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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第二章・ベズレーメの街
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背信の報酬

意味も理由もなく、悪事を働く輩は多くない。いろんな奴を見てきたから判る。

大抵は、何かしらの事情があったり、何かしらのきっかけがあったりするものだ。

そう。今の俺のように。

こんなわかりやすい悪魔の囁きに、耳を傾けない人間なんているわけがない。

悪いのは俺じゃない。囁いたコイツが悪いんだ。


仰向けに倒れて胸から血を流す、みすぼらしいナリの小娘。

恨み言を言いそびれたのか、見開いたままの目は今もこっちを見ている。

恨むなら、自分を恨め。妙なものを持ってきた、自分自身の甘さをな。

二束三文で売られた娘に慈悲をくれてやるほど、こっちの生活も楽じゃないんだ。


このまま埋めてしまおうかと思ったが、そんな時間はない。部屋の隅に転がして

ボロ布を被せておくにとどめた。どうせ、いつかは見つかる。

それより、今は一刻も早く、手に入れた聖鱗を金に変える事こそが重要だ。

衛士を続けるのはもう無理だ。ヘタを打てば処刑される。気持ちを切り替えろ。


仕事柄、裏の商いに関しては色々と知っている。まあ、プライベートでも少々。

急いで行動を起こせば、総代やギルドの先手を打つ事はたやすいだろう。

闇オークション。確か今日も開催されているはずだ。ジアノドラゴンが死んだ噂が

これだけ流れているのだから、飛びつく奴らも大勢いるだろう。


よし。善は急げだ。


…痛ってえな、クソ。

あの小娘、刺した時に思いっきり俺の腕を引っかきやがった。血が出てやがる。

まあ、治療代は聖鱗に免じて負けといてやるよ。感謝しろ。

さて、行くか。

オークション会場は街道から外れた古城だ。バリオ()で飛ばせば、そうかからない。


大金持ちは、すぐ目の前だ。


=====================================


月の出ていない夜の闇の中、俺はひたすらバリオを駆けさせた。

やっぱり、少なからずビビッているらしい。それは認めるしかないだろう。

こんな大それた事をやらかしたのは、もちろん初めてだ。小娘を殺したのもな。


追われているかのような疑心暗鬼がまとわりつき、背後に遠ざかっていく高い塀を

何度か振り返った。もちろんまだ追っ手がかかった気配はない。だがもう、今さら

後戻りなんか出来るはずもない。


生きるべき者が生きて、そうでない者は死ぬ。世の中、それでいいはずだ。

目指す古城に近づくにつれ、小さな窓明かりが見え始める。


あれこそが、これからの俺の道しるべだ。


ようやくひと息ついた俺は、バリオを疾駆させる速度を少しだけ落とした。


=====================================


後ろ暗い連中に、まともな身分チェックなどやっても無駄だ。

そういうものに引っかかる人間だからこそ、ここへ来ているのだから。


所持品の中でチェックされるのは武器だけ。それも、よほど危険なものでない限り

そのまま携行を許される。まあ、何かあったら自己責任って奴だろうな。

俺の得物は愛用のナイフのみ。もちろん、血の汚れはきっちりと拭って来てある。

判る奴には判るかも知れないが、それはまあ、同類のよしみだ。


入口も廊下も暗かったが、オークション会場となるメインホールは輝光石ランプが

惜しみなく使われ、昼間のような明るさだった。こういう所には金を使うねえ。

まあ、俺だって明日には同じような身分だ。ランプくらい、一日中使ってやるさ。

手続きを済ませ、現物確認をした上で出品者席に腰を下ろす。もちろん、聖鱗は

まだ自分で持ったままだ。ここで気軽に預けるほど、誰も周りを信用していない。

呼ばれたら自分でプレゼンする。まあ、合理的なシステムではあるな。


会場の席がほぼ埋まった頃、オークションは始まった。


=====================================


『それでは、次の品をご紹介します。』


嫌味なくらい身なりを整えた男が、そう言って周囲を見渡す。いよいよ俺の番だ。


『耳聡いみなさんなら、すでにお聞き及びかと存じます。かのジアノ草原において

 無敵の名を欲しいままにし、暴虐の限りを尽くして来ましたるあのドラゴン。

 その死が噂として伝えられましたのは、つい先日の事でございました。』


そこで一息入れ、男はさらに声を張り上げた。


『真相を知る術はいずこに!と思われていた今宵。何より真を雄弁に語る逸品が、

 まさにこの館へともたらされました。その名も相応しき、「証の聖鱗」です!』


どよめきが会場を満たす中、仮面をつけた俺はゆっくりと立ち上がった。そして、

ステージへと足を踏み出す。皆の注目を一身に受けながら…

いや、お前は誰だ?

ステージを挟んだちょうど反対側のステップから、誰かもうひとり上がってくる。

黒いローブに身を包んで仮面をつけた、俺よりも背の高い女だった。ここからでも

そのスタイルの良さと色香みたいなものが伝わってくる。

しかし、俺の頭は疑問符だらけだった。


出品は、証の聖鱗だ。それは俺が持ってきた。じゃあ、どうしてこの女がここに?


「…あたしがいる理由、ご存知になりたいかしら?」


見透かしたようにそう言った女は、仮面に手をかけるとほんの少しだけずらした。

そう、同じステージ上に立つ俺にだけ顔が見えるように。

予想どおり、ものすごい俺好みの女だった。その口元に、小さな笑みが浮かぶ。

次の瞬間、俺の目は女のかざしたものに釘付けになった。


まぎれもない、証の聖鱗だ。俺の持ってきたものと全く同じ、輝きを放つ鱗。


「まさか…」


『さあ皆さん!今ここに、ジアノドラゴンの聖鱗が2枚とも揃ったわけです!!

