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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第二章・ベズレーメの街
28/816

戒教院にて

助け出す体で、油断を誘って共謀者の下へ案内させろ。

本当に単独だと判ったら、その時点で殺害してもかまわない。


拷問官への指示は、いたって単純なものだった。

そしてこの時間まで帰って来ていないという事は、共謀者の存在を聞き出したか。

いずれにせよ、あの少女の肉体はもう、ほぼ壊れている。

今さら、脅威にはなり得ないだろう。

なのに何だ、この妙な不安は。手を出してはいけないものに手を出したような…


ロッコス・ヴィヴィエのその不安は、ほどなく形を成した。

最悪の形を。


=====================================


「ロ、ロッコス様!大変でございます!!」


メズレ教の戒教院。

ベズレーメの街に立つその荘厳な建物の中央広間に、慌しい声が響いた。

どよめきが起こる中、入口に通じる大きな扉から初老の導師が駆け込んでくる。

ローブのような礼服をまとう導師たち数十人に囲まれていた女性が、声の主である

その男に鋭い目を向けた。


「何ですか。ここではいかなる時も心静かに。教えの基礎ですよ?」

「も、申し訳ありま…いや、それどころではありません!い、今しがた入口に…」


「お邪魔するわね。」


聞き覚えのある声が、狼狽した導師の言葉を遮って響いた。

広間にいた全員の視線が向けられた扉から、小柄な人影がゆっくりと入ってくる。


誰もが動き方を忘れたかのように棒立ちになり、目だけを見開いていた。

ロッコス、そしてその背後に控えていた3人もまた、顔を歪ませて瞠目していた。

そんな視線に晒されながら、その人影は気にする風も無く歩みを進める。

まっすぐに、ロッコスたちの方へと。


「…メルニィ、さま…」


誰かのかすれた声が、やけに明瞭に響き渡った。

それを合図にしたかのように、遠巻きにしていた導師たちがさらに数歩後ずさる。

慄いたようなどよめきが、再び起こっていた。


「い、生きてらっしゃったのか…」

「まさか、今になって…」

「おぉ、こ、こんな事が…」


「ロッコス。」


濁ったどよめきは、少女の放ったひと言でピタリと収まった。


「…何か?」


呼びかけられたロッコスは、抑揚のない声で応える。すでに、その表情には微塵も

動揺の色は浮かんでいなかった。


「あなたに訊きたい事があるんだけどさ。」

「何なりと。」


どこか余裕すら見えるロッコスの態度に、場の空気は少し落ち着きを取り戻す。

その反応は想定外だったのか、少女はほんの少し黙った。


「ご質問は何でしょう?」

「…あなた、あたしの侍従長よね?」

「今さらご質問される事でも無いと思いますが。」

「まあね。」

「それだけですか?」


気圧された少女は、再び黙った。不安を露わにしていた導師たちも、ロッコスの

自信に満ちた挙措に少し平静を取り戻しつつある。


そんな沈黙ののち。


()()()()()()()()()()()()()

()()()()


あまりにも異質な問いと、あまりにも迷いのない答えが、場を凍りつかせた。

顔色ひとつ変えずに切り返したロッコスは、笑みすら浮かべて少女を見据える。


「…ずいぶんと、即答するのね。」

「言い渋られるのは、お好みではないでしょう?」

「………」

「まあ、それだけでは言葉足らずですね。」


出来の悪い生徒に言い聞かせるように、ロッコスはゆっくりと言葉を放つ。


「そもそも、死者は生者に問いかけたりしません。だから、あなたを殺したのは

 私ではない。それは明らかな事でしょう。」

「理屈っぽいわね。」

「事実を言っているだけですよ。」


肩をすくめたロッコスは、今度ははっきりと薄い笑みを浮かべた。


()()()()()()()()()()()()()()()()


