まで検証し、見落としの無いように何度も確認し、報告書を提出した。

あまり気持ちの良い内容ではなかったけど、それはいつもの事だ。

その時は、何も起こらなかった。


翌日、再び呼び出された時。

破綻は始まった。

自分の目が信じられなかった。いや。信じているからこそ、目の前にある事象が

理解できなかった。

他の人たちは、怪訝そうな視線を私に向けてきた。何をそんなにうろたえる、と。

あなた達には、判らないのですか。

そう叫びそうになる自分を、どうにか押さえ込んだ。

謙虚さを忘れたら、己の全てが終わる。

理解できない事象を目の前にして、それでも全力で職務に臨んだ。

しかし、やはりまともな結果は出せていなかったと思う。

受け取った報告書と私の顔を交互に見る上司の目は、困惑に満ちていた。

疲れているのか?という気遣いが、胸に深く突き刺さった。


そうだったら、どんなに良かっただろう。

もしも疲れていて注意力が欠けていて、それでミスを犯したのだとしたら。

私は、心の底から謝罪し、そして深く深く反省していただろう。

もう二度とそんなミスをしないよう、己を戒めただろう。


そうだったら、どんなに良かっただろう。

でも、自分に嘘はつけない。

私は疲れていたわけでも、コンディションが悪かったわけでもない。

いつもと同じように、万全の状態で仕事に望んだ確信がある。

だからこそ、直面した出来事の異常さが、浮き彫りになってしまったのだ。


でも、説明して分かってもらえる事ではない。

これは私だけの感覚であり、他の人には共有できないものだからだ。

この世界で私だけだとはさすがに思わないが、今までに同じ感覚を持った人に

出会った事はない。

ここまで順調に出世できたのも、半分以上はそのためだったから。


まともに説明する事も釈明する事もできない私に、上司はあきらめ顔だった。

こんな形で失望されるのは、どんな大きなミスを犯すよりも辛かった。


何日か休みたまえ。

気遣いの言葉に、私は黙って頭を下げるしかなかった。


休んだところで、解決にはならない、それは分かっている。

だけど、他にどうする事もできない。

もういちど深く頭を下げ、私は体を引きずるようにして家に戻った。


食欲など、あるはずもない。

横になったところで、眠れるはずもない。

理解できない事象が、際限なく頭の中を荒らす拷問のような時間。


しかし、それも長くは続かなかった。

しばらく仕事から外されるだろうという予想は、あっけなく覆された。

緊急の案件が発生し、とにかく人手が多く必要だという召集が全員にかかった。

どうやら、非番の者まで集められたらしい。なら、私も行くしかないだろう。


問題は何も解決していないけど、とにかく頭と体を動かしていたい。

そうすれば、何か打開の道が見えてくるかも知れない。

そうだ。

謙虚さを忘れず。

自分はまだまだだという事を忘れず、だ。


何とか気持ちを切り替え、勇を奮って向かった3つ目の現場。



そこに、決定的な破綻が待っていた。


先着していた同僚たちは、普段はまず見られない貴重なものを目の当たりにして

ワイワイと盛り上がっていた。


だけど私は、そちらに視線を向ける事ができなかった。

そんな余裕はなかった。



狂ってしまいつつある自分の精神を、繋ぎ止めるのに必死で。



何だ、これは。


何だ、ここは。


一体、何がどうなっているというんだ。


この2日の間に、世界の理は喪われてしまったのか。


それとも、私がおかしくなっただけなのか。


誰か。


誰か教えて。


何が起こっているのかを教えて。


助けて。


助けてお父さん。



お父さぁぁぁぁん!!!!



