ラグジの罪
ひとつの結果や物証は、百の言葉を塗りつぶしてしまう。
他でもないあたしとオズが現物を見つけてしまったせいで、ラグジの一切の釈明は
通らなくなった。しかし、まさか独断で物証を握りつぶすわけにもいかなかった。
「知りませんよ!」
応接室に戻って報告した際、さすがにラグジは青ざめて声を荒げた。
あたしもオズも何も言えなかった。遅れて戻ったカミラード級長とディテス先生は
信じられないという表情を浮かべていたけど、目の前の結果が全てだった。
「私としても、無駄足になる事を望んでいたんですけどね…。」
大きなため息をつきながら、マノックが悲しげにそんな事を言った。
嘘だ。
直感で確信できた。この男は、そんな無駄足を踏むような人間じゃない。
最初から負けると分かっている賭けには、絶対に手を出したりしないタイプだ。
だけど、今は何を言っても揚げ足を取られる。
あたしとオズが竜皇玉を見つけてしまったという既成事実は、絶対のカードだ。
黙る以外に、どうしようもなかった。
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「…ですが、無事に手元に戻ったというのは僥倖。それもまた事実です。」
箱の中身をじっくりと確認したマノックは、パチンと蓋を閉めながら言った。
「見方を変えれば、今まで妹が保管してくれていたとも言えますからね。」
「……」
何を言ってるんだ、この男は。
あたしたち3人は、息を詰めるように黙っていた。今、うかつに喋るのは危険だ。
下手に乗っかったりすると、また何かの言質を取られる。もっと言ってしまえば、
聞くのも危険かも知れない。しかし、マノックはなおも続ける。
「実は、伯父の急死には不審な点がありましてね。…考えたくはありませんが、
殺されたという可能性も捨て切れないのです。」
その話がここにつながってくるのかよ。…正直、あたしは背筋が寒くなった。
「一応確認させて下さい。ここ最近、妹は遠出などしていませんよね?それ…」
「いえ、してますよ。」
喰い気味に答えたのはオズだった。さすがに予想外だったのか、マノックは少し
視線を泳がせる。この男、煽ってくる割にこういうところだけは分かりやすいな。
疑心暗鬼を募らせるためのブラフだったのなら、それはさすがに悪手だよ。
「…と言うと、どこかへ行ったのですか。」
「ええ。」
「どこで何をしていたか、証明できる人はいますか?」
「いますよ。」
「…そうですか。」
それ以上は食いついて来なかった。即答するオズの表情と口調の迷いなさを見て、
さすがに不利だと感じたのだろう。想定もせずに引っかけとは、間が抜けてるな。
聡明なオズが迷わず言い返したのは「ラグジの遠出」のアリバイが完璧だからだ。
実習の日程は提出してあるし、その場にいたという証言はイナンサでも取れる。
大怪我をしていた彼女は、クラスメートの中でもけっこう目立っていたからね。
それでもゴチャゴチャ難癖つける気なら、女王の頭骨を眼前に叩き付けてやる。
オズの言葉で、一矢は報いた。
だけど、状況は相変わらず悪い。
伯父の謀殺疑惑というのは、まったくのデタラメではないのだろう。少なくとも、
「ラグジの伯父さんの急死」というのは確実だ。いくら何でもそんな嘘をつくのは
不謹慎極まりないし、だいいち露見した時のリスクが高過ぎる。
もしもこの家宝に関わる謀殺だというなら、あたしたちが下手に首を突っ込むのは
決定的にまずい。世間的価値は全く分からないけど、下手すると国際問題になる。
ただでさえラスコフとルネリオは水と油なのに、禍根を作るのはもっての外だ。
だからこそ、今この瞬間のラグジの立場は危ういのだ。
「見つかったから良しとします」という結果と引き換えなら、文句が言えない。
真実がどうなのかという追求よりも、穏便な解決を優先されたら手が出せない。
この状況下において、家を追放された身であるラグジの命はどうにも軽い。
ディテス先生もフォーロンさんも怪しいとは思ってるだろうけど、彼女1人の命と
国同士の軋轢を天秤にかければ、答えには期待ができない。