 いにしえより至宝とされてきたこの一対の鱗。こうしてそろう事は、ひとつの

 奇跡とも言うべき快挙です!さあ皆さん、ここは思い切りましょう!!』


煽るようなその言葉を合図に、会場の人間たちが一斉に声を上げた。


「100万!」「500万!」「1000万!」「1200!!」


衛士の給料なら七たび生まれ変わっても届かない金額が、次々に飛び出してくる。

いささか気を呑まれた俺と対照的に、仮面を付け直した女は悠然と佇んでいた。

怒号のような値の吊り上げが続く中、俺は思わず司会の男に小声で尋ねる。


「な、なぁ。これ、ほとんどの人間がまとめて買うつもりだよな?」

「左様でございましょうね。」

「その場合って、俺の取り分はどうなるんだ?」

「私どもの確認致しましたところでは、お二方の聖鱗はほぼ状態が同じでした。

 なので落札金は分りやすく等分、というのが妥当かと思われますが。」

「…まぁ、そうだろうな。あの女は?」

「おそらく大丈夫とは思いますが。もしご希望なら、お話の機会を設けます。」

「分かった。その時は頼む。」

「承知致しました。」


得体の知れない女だが、まあ半分ならおそらく文句はないだろう。

ようやく少し落ち着き、場の空気にも慣れたところで。


しばらくは裏世界で噂になるだろう高額で、聖鱗はまとめて落札されたのだった。


=====================================


「…ふぅ。」


控え室に通された俺は、そこで大きな息をついた。そのままどっかと椅子に座る。

張り詰めていた気持ちの一部だけが弛緩したような、半端な気分だった。


結果的には、思っていたよりもずっと高額で聖鱗は売れた。やはり単品ではなく、

左右一対が揃った事で価値が跳ね上がったらしい。それは喜ばしい事だ。


しかしあの女、いったい何者なんだろうか。どうにも見当が付かない。

とりあえず、落札金の折半については、主催者が確認を取りに行っているらしい。

正直、俺としては、持ち込んだ1枚分の額がもらえれば文句はない。ここで下手に

もめ事になって、足踏みするのはまずい。早く遠くの街へと移動しないと。

このオークション会場から、ドラゴンの死のニュースは国中に拡散するだろう。

ベズレーメの街ではすでに狩人ギルドからかなり広まっているだろうが、おそらく

俺よりも早くこの情報を街の外まで持ち出した奴はいないはずだ。狩人たちは皆、

血眼になってドラゴンの骸を草原で探し回っているところだろう。

別にまずい状況になっているわけじゃない。ただ、状況の変化にさすがに気持ちが

追い付いていない…という感じだ。


とりあえず落ち着こう。

腰を上げた俺は、飲み物や酒が並ぶカウンターへと足を向ける。

と、その時だった。


入口の反対側に作り付けられた木製のクローゼットから、かすかな音が聞こえた。

足を止め、音を立てないよう注意しながら、腰に携えたナイフの柄を握る。


「…誰だ。」


低い声音で誰何したが、返答はなかった。しかし、かすかな物音は続いている。

何者かが中に潜んでいるのは、間違いなかった。後手に回れば命取りだ。

意を決し、俺はクローゼットの扉の取っ手に手をかけた。そしてナイフを素早く

抜くと同時に、扉を一気に開く。


しかし、飛び掛られることはなかった。

クローゼットから現れた影は、そのままごろりと床に転がる。


仰向けになった顔に並ぶ双眸が、こちらをじっと虚ろに見つめている。何だか、

どこかで憶えのあるようなこの感じ。

クローゼットから現れたのは、あの黒いローブをまとった女だった。

いや、「まとっていた女」と言うべきか。

女は、一糸まとわぬ裸身だった。胸元に深々と穿たれた刺し傷から、とめどもなく

鮮血があふれ出ている。

死んでいる事は、ひと目で分かった。


……誰が?

……いったい、何のために?

……この女は誰だ?


疑問が、奔流のように頭を満たした。

次の瞬間、硬直していた右手の指に、ぬるりとした感触が這いずった。

ゆっくりと目を向ける。


憶えのあるその感触は、やっぱり血だった。

俺のナイフの刀身から、ゆっくりと流れ落ちていた。


……俺が?


もうひとつの疑問が、刃のように頭に刺さった瞬間。


耳をつんざくような、甲高い悲鳴が響いた。

その声に貫かれ、俺の体は動かし方を忘れたかのように硬直する。

ほどなく、通路の方から慌しい足音が響いてきた。

それでも俺は、体を動かす事が出来なかった。



窓も何もない部屋だが、今が何時くらいなのかは感覚で判る。

もう少しすれば、空が白んでくる頃だろう。

朝の当番は、いつも気が重かったな。

次の朝当番は、確か2日後だった。


だのに何で、俺はこんな所にいるんだろうか。

本当なら昼の勤務を終え、酒場で飲んでから寝ていたはずなのに。


あの小娘のせいだ。

くだらねえものを、俺の前に持ってきやがったから。

あいつさえ来なければ、俺はいつも通り暮らしてたんだ。

こんな所に来る事もなかったんだ。


次に会ったら、絶対に殺してやる。

…ああ、もう殺したんだったか。

目の前に転がってる、このイカした女みたいに。


「……ああ、ヘタ打ったな、俺。」


呟いた途端、手の力が抜けた。

重い音を立てて落ちたナイフの刃から、血の飛沫が飛び散る。



飛び交う怒号は、俺の破滅を高らかに告げているかのようだった。

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