指針
「何でそうなるのよ。」
応える拓美の口調は、自然と険しいものになっていた。
「君命でメルニィを殺しておいて、その姿に化けられるあたしに国へ行けって?
言ってる事が滅茶苦茶じゃない。あなた、一体何がしたいのよ?」
「ただの提案だよ。」
怒気を孕んだ言葉を返されながらも、魔術師はどこか吹っ切れたかのような表情で
淡々と続ける。
「あまり親しくもなさそうなメルニィ嬢のためにここまでするあたり、君は多分
これといってする事もない自由な身なんだろうと思ってね。」
「…………」
どことなく気に入らないものの確かに図星なので、拓美は黙って魔術師を睨む。
「正直に言おう。俺は君が、俺の国の理不尽を叩き潰してくれるんじゃないかと
思っている。わけのわからん懸念で、年端もいかない他国の少女を殺すような
理不尽をな。」
「どの口が言うのよ。メルニィを死なせたのは誰よ!」
「ああ。確かに俺だ。それは間違いない。」
即答した言葉は、何かを押し殺しているような響きに満ちていた。
「その事について言い訳をする気はない。粛々と、国から下された命令に従った。
ただそれだけだ。俺はそのために生きている。いや…」
フッと言葉を途切れさせた顔に、明らかに自嘲を含んだ苦い笑みが浮かぶ。
「それ以外の生き方は許されない。国に仕える魔術師とは、そういう存在だ。」
「…………」
しばし、拓美は何も言わなかった。
魔術師もまた、黙って俯いていた。
やがて。
「ひとつだけ聞かせてよ。」
感情のこもらない声で、拓美が静かに問いかける。
「メルニィの事、本当はどう思ってるの?」
「悪いことをしたと思ってるさ。当たり前だろ。」
「そっか。」
小さく応えた拓美は、やがて長い長いため息をついた。
その頬に、ひと筋の涙が流れる。
そうだ。
聞きたかったのは、このひと言だったんだ。
悪かった
ごめんなさい
ひと言でいいから、メルニィを手にかけた人間から聞きたかった。
復讐を考えるほど、親しい間柄じゃない。いや、話した事すらもない。
彼女がどんな性格だったのか。どんな声だったのかさえ、まったく知らない。
なのに何故、ここまでこだわったのか。
あたしは、旅の果てに辿り着いたこの世界を、信じたかったんだ。
取り返しのつかない事は、いくらでもある。
悪意も悲しい事も存在してない世界なんて、ただの薄っぺらな夢物語の産物だ。
いくら何でも、そんな馬鹿げた理想郷を目指したわけじゃない。
だけど。
過ちを悔い。
罪を償い。
間違いを反省し。
そして傷つけた相手に謝罪する。
そんな当たり前が存在しない世界だけは、どうしても許せなかったんだ。
ボロボロになっていた独りぼっちのあたしが、初めて出会った少女は亡骸だった。
この世界での初めての人との出会いは、醜い悪意が生んだ悲しい結末だった。
だからこそあたしは、どうしても謝罪させたかったんだ。
この世界の、入口を汚した人間に。
あたしは、スタートラインに立ちたかったんだ。
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「…それで?」
「うん?」
あらためて魔術師に向けられた拓美の声に、それまでのような棘はなかった。
口調が変わった事を感じ、魔術師は怪訝そうに片眉を上げる。
「仮にあなたの国へこの姿のまま行ったとして、あたしに何ができるって言うの?