やっぱり、彼女の自室で箱を見つけてしまったという事実は詰みだった。
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「…え、お、お父さんに会うの!?」
「ホントに!?」
しばしの後。
あらためて集められた心配げなクラスメートたちは、一様に驚きを隠せなった。
その傍らであたしやオズ、カミラード級長は必死でポーカーフェイスを取り繕う。
やはりマノックは、交渉に関してはほぼ万全の策を講じていた。
彼の話によると、2人の実父がベリクの街まで来て、宿に滞在しているらしい。
ちなみにベリクというのは、この首都の手前にある小都市だ。あたしたち3人が
ミロスと出会ったりゼビル氏率いる改造人間集団と戦ったりした、あそこである。
いわく、スーネ家の当主がラスコフの首都まで来るのはさすがに憚られたらしい。
しかし事が事だけに、せめてそこまでくらいは…と言って足を運んだのだとか。
だから直接会って話し、謝罪をした方がいいという事だった。
胡散臭いけど、どこを突いても崩せない話なのも事実だ。
肝心のラグジ本人も、マノックに同行してベリクに赴く事をあっさり承諾した。
その表情には、どこか諦めたような色が感じられた。
何も知らない級友たちは、和解の機会ができたのかと我が事のように喜んでいる。
ここまでの顛末を知らないんだから、当然と言えば当然だけど。
あたしたちは、彼らに何か伝えるチャンスがなかった。ぶっちゃけ監視されてた。
こうなってしまった以上、同行は許されない。さすがにそこは釘を刺された。
自分の交渉下手を、ここまで不甲斐なく思ったのは初めてだった。
「では、行きましょうか。」
豪奢な鳥馬車の傍らに立ち、マノックがラグジを呼ぶ。あくまでも慇懃な態度で。
どうなってしまうのかが、あたしにも全く想像できない。それが情けない。
形だけでも謝罪する事で、彼女は家族と和解できるのか。
許された場合、彼女は家に戻るのか。それとも、ここへ戻ってくるのか。
まだ完治していない傷のケアは、誰がすればいいのか。
あたしは、無力な自分をひたすら呪った。
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「ラグ、大丈夫?」
「…ええ。」
ザリエル先生の問いかけに、ラグジは小さく頷いた。
相変わらず諦めたようなその表情が、背後で見守るあたしの心に刺さる。
日が傾き、少し肌寒くなっている。しかし、心の冷え方はそれ以上だった。
「それじゃ…」
「まっておねえちゃん。」
不意にそう声を上げた者がいた。耳にした途端ちょっと寒気がした。これって…
「おそとはさむいから、これをきていって。ね?」
甲高い声だ。振り返れば、いかにもその声にふさわしい幼女がよたよたと近づく。
あたしと同じような表情を浮かべる皆は、怖いものを避けるように道を空けた。
その優しい幼女―リータは、目を丸くしたラグジの肩に大きな上着をかけた。
背丈の違いに難儀するその姿は、保護欲を刺激する健気さに満ち満ちている。
…もちろん、彼女の本性を知らない人限定だけど。
「はい、これでいいよ。きをつけてねおねえちゃん。」
「…う、うん。ありがとう。」
戸惑いながら礼を言い、ラグジが屈み込む。それと、リータが背伸びをしたのは
ほぼ同時だった。
「いってらっしゃい!」
にっこり笑ってそう告げ、リータはラグジの頬に思い切りキスをした。さすがに、
傍で見ていた何人かの顔が若干引きつる。
ほどなく、リータは名残惜しそうにラグジから離れた。
それ以上は何も言わず、ラグジは迷いない足取りで鳥馬車に向かって歩いていく。
「それでは皆さん、お騒がせしました。」
丁寧な挨拶を残して、マノックも隣の鳥馬車に乗り込む。相乗りは拒否なのか。
やがて、鳥馬車はゆっくりと動き出した。
小さくなっていくその影が、長々と石畳に伸びているのが見える。
誰も何も言わず、その場で見送っていた。
短くなりつつある一日は、季節の移ろいを否応なしに感じさせる。
空を仰げば、気の早い一番星が瞬き始めていた。




