末路
メルニィの仇討ち、とりあえずの幕引きです。
「やっぱりバレてた?」
「当たり前だ。」
もぞもぞと身を起こしたロッコスの問いに、魔術師は素っ気なく応える。
「毒殺を得意とする奴が、そんな簡単にお株を奪われはしないだろう。」
「まあね。ちょっと驚いたけど…」
言いながらくるくると回した両手首の黒い斑紋は、すでにほぼ消えていた。
「ギグノーの毒くらいでいちいち死んでちゃ、やってられないってもんよ。」
尊大な言い草に、魔術師は黙って顔を逸らす。
その態度は気に入らないが、理は確かに彼女にあった。
おそらく他の方法であの少女と戦っていれば、今頃は本当に死んでいただろう。
だが、「もしも」を論じる事にさほどの価値はない。
結果だけ見れば、ロッコスは見事に相手を出し抜き、生き残ったのだ。
戦いの勝敗などには、何の意味もない。
どんなに汚くても生き残って目的を果たす。
それが、道を外れた者のただ一つの道理なのだから。
「…で?あんたはどういうつもりなワケ?」
「いまさら説明して何になる。すべて聞いていたんだろ?」
「本人の釈明は欲しいところよね。」
言葉尻に棘が混じっているのが、明確に感じ取れた。
「メルニィが死んだという事実は覆らない。あれがニセモノだという事自体は、
お前なら簡単に証明できる。何か問題はあるか?」
「そんな詭弁が聞きたいんじゃないわよ。」
ロッコスは、露骨に不愉快そうな口調でそう吐き捨てる。
「このローカフでは、あの小娘の存在はいくらでも否定できる。たとえどんな力を
持っていたとしても、やりようによってはどうとでも処理できる。だけどね。」
スッと細めた目が、魔術師を睨み据えた。
「魔術至上主義のラスコフで万が一にもごり押しが通ったら、たとえ嘘でもあれが
メルニィ・リアーロウ本人だと認められてしまう。その意味は分かるでしょ?」
「もちろんだ。」
さも当然というように、魔術師は軽いため息をつきながら応える。
「だが、それだって大した問題じゃないだろう。」
「あ?」
「あの少女は、ごく個人的にメルニィの無念を晴らそうとしているだけだ。別に、
己がなり代わって国を支配したいなどとは考えていない。それに知っての通り、
メルニィ本人を直接死なせた俺たちへの報復は終わってるからな。」
「ずいぶんと、腑抜けた事を言うようになったわね。」
「ここまでボロ負けすれば、腑抜けにもなるさ。」
のらりくらりとした魔術師の応えに、ロッコスはますます表情を険しくした。
「どんな相手でも命と引き換えに倒してみせると、嘯いていたのは誰だったっけ?