=====================================


ざわりと、これまでにないくらいのどよめきが波を打った。

言葉の意味を理解できなかったらしい導師たちが、あらためて瞠目する。


「…見て判らない?」

「お顔がメルニィ様であることは判ります。が、別人である事も同様です。」

「どうして言い切れるの?」

「そもそもメルニィ様は私の事を「ロッコス」とはお呼びにならないからです。」

「……なるほど。でも…」

「私の妹の名をご存知ですか?」

「えと……」

「妹などいない事くらい、当たり前のようにご存知のはずですが。」

「……」


話せば話すほど、メルニィの姿を持つ少女は答えに詰まった。


彼女は、ニセモノだ。

そんな認識が場を支配し、危険な緊張が生じ始める。


やがて、少女が口を開いた。


「…ずいぶんと確信を持ってるのね。あたしがメルニィでないという事に。」

「私は侍従長を務めた人間です。当然でしょう?」

「本当にそれだけ?」

「どういう意味です?」


問い返したロッコスを、少女はゆっくりと指差す。


「あなたと、その後ろの3人。見た感じ、あたしがここに足を踏み入れてからの

 反応が他と違ってたわね。」

「と、言いますと?」

「他の連中は、「まさか生きてたのか」って感じだった。だけどあなたたちは、

 「まさかそんなはずは無い」って感じだったのよ。つまり…」

「メルニィ様を殺した張本人ではないのか、というブラフですか。」

「…ブラフって概念、ここにもあるんだ。」


思わず呟いた少女に怪訝そうに眉をひそめつつ、ロッコスは平然と返した。


「その通りですよ。」

「!!?」


何気ない口調で放たれた言葉に、場の全員が絶句する。

まさか、そんな事をあっさりと認めるとは…


「もちろん、殺したわけではありません。ですが、最期を目の当たりにした事は

 事実です。」

「…どんな最期を?」

「ジアノドラゴンに、御身を砕かれるという最期です。」

「…………」


あまりにも凄惨な内容の告白に、導師たちの顔色は白くなっていた。

少女もまた、ぐっと下唇を噛み締める。


「王都への道すがらでした。草原の外れでジアノドラゴンに襲われ、抗う間もなく

 メルニィ様は命を絶たれてしまった。呆然とする私たちに、逃げよ、と告げて。

 断腸の思いで、我々はその場を逃れたのです。」

「…逃げよと告げた?」

「そうです。これも命令と捉えればこそ、私たちは生き恥を晒す道を選びました。

 でなければ、メルニィ様の死が完全に無駄になってしまう、と。」

「……………」


メルニィの姿を持つ少女は、いつの間にか項垂れてしまっていた。

導師たちの表情もまた、何の感情を宿していいか分からない戸惑いに満ちる。


「……何故、それをすぐに報告しなかったの?」

「もちろん、リアーロウの家のためです。」


ロッコスの言葉は、ますます滑らかになった。


「ただでさえ政情不安な状況で、三女であるメルニィ様が惨死を遂げたとなれば

 間違いなく国は荒れます。いずれ発表するにせよ、とにかく次代の当主継承者が

 確定してからでなければ…と憂いたのですよ。」

「それはもう、結論が出たんでしょ?」

「もちろん。ですから、明日にでも首都へお報せに行こうと思っていましたよ。」


あまりにも危険な内容の応酬に、導師たちは目を泳がせ始めていた。

いくらここが戒教院であると言っても、語られている顛末が重過ぎる。


じっとロッコスを睨み据えていた少女が、やがてゆっくりと口を開いた。


「…そういうのを、()()()()()()って言うんじゃないの?」

()()()()()()?」


相変わらず、間髪を入れずにロッコスが切り返す。


「結果的に混乱は最小限に抑えられ、継承者問題もほぼ解決しました。であれば、

 メルニィ様もきっとお喜びになるでしょう。自分の死は無駄ではない、とね。」


誰かが、吐く音が聞こえた。

目を泳がせていた導師たちは、魅入られたかのようにロッコスを凝視している。

まさか、ここまで開き直ってみせるとは…


「そんな事を大勢の前で言ったら、自分がわざと死なせたんだって認めてるのと

 同じじゃない。」

「だから、それに何の不都合がありますか?」


おどけたように肩をすくめ、ロッコスはむしろ楽しげに続ける。


「仮にあなたが本物のメルニィ・リアーロウ様だったとしても、今さら継承者の

 決定は覆りませんし、そうであれば私が謀殺した、という事実も存在しません。

 あなたがニセモノであるなら、その姿にも話す内容にも何の意味もありません。

 メルニィ様のお姿を盗んだ、不届きな者として処されるだけでしょう。そして

 私があなたの問いに何を答えようと、それこそ死人に口なしです。」

「…………………………………………………」


しばし、少女は何も応えなかった。

ずっとやり取りを見ていた場の者たちにも、ロッコスの勝利がはっきりと見えた。


そう。それは罪であり、そして詰みだ。


誰の目にも、ロッコスたち4人はメルニィを謀殺した張本人として映っている。

何より、ロッコス本人がほぼ認めている。


だが、それがこの戒教院の中で暴かれたとして、果たして何が変わるのだろうか。

もともとここにいる者たちは、全員が長女であるゼル・リアーロウのシンパだ。

今さら、生死不明だったメルニィに肩入れする者などいるはずがない。


言うなればロッコスの言葉は、場にいる全員への踏み絵だ。

己の謀を暴露し、目の前にいるメルニィが偽りである事をはっきりと暴いた上で。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