意識の闇に沈む私は、自分の張り上げる絶叫にも気付かなかった。


=====================================


目を開けた時。

私は、全てを失っていた。


退職は、すでに決定していた。

拘束されていなかったのは、これまでの実績への温情だったらしい。

何日か休んで様子を見たのち、私は放免された。

それなりに退職金が出たのは、不幸中の幸いだったと言うべきか。


こんな形で、それまでの人生が破綻するとは思わなかった。


いったい、何が悪かったのだろうか。

謙虚さが足りなかったのか。

驕りがあったのか。


考えても、分かるはずがなかった。

分かっているのは、無職になったという事だけ。

世の中が、こんなに理不尽なものだとは知らなかった。


だけど、仕方がない。

理解できない事象に取り乱したのは、私の心の弱さが原因だ。

誰かを恨む筋合いはない。


当て所もなく市場を彷徨いながら、私はふと顔を上げた。


いや。


恨むべき相手は、いないわけではない。

わけではないけど。

でも、死んだ人を恨んだところで…




思考が吹き飛んだ。

たった今、目の前を通り過ぎた。


恨むべき相手が。


考える前に体が動いたのは、物心ついてから初めてだった。

自分が駆け出した事に気付いたのは、転びそうになってからだった。


=====================================


「起動したはいいけどさ。光ってるだけよね、これ。」

『曲がり角とかに来れば、矢印か何かが出るんじゃない?』

「うわー、適当。」


魔術師に渡された水晶を見ながら、あたしは小さなため息をついた。


宿を引き払い、何かと嫌な思い出の多かったベズレーメを後にして丸1日。

ここは、城塞の外側に作られた市場だ。

このあたりは地勢的に獣が少なく、川が近いために船も数多く往来している。

いちいち城塞の中とやり取りするのが面倒なので、こんな「場外市場」的なものが

自然と発展したらしい。もちろん、それなりのバリケードなどは設営されている。

「門を通らなくていい」という制約の無さから、扱う品目もかなり自由で豊富だ。

安全性よりも、内容の充実に重きを置いた結果だろう。

地球で言えば、免税店とかフリーマーケットとか闇市とか…

いや、どんどん例えが悪くなって行ってるかな。


とにかく、けっこうな活気に満ち溢れた場所だ。

ちなみに補足すると、ここにはきちんと宿屋もある。もちろん壁の向こうよりも

格段にグレードは落ちる。まあ、正規の手続きで門を通れない後ろ暗い人たちが

買い物の拠点として使うらしい。

それだけ聞くと治安が悪そうに思うけど、ここが壁のすぐ外だという事をみんな

承知しているので、もめ事を起こさないという不文律がきちんとあるらしい。

何事も、それなりに上手く回るようになってるもんだね。


魔術師が言っていた通り、水晶は城壁の外へ持ち出したと同時に発光を始めた。

もちろん、いつも光っているわけじゃない。握って意識を集中したときだけ光る。

が、それだけ。

具体的なルートが出るわけでもなく、コマンドらしきものも出てこない。

まあ、多分これはあたしがまだ「出発する」モードになっていないからだろう。

さすがに、ちゃんと旅に出れば機能してくれるはずだ。…多分。


もしダメでも、気長に人に尋ねながら行けばいい。

魔法国・ラスコフ。名前さえ分かってれば何とかなるだろう。


「急ぐ旅じゃないからね。」

『いつまでそれを免罪符にしてるつもり?』

「いいじゃん。別に赤穂浪士でもないんだから、のんびり気楽に行こうよ。」

『志がユルいわね、ホント…。』


いい加減、ジャージでウロウロするのも飽きた。

しばらくの間はメルニィに擬態する事もないだろうから、そろそろ自分の容姿とか

ファッションとかの確立を図りたいんだよ。

あんまりペルソナが多過ぎると、いいかげん自分自身がよく分からなくなるし。


というわけで、出立前にここで色々と買い込む事にした。

せっかくの魔法アリなファンタジー世界なんだから、ちょっとは気分出さないと。

郷に入らば郷に従え。朱に交われば赤。日本の諺にも色々あるからね!


天気も上々だし、久々の自分の姿だし。

こんな日は…


「…!?」


いきなり、背後から衝撃を喰らった。

つんのめりそうになる体を、どうにか踏ん張って立て直す。

と言うか、常時センサー役をやってるはずのタカネは、なんで何も言わないのよ。


振り返った先には、誰もいなかった。しかし、腰にはまだ…

ハッと見下ろした視線が、相手のそれとまともにぶつかった。


腰にすがり付き、必死な形相でこちらを睨み付けている丸メガネの少女。

ものすごく大きな瞳だけど、ものすごく度がキツイからそう見えてるだけかも?


真昼の往来でタックルをかましてきた少女に、あたしもタカネも返答に窮した。

形容しがたい、しばしの沈黙ののち。


目を見開いたまま、メガネ少女はかすれた声を発した。


「…あ、あなた………」


何だ?



「…どう、し、て。生き、てるの?」



哲学的な問いかけだろうか。

宗教的な問答だろうか。

頭のおかしい電波な質問だろうか。



いずれにせよ。


答えようがないという事実に、いささかも変わりはなかった。

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