ずいぶんと高く売り込んだものね。」
「別に嘘をついたつもりはない。だが、俺にあの少女は倒せないってだけだ。」
「命を懸けたようには見えないけど?」
「スカを引いたと思って諦めてくれ。報酬は半分ほど残ってるから、返すよ。」
「……」
しばし黙って相手を見下ろしていたロッコスは、やがて小さなため息をついた。
そして、未だに横になったままの魔術師にゆっくりと手を差し伸べる。
「…まあ、今はもういい。とにかく、後始末を手伝ってもらおうか。」
「そうだな。」
フッと笑った魔術師が、応じるように血の付いていない方の手を伸ばした。
手のひら同士が、ゆっくりと握られた刹那。
「…ッ!!」
熱いものに触ったかのように、魔術師はパッと手を引き戻す。
対するロッコスは、表情も態度も変えなかった。
「…今のは…」
「言ったでしょ?後始末だって。」
ゆっくりとそう述べた顔に、初めて酷薄な笑みが浮かぶ。
「後の事はどうなるかまったく分からないけど、とにかくあなたには失望した。
とりあえず、ここで死んどいてよ。」
「…毒か…」
細かく震え始めた手を凝視しながら、魔術師は搾り出すように呟く。
「そう。あ、言っとくけど脅迫とかじゃないからね?だから今この場に、解毒剤の
持ち合わせはない。死ぬまでには時間がかかるから、まあ見ておいてあげるわ。
あんまり面白くはないでしょうけど、憂さ晴らしにはなるでしょ。」
「……」
震えていた腕が、やがてだらりと落ちる。すでに力が入らなくなってきていた。
「何か言い残す事はある?ヒマだし、聞き流してあげるから言いなさいよ。」
「……どうにか、助けてくれないか」
「お断りよ。って、もう頭まで回っちゃった?」
「いや…」
次の瞬間。
魔術師の顔に、かすかな光が差した。
「?」
「来たか。」
「何をやってるのよ?今さら…」
「いや、死ぬのを待ってるだけだ。」
そう言ってフッと笑った相手の顔に、何か危険なものを感じ。
ロッコスは、小さな小瓶を取り出した。
「言った方がいいわよ。そうすれば、助かる道がないでもない。」
「解毒剤はないんだろ?」
「こういう時、ブラフは交渉の基本でしょ。ここにあるわよ。」
器用に小瓶をクルクルと回しながら、ロッコスは魔術師の顔をじっと見据える。
無言の思惟を込めた、永い一瞬の視線の交錯。
しかし、やがて魔術師は気だるそうに視線を落とした。
「…ああ。じゃあ、正直に白状しよう。助けてくれるならな。」
「その方が利口よ。」
「服をまくって、自分の下腹部を見てみろ。」
「…はぁ?何を訳のわからない事…」
「興味ないなら別にいいが」
食い気味に言われたロッコスは、怪訝そうな表情を浮かべながらも服の裾を掴む。
小さくたくし上げると同時に、かすかな光が漏れた。
「!?」
「やっぱりな。」
動転したロッコスが、思い切り服をまくった瞬間。
魔術師の体から発せられているのと同じ光が、2人の顔を照らした。
へその脇部分に刻まれた小さな魔法陣が、ピンクの光を放っているのが見える。
「な、何よこれ!? いつの間に…!」
「ちゃんと発動したらしいな。」
「は!?」
「それはこの俺が唯一、自分の力だけで構築した魔法の術式だよ。同業者からは
究極の役立たず魔法だと、さんざん馬鹿にされたがな。」
語る魔術師の顔には、どこか嬉しそうな色が浮かんでいた。
「ま、魔法の術式?いったい何の…」
「さっきお前が言ってた奴だよ。」
「!?」
「どんな相手でも命と引き換えに倒す、俺のとっておきだ。」
=====================================
「そ、それってまさか…」
「命の連鎖術。まぁ、簡単に言えば「死出の道連れ」だよ。俺を殺した人間にだけ
発動し、俺が死ぬと同時にその相手も死ぬ。分かりやすいだろ?」
「ふざけるな!!」
血相を変えて胸倉を掴むロッコスに、魔術師は嬉しそうな笑みを返した。
「そうカッカせずに聞いてくれよ。苦労して作ったはいいんだが、死ぬ時にしか
発動しないんじゃ成功か失敗かも分からない。」
相手の形相を全く気にもせず、魔術師は楽しげに説明を続ける。
