不本意な現状
父の生家は、綺麗さっぱり無くなっていた。
両隣2軒ごとまとめて潰され、立派な宿に姿を変えていた。
今さら感傷に浸るような話じゃないし、気分的にはそれどころじゃない現在。
とりあえずあたしたちは、この宿に泊まる事にした。
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あの後、ジャボス夫人が先に帰され、あたしたちはもう一度ギルドに戻った。
重い場の空気に押し潰されそうだったけど、ひととおりの確認などを済ませた。
中途半端な時間になってしまったので、今日はこの村に留まるしかなくなった。
それ以上拘束はされなかったけど、辞する際のマスターの最後の言葉が耳に残る。
「失礼かも知れないが、充分気をつけてくれ。あなたの姿は危険だから。」
ええ、そうでしょうね。
幼い女の子がさらわれて惨殺されているというのなら、あたしも危険だろう。
とりあえず、忠告としてありがたく受け取っておいた。
さすがに、タクミもタカネもそこで笑ったりはしなかった。
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食欲なんてあるわけないと思っていたけど、さすがにお腹は減る。
考えてみれば、色々あったせいでお昼もきちんと食べていなかったからね。
かと言って、さあ食べに行こう!とか作ろう!とかいう気分にはとてもなれない。
そんな感じでグダグダしていたら、ルギンズが夕食を持ってきてくれた。
大したものじゃなかったけど、丁寧にお礼を言って受け取った。
あたしにとっては、ひさしぶりの故郷の味って事になるんだよね。
さすがに、しみじみ味わうような気分ではない。それでもきっちりと頂きました。
夜が更けても、通りの灯りは煌々と灯されていた。
あたしが子供の頃は、陽が落ちると同時に家の灯り以外はみんな消えてたのに。
別に、村が豊かになったからというわけじゃないだろう。
真っ暗にすると、闇に紛れてまた子供がさらわれるかも知れない。
その恐怖に対する、精一杯の抵抗だ。
理不尽な暴力に対し、人は自分の無力を呪う。
呪いながらも、自分なりに抗う術を探す。
あたしの故郷は、苦しんでいた。
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「…とんだ里帰りになったわね。」
ベッドに座って足を投げ出しながら、タクミが言った。
「ラスコフって、こういう事が頻繁に起こるの?」
「そんな事はないよ。」
即答で否定したものの、あたしにとってその問いかけは重かった。
あたしがこの国で過ごしたのは、本当に幼かった頃までだ。そこそこ憶えてるのは
むしろムリョーカの街での暮らしの方。ここは、わずかな記憶しかない。
魔術師による犯罪が日常的だったかどうかなんて、子供には分からなかった。
このラスコフにおいて、魔法は使えた者勝ちだ。
そこには紛れもない実力至上主義が存在しており、魔法が使えない人間との間には
絶対的な線引きがなされている。
むしろ、ローカフやロドーラの方が魔術師に対して毅然としているかも知れない。
こんな村では、何かが起これば泣き寝入りが基本となる。
たとえそれが若い女であろうと、魔術師であるというだけでまかり通ってしまう。
これまでにこんな事がどれほど起きているのか、あたしには説明できなった。
「それで、どうする?」
そう言ったタカネが、タクミのすぐ傍らに座った。
「ここはあなたの故郷なんだから、あなたが決めるべきだと思う。」
「そうよね。」
頷いたあたしは、視線を窓の外に向ける。
今日は月が出ていないから、夜の闇が深い。抗う眼下の灯りも、どこか寒々しい。
考えた。
だけど、考えれば考えるほど、結論は同じところに戻るばかりだった。
「…あたしたちに、この件は解決できないわよね。」
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不本意だけど、それが現実だ。
これは古のジッターズ・サン・ガルリの様式に則り、子供を狙う連続殺人だ。
恐らく、そこに伝承のような自分の呪いへの救済という目的は存在していない。
犯人たちは、自分の悦楽のためだけに子供を殺している。
でなければギルドを訪ねて煽ったり、凝った加工を遺体に施したりはしない。
忌まわしいのは魔法の素質ではなく、それに呑まれてしまった心の弱さだ。
何人いるか知らないけど、タカネにとってはものの数じゃないだろう。
どんなに強力な魔法を扱えたとしても、今の彼女を退けるのは難しいはずだ。
戦いになれば恐らく、タカネは当該の魔術師を一人残らず、事務的に骸に変える。
だけど。
それは原因の排除であり、事件の解決とは言えない。
あたしたちに、この件に巻き込まれた人を救済する術はない。
タクミもタカネも、今日は本当によく堪えてくれたと思う。
自分の力を示さない事に徹した結果、こうして普通に宿に泊まれる運びになった。
ここで実力行使をすれば、いつも以上に状況は悪くなる。収拾がつかなくなる。
その事を、あたしたちは直感で理解していた。
若い女の魔術師たちが、これ見よがしに幼子をさらって殺し続けている。
この現状は、あたしたちにとっては決定的にまずい。
これは魔法ではありませんと説明しても、誰も理解も納得もしないだろう。
力の片鱗を見せた瞬間に、あたしたちは恐怖と忌避の対象に成り果てる。
恐らく集団ヒステリーとなる。それはもはや、火を見るより明らかな話だ。
ここにいる限り、あたしたちは無力な存在でいなくてはならない。
そうしなければ、おそらく