満ちた沈黙はそれまでのどれよりも永く、そして重かった。


=====================================


「…さて。お喋りはこのくらいにしましょうか。」


パンと軽く手を打ったロッコスが、呆然としている導師たちをざっと見渡す。


「言うまでもありませんが、くれぐれも他言なきよう。お努めに戻って下さい。」


言外の圧力に、導師たちは戒めが解けたように動き出した。

そのまま、放射状に伸びている7本の通路から我先にと退室していく。

いくらも経たないうちに、場に残ったのは5人だけとなった。


「…まことに残念ですが、あなたにはお帰り下さい、とは言えませんねえ。

 おそらくはあの少女の共謀者でしょうが、ベズレンドは行き違いでしたか。」


いかにも残念といった表情で首を振り、ロッコスは小さく手を掲げた。

それを合図に、後ろにいた3人の男が数歩、ゆっくりと足を踏み出す。


1人は、鈍重そうなフルプレートに身を包んだ大男。

もう1人は、異国のものと思しきローブをまとったやせぎすの中年。

そして、忍者のような黒い装束に身を包み、1対のダガーを持つ白髪の青年。

皆、無言で少女を見据えていた。


しばしの沈黙ののち。


「…はぁ。」


ため息と共に、少女はゆっくりと首を振った。


「やっぱり、こういう言い合いじゃ勝てないわね。」

「ここへ来る前に、気付くべきでしたね。分不相応な事に首を突っ込んだ、と。」

「そうね。」


大股で歩み寄ったのは、フルプレートの大男だった。

ためらう事なく手を伸ばし、メルニィの姿を持つ少女の肩を掴んで持ち上げる。

ガチャリという音と共に、その小さな体は男の顔の位置に掲げられた。

フェイスガードのスリット越しに、大きな目がこちらを見ているのが判る。


「入ってきた時は焦ったが、なるほどこうして見てみるといかにもニセモノだな。

 それが判るだけ、俺の目もまだ節穴じゃないってこったな。」


そんな事を言いつつ、肩を掴む手に力を込める。明らかに鎧の摩擦とは異なる、

ギシギシという耳障りな骨の音が響いた。


「とりあえず、手足を砕いてやる。本当の顔を見るのはその後だ。」


言い終えた瞬間。

バキッという、鈍い音がかすかに鳴り響いた。

誰の耳にも、それが骨を砕かれた時のものだとはっきり判った。


沈黙だった。

悲鳴は上がらなかった。

少女は、表情を変えなかった。


己の暴力に迷いのなかったフルプレートの男が、初めて少女の顔を凝視する。


リアーロウ家の三女、メルニィ・リアーロウ。どこから見てもその顔だ。

俯いていたその顔が、不意に自分を見返した。苦痛など、全く見えない表情で。

明らかにメルニィ以外の、()()()()()()()()()()()()()で。


「…悲鳴でも聞きたかった?」


両肩の骨を砕かれたはずの少女は、そんな問いかけを口にした。


「そんだけ細いスリットも、ここまで近けりゃ狙えるわよ。」

「な、何だと?それはどういう…」

奥歯弾(トゥース・バレット)。」


囁きと共に、白い小さな点がスリット越しの視野に混じる。

等間隔で、計4つ。


それが、視野に映った最後の景色だった。


「ギャアアアアァァァァァァァ!!」


音もなく射出されたその白い点――奥歯が、細いスリットの隙間から狙い違わず

飛び込んだ。そして、見開かれていた目に2つずつ突き刺さり、瞳を破壊する。

絶叫と共に、大男は掴む手を離して己の顔を覆った。投げ出された少女の体は、

何事もなかったかのように軽やかに着地する。

なおも絶叫しながらうずくまる大男の鎧が、同じく悲鳴のような軋みを上げた。

うるさそうに見下ろす少女は、確かめるようにグルグルと両肩を何度も回す。


一瞬の間に、その肩は治癒していた。

目の前で起こった出来事に、棒立ちになった3人が顔を歪ませる。


「…ロッコスさん。あなた、ひとつだけ根本的に勘違いしてるわよ。」

「…勘違い?」

「そう。」


その声は、明らかにさっきまでのメルニィのそれではなかった。

どこかで聞いた事のある、見知らぬ少女の声だった。


「あたしは、リアーロウ家とやらのゴタゴタなんかに、これぽっちも興味はない。

 ただ、メルニィちゃんを死なせたのが誰なのか、その事をどう思ってるのかを

 知りたかっただけ。そしてその相手が悪党なら、罪を償わせる。それが約束。」

「約束って、誰との?」

「決まってるじゃない。」


そう言って、少女は自分の顔を指さした。


「この子との、よ。」

「メルニィ様はもう亡くなっている!だから情勢は変わらない!それを今さら…」

「知ってるし、知ったこっちゃない。」


訴える声を遮ったひと言に、初めて明確な怒りが宿る。


「どんな事情があろうと、彼女はあたしを救ってくれた恩人。それは変わらない。

 権力者の令嬢であろうが裏道を這いずり回る孤児であろうが、あたしのやる事も

 変わらない!!」


言い終わると同時に、瞳が獣を思わせる黄金色に変化した。

その目が、目の前の3人をまっすぐに睨み据える。



「お前ら、覚悟しろ。」


そのひと言は、空気を爆ぜさせるような気迫に満ちていた。

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