「おまけに発動まで時間がかかるから、一撃の即死だったりしたら不発に終わる。
なぶり殺されでもしない限り、確かめようがないんだぜ。笑えるだろ?」
「ふざけるなァ!!」
ロッコスは、髪を振り乱して絶叫する。
対照的に、首を絞められながらも魔術師は笑顔だった。
「毒の回りが緩慢なのは申し分ないな。確かに死ぬのに時間がかかりそうだから、
暇つぶしに見ててやるよ。けっこう面白いからな。」
「止めろ…!さっさと止めろ!じゃないと殺すぞ!!」
「矛盾してるぞ。今まさに殺してる最中だろうが。」
そう言った魔術師は、怪訝そうに片方の眉を吊り上げる。
「と言うか、死にたくなけりゃ、さっさと俺をその解毒薬で助ければいいだけだ。
命の連鎖はもう断ち切れないが、俺が死ななきゃお前も助かる。簡単だろう?」
「…ッ!!!」
ロッコスは、まともに応えようとしなかった。
まとっていた服を引き裂き、魔法陣の浮かぶ下腹部の皮膚をナイフで削り始める。
たちまち鮮血が流れ出すが、魔方陣は皮を剥がれた腹の肉になおも存在していた。
狂ったような声を上げながら、ロッコスはなおも自分の腹をナイフで抉り続ける。
冷めた目でそれを見据える魔術師の視界は、次第に霞がかってきていた。
目の前の醜態から目を離し、そのまま仰向けにごろんと寝転がる。
もう、ロッコスに興味は無かった。
俺も、そろそろ終わりだな。
ブラフは交渉の基本、ね。よく言ったものだな。
小瓶に解毒薬が入っていない事くらい、すぐに見抜いていた。
聞きたい事を聞いた後で、俺を絶望させるのに使うつもりだった小道具だろう。
まあ、今さらどうでもいい。
役立たずな魔術だったが、最期の最期に愉快なものも見れたからな。
相変わらずロッコスは絶叫しているが、その声もだんだん遠くなりつつあった。
ほとんど見えなくなった視界に、ひとりの少女の顔が浮かぶ。
…何だ、誰だ?
ああ。
メルニィ・リアーロウ嬢か。
いや。
あの、デタラメなニセモノ少女か。
もしくは、その両方か。
今さら心が痛むなんて言い草は、虫が良すぎるだろうな。
許されるとも、思ってはいない。
命令だったんだから、言い訳の余地もない。
それでも、最期くらいは素直に詫びよう。
本当に、すまない事をした。
あの規格外の少女は、俺の祖国に何をもたらすのだろうか。
破滅か。
変革か。
それとも、何も変わりはしないのか。
あいつの目は、何かを超えてきた者の目だった。
ジアノドラゴンを倒したらしいが、それ以上に大きな何かを経て来たのだろう。
この世界で、凡庸な生を受けた者でないのは確かだ。
あいつは、必要と思えば迷わず人を殺すだろう。
その事に対して、苦悩も悔恨も抱かないのだろう。
冷徹で凶悪な殺人鬼なのか?
いいや。
たぶん、違う。
そんな人間は、涙なんか流さない。
この俺を、殺さずに済ますはずもない。
きっと、思うままに自由に生きていくだろう。
過ぎた力に溺れる事も、醜い野心に塗り潰される事もなく。
羨ましい話だな。
俺も、そんな生き方がしてみたかった。
残念だな。
まあ、いいか。
あの子が好き勝手やってくれるのが、俺の最期の爪痕だ。
それ
で
い
い
光の消えた瞳から、焦点が失われていく。
かすかに上下していた胸元も、やがてその動きを止めた。
血まみれになっていたロッコスが、血走った瞳を魔術師の骸に向ける。
かすれた悲鳴を上げた彼女の手から、真っ赤に血塗られたナイフが滑り落ちた。
と同時に、ロッコスは髪を振り乱して駆け出す。
少しでも魔術師の骸から、距離を取ろうとするかのように。
怨嗟に満ち満ちた、この戒教院から遠ざかろうとするかのように。
しかし、その足は出口のはるか手前で止まった。
深々と抉られた腹部の血の中で、なおも光っていた魔法陣が不意に黒く変色する。
と同時に、ロッコスは糸が切れたかのようにその場に倒れ伏した。
あっけないほど簡単に、その身は骸と化した。
なおも腹部から流れ出る鮮血が、焼け焦げた床を赤く染めていく。
無情なまでに乾ききった静寂が、終わりを告げていた。