言っとくけど、あたしはメルニィの事はほとんど何も知らない。付け焼き刃で
今からあれこれ情報を詰め込んだとしても、ごまかし続ける自信なんかないよ。
あっという間にニセモノだとばれて終わると思うけど。」
「…行く気になったのか。」
「お察しの通り、ヒマだからね。」
「なるほどな。」
苦笑した魔術師は、それでもどこか嬉しそうだった。
「確かに、メルニィ嬢になりすますのは無理だろう。俺だって彼女の情報なんか
ほとんど持っていない。」
「じゃあ、どうすんのよ?」
「ゴリ押しすればいい。」
「はぁ?」
訝しげに眉をひそめた拓美に、魔術師は肩をすくめてみせる。
「”そういう魔法です”と言って、すべて強引にこじつければいいだけの話だよ。
君の持つ能力は、俺の国の常識で見ても明らかに異質であり、そして規格外だ。
未知の魔法というカテゴライズをしてしまえば、たいがい押し通せるだろう。」
「何その雑な手口。」
「力押しは、君に向いていると思うが?」
「…」
相変わらずカチンと来るが、やっぱり図星なので黙るしかない。
不機嫌そうな拓美に、魔術師はもういちど肩をすくめた。
「失礼だったかな。だが事実、俺の国は魔法に関しては完全な実力至上主義だ。
強ければ、相手に勝れば、黒も白と言える。嘘も真実として通す事ができる。」
「歪んでるわね。」
「ああ。その点に関しては、どうしようもなく歪んでいるさ。…言ってしまえば、
だからこそ王家の誰かはメルニィを危険視したと考えられる。もし他国の少女が
誰にも負けない魔法を使えるようになったりすれば、自分たちの地位が土台から
崩れる事にもなりかねないからな。」
「そんなにメルニィの素養って、飛び抜けていたの?」
「いいや。」
声を低くした魔術師は、目を伏せて小さく首を振る。
「さっきも言っただろう。確かに魔法の素養はあったが、あったというだけだ。
苦労して小さな光を絞り出したり、指先にほんのわずかな霜を発生させたりと
非常にささやかなものだった。おそらく戦いに使えそうな魔法は、修行しても
発現まで至らなかっただろうな。本人も、そんな性格ではなかった。」
「…なるほど、ね。」
強いか弱いかじゃなく、使えるという事が問題だったって訳か。
何とも理不尽な話だが、同時にすとんと腑に落ちる話でもあった。
つまり、魔術師の言っているのはそういう事。
本物のメルニィ・リアーロウであるかどうかよりも、はるかに強力な判断基準が
存在しているという事だ。
見た目は彼女そのものであり、強力な魔法 (モドキ)を行使できる。
暗殺の君命を出した者からすれば、ニセモノであると判断するには十分過ぎるほど
胡散臭く、そして危険極まりない存在だろう。
しかし、ニセモノだと糾弾したところで、「魔法を使えるメルニィ」という事実は
理屈では覆せない。それこそ、実力でねじ伏せでもしない限りは。
「つまり、そういう事だ。」
「あたしがメルニィとして赴くのがどれほど危険な事かは、解ってるのよね?」
「身を以って知っている。加えて言うなら、ジアノドラゴンを殺せる魔術師など
俺の国には10人もいない。どうなるかなど、想像もつかないな。」
それでも、行けと言うのか。
おそらく彼には、最初から国への忠誠などは無かったのだろう。
命ぜられる事を、ただ粛々と遂行する。それ以外に、選べる道はない。
それに今回だって、別に失態を犯したわけではない。いきなり現れたメルニィの
ニセモノには惨敗したものの、暗殺という任務そのものは既に達成しているのだ。
なら、何故わざわざこんな提案をするのか。
この男なりの、メルニィという少女への贖罪なのだろう。
国の在り方は変わらない。自分の力で、変える事は決して叶わない。
だが、目の前に立つこの規格外の存在であれば。
理不尽を生む何かを、変える事ができるかも知れない。
ある意味、それは彼自身の破滅を意味する。
もちろんそれを充分に理解した上で、話を持ちかけているのだろう。
唯々諾々と従うしかなかった祖国への、最期の抵抗として。
そこにあるのは、まぎれもないひとつの覚悟だ。
1人の少女の未来を閉ざしてしまった、己に対するけじめを求める男の。
「分かった。行くよ。」
応える拓美の声に、もう迷いの響きは無かった。




