不穏
最初のうちは、いろんな音色の悲鳴が聞ける。
苦痛に歪む声。助けを求める声。許しを乞う声。そして怒りや呪詛の叫び。
何度聞いても頭の芯が痺れる、極上のメロディだ。
だが、そのうちに声は途絶える。うなだれたまま、苦痛に対する反応も鈍くなる。
ここからが、本当の意味での醍醐味だ。
壊れてしまわないように、繊細に。だが、休まる瞬間などは与えない執拗さで。
じわじわ、じわじわと心と体を削り落としていく。一線を越える、一歩手前で。
これだから、拷問というのは止められない。
最初のうちは、いろんな音色の悲鳴をあげていた。
苦痛に歪む声。助けを求める声。許しを乞う声。そして怒りや呪詛の叫び。
声芸のバリエーションを総動員した、独演会だ。
だが、そのうちにネタが尽きた。と言うか、いちいち反応するのが面倒になった。
このあたりからは、本当の意味での拷問だ。退屈という名の。
感覚遮断で痛みは全くない。切られようが刺されようが、爪を剥がされようが。
外傷だけは治さないで放置した結果、見た目だけがどんどん痛々しくなっていく。
これだから、拷問というのはあたしと相性が悪い。
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すでに、丸2日が経過していた。
目を開けた時にはここに拘束されていた…とは言うものの、別にここがどこかが
判らないわけじゃない。先に言ってしまえば、あの警吏棟の地下室だ。
目を開けてなかっただけで、気絶していたわけじゃない。そもそもあたしの状態は
一瞬でも途切れることなくタカネが管理しているんだから、意識の途絶なんかが
起こるわけがない。ただ、気を失ったふりをしていただけだ。
外堀からチマチマ攻めるより、こんなアプローチの方が早いだろうと思ったから。
しかし、まあえげつないと言うか、容赦がない。
もしあたしじゃなかったら、とっくに死んでるか壊れてるんじゃないかと思う。
しかもその間、尋問とかは一切なし。ただただ痛めつけるだけのフルコースだ。
最初に心を折るというセオリーなんだろうけど、どう考えてもやり過ぎだよこれ。
情報を得ようとか、そういう意図があまり見えない。
もしもこのままいたぶり殺すつもりなら、こっちにも考えがある。…って言うか、
さすがにそろそろ堪忍袋の緒が切れるぞ。
ハァハァ言いながら愉しそうにずっと拷問してるそこの皮袋。いい加減にしないと
時速600キロの頭突き喰らわすぞ?
「おぉ、まだ折れてねえのか。…いいねえ、その目。たまんねえぜ。」
……もういいですか、殺っちゃって?
まあ、もうちょっとだけ我慢しようか。と言うか、ちょっと昼寝でもしようかな。
何かあったら起こしてね、タカネ。
『…分かった。』
応えるタカネの声もまた、心底げんなりしていた。
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『誰か来たわよ。』
タカネに起こされたあたしは、顔を上げて目を開けた。が、右目が見えない。
代わりにぬるっとした感触が、頬を流れている。ああ、潰されてるのね。
左目だけでかろうじて捉えたのは、ゆっくり部屋に入ってきた小柄な人影だった。
どうやら女性らしい。金縁のメガネをかけ、髪をアップにまとめている。
「初めまして。えーっと…何さんだっけ。ま、いいわ。」
あまりにも場にそぐわない軽い調子で挨拶した女は、あたしを見下ろして続ける。
「どこで指輪を手に入れたの?」
は?
すでに答えてる事を、この状態で蒸し返すの?…もしかして、バカなの?
「ああ、川べりって言いたいのね。だけど、聞きたいのはそういうんじゃないの。
誰から預かったか、って事よ。あなたの仲間はどこに、何人いるの?」
話のベクトルが致命的にずれてる。その上、伸び過ぎてる。
黙ってても埒が明かないことを察し、あたしは少しだけ口を開いた。
「…あの指輪の持ち主って、誰なの……?」
「え、そこから?…参ったなあ。カマかけてんのか本気で言ってるのか…。」
そこから?って、そりゃこっちのセリフだ。
ここまで理不尽な事をする以上、あの子が普通の身分じゃなかったって事くらいは
十分過ぎるほど分かってる。
だけど、知らないものは知らない。だから訊きに来たんだ。こんな場所にね。
つくづく、あたしはここに来てから、踏まなくていい地雷ばっかり踏んでる。
「ま、いいわ。せっかくだからきちんと教えといたげる。」
その「せっかく」というのは、十中八九「冥土の土産に」って意味だろうね。
まあ、この際何でもいいから教えて欲しい。
たった一つの名前を知るために、あたしはどれだけ苦労しなきゃならないのよ。
「指輪の持ち主は、メルニィ・リアーロウ。リアーロウ家の三女よ。」
言い終えた女の、意味深なドヤ顔。
あ、これ「リアーロウ家って何?」とは口が裂けても言えないやつだ。
仕方ないので、空気を読む。
「…まさか、リアーロウの令嬢…?」
「ええ。そこまで言えば、どうして死ななきゃならなかったかは分かるわよね?」
分かりません。後で誰かに聞きます。何だろうこの虚しい茶番。
ボロボロに痛めつけられてるあたしが、どうしてここまで気を回してるんだか。
「それで?…あなたの共謀者は誰よ。総代に揺さぶりをかけようとしてるのは?」
総代に揺さぶりって何だ。もう、これ以上宿題を増やさないで欲しい。
でも、誰かの名前を言わなきゃ終わらないだろう。じゃあ、あいつしかいない。
「…レジ。」
「うん?誰って?」
「…衛士の、ジャレジ・ミッコ。」
死人に口なし。確か家族もいなかったはずだし、ここは名前を借りよう。
予想通り、女の顔は露骨に歪んだ。
「…まあデタラメでしょうね。もういいわ。あとは好きにしてかまわないから。」
さすがに信じないか。ま、仕方ない。
あたしもそろそろ、外に出たいからね。
不機嫌そうに踵を返し、女は足早に拷問部屋を出て行った。
見送りにでも行こうというのか、皮袋ものっそりとその後に続いて出て行く。
部屋には、あたし一人が残された。
さて、どうしたものか。
さっさと拘束から逃れて脱出すべきだけど、もしこんな状態で逃げ出したとなれば
いろんな意味で怪しまれる。実際、今のあたしの体はもうまともに暮らせないほど
拷問で壊されているわけだから。
皮袋を叩きのめして外に出て行くって流れは、やっぱりかなり無理があるだろう。
あれこれ考えているうちに、誰かが戻って来た気配を感じた。
ああ、下手に迷う前に逃げるだけ逃げてもよかったかなぁ…ちょっと後悔。
と、入口に影が差した。逆行になっていて判らないが、かなり大柄な男らしい。
さっきの皮袋か。まあ、やむを得ない時はこの男を…
「おい、大丈夫か?」
足早に近づいてきたその男は、押し殺した声であたしにそう問いかける。
あたしの有様に明らかに衝撃を受けたであろう双眸が、こちらを見ていた。
…あれ、ヒゲさん?
何でこんなところに。




