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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第二章・ベズレーメの街
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拷問官ベズレンド・1

どうして気付いた?


俺の心の問いを聞き取ったのか、布にくるまれた少女は続けた。


「…あたしは、判っちゃうんですよ。手で触れれば、ね。この2日間、ヒゲさんは

 あたしに付きっ切りだったでしょ?」


ヒゲさん、か。人からそんな風に呼ばれた事は一度もないな。

受付をする時は愛想よく、とは言われていたが。

このベズレンド・コムリは拷問官だ。

苦痛を与える事こそ俺の使命であり、生き甲斐であり、存在する意味なのだから。


俺にとっての他人とは、親しい関係を築くものではない。

命の灯火を持つ骨と皮と血の塊だ。それをそぎ落とす事が、俺の仕事なのだから。


皮袋をかぶるのは、本当の俺を隠すためなのか。

…ひょっとすると、本当の俺を目覚めさせるためなのか。


=====================================


仕事以外で、人を傷つけたり殺したりした事はない。ただの一度も。

それは、俺のけじめだった。一線を越えない事によって、仕事では逆にいくらでも

残忍になれた。何人壊れようが何人死のうが、心には小波さえも立たなかった。

死なせてくれという懇願には、無二の親友のような心で励ました。そんな簡単に

生きる事を諦めてはいけないと。


今回も、そのはずだった。

指輪の彫刻は判らなかったが、リアーロウ家の三女ならば何度も見た事がある。

あどけなさと育ちの良さ、美しさを併せ持つ、絵に描いたような貴族の令嬢だ。

もちろん、直接言葉を交わした事などはなかった。誰かと交わす言葉を遠くから

聞いた事があるだけだ。

…あの声を苦悶の悲鳴に変えたい。あの肌を紫色に染め上げたいと思った事が、

まったく無いとは言わない。しかし、そんな事ができるとは思っていなかった。


王家の傍流であり、総代としてもきわめて高い地位を誇っているリアーロウ家。

ベズレーメは言うに及ばず、王都においてさえその権限は絶大だといわれている。

それだけに、当主の急逝は大きな混乱を招いた。

全部で8人いた子供たちは、リアーロウ家の後継者の座を狙って反目を始めた。

特に年長の3人は、血眼になって相手を蹴落とす事を画策していた。その熾烈さは

俺たちのような木っ端の警吏ですら耳にするほどだった。


そんな中、継承者争いから距離を置こうとしたのが、三女のメルニィ嬢だ。しかし

皮肉にも、そんな欲の無さが世間の人気を集める事になった。それこそ、後継者の

筆頭候補と見なされてしまうほどに。


兄や姉たちは、当然のようにメルニィの存在を危険視するようになっていった。

この頃になると、さすがに俺でもメルニィ嬢が長生きできそうに無い…というのは

理解していたと思う。上司もまた、俺たち全員の動向を厳しく監視していた。


そして、彼女の消息は絶たれた。王都へ向かうための、馬車ごと。

同行した護衛たちのうち、生還したのは4人。しかし、本当に大勢が護衛したかは

判らない。とにかく、護衛たちは還って来た。俺の上司も、その1人だった。

ドラゴンに襲われたという報告により、特例として捜索隊は派遣されなかった。

いたずらに被害が広がる恐れがあるからだ。事実上、メルニィ嬢は見捨てられた。


もう死んでいるのだという事は、含みを持たせた上司の言葉で察した。

サディスティックな願望が果たせなかった事は、別に残念だとは思わなかった。


退屈な日常の中に、ぽつんと放りこまれたあの指輪。

リアーロウの長女に肩入れしている都市総代としては、何としてもここでうまく

処理しなくてはいけない話だ。


そして、俺にお鉢が回ってきたという事だ。直接あの少女の来訪を受け付けた俺に

拷問の役が任されたのは、当然と言えば当然の流れだったかもしれない。


2日間。俺はこいつを死なせないようにしながら、存分に壊してやった。

しかし、共謀者の情報を吐く気配は無かった。妙なところで、強情な娘だった。


そんなわけで、こうして別の顔で助け出し、ここまで連れて来たのだが。


俺の正体を看破していたというのは、理解しがたい話だ。どうして()()()()()()

その事を打ち明けるのか。もう少し早く言えば、壊されずに済んだだろうに。


分からない事が多過ぎる。だからこそ、何も言わずに次の言葉を待つ。


「…おそらく、あたしの背後にいる者を調べろって話だったんでしょ?だから、

 こうして外に連れ出してくれた。」


顔まですっぽりと布に覆われたまま、少女はゆっくりと告げる。


「でも、ごめんなさい、言えないんじゃなくて、本当に誰ひとりいないんですよ。

 あたしは天涯孤独だし、友人を作るとしてもこれからだったんです。…だから、

 宿へ送ってもらっても誰も迎えはいません。暗い部屋が待ってるだけです。」


抑揚が無かった声に、そこだけ感情がこもったように聞こえた。


「…だからもう、ここでお別れにしませんか?」


お別れ?

それで、お前はどうするというんだ?

そんな体になって。


「疑念はあるでしょうが、あたしとしてはここまで連れてきてもらえれば充分。

 これまでの事は忘れますから、どうぞ戻って下さい。それがお互いの」


皆まで言わせず、抜いたナイフを深々と心臓に突き立てた。

ほとんど衝動だった。馴染み深い感触がナイフの柄から伝わってくるのを感じ、

そこで初めて少女を殺した事に気がついた。


なぜそんな事をしたのか、一瞬自分が分からなかった。だが、すぐ思い当たった。


それは、侮辱だった。そう、拷問官としての矜持を踏みにじられた事への怒りだ。

どうしてお前が、俺を許そうとする。俺にされた拷問を、なかった事と考える。

そんな慈悲など、この俺が許すと思ったのか。耐え難い侮辱だ。

こんな激情が己の中にあったとは、驚きだった。


鼓動が止まる。ナイフを引き抜くと共に、新たな染みが布を赤黒く染めていく。

後悔は無かったが、達成感も充足感も無かった。どこか、虚しさが残った。

共謀者がいないというのは、おそらく本当なのだろう。ここまで来て嘘を言うとは

あまり考えられない。だから、任務は一応完了と言っていいだろう。


しばらく、俺はそこでじっとしていた。風が吹き、池の水面に波模様を作る。

さて、これからどうしたものか。

やはり、このまま骸を持ち帰るのはまずいだろう。どこかに埋めてしまうか。

この場に放り出していく気には、さすがになれなかった。しかし、虚無感からか

なかなか腰を上げる事ができない。

つくづく、妙な小娘だったな。


感慨めいたものを覚えながら、俺は骸の顔にかかっていた布をそっとめくった。


何気なく向けた目を、逸らせなくなった。


蒼い夜の闇の中で、金色に輝く双眸がこちらをじっと見据えている。

死人の眼窩に収まる、濁ったガラスの球ではない。

野生動物のそれを思わせる、爛々とした瞳。


反射的に後ずさった俺の目の前で、それはゆっくりと立ち上がった。


見間違えるはずもない、その姿。



メルニィ・リアーロウが、金色の瞳で俺を見ていた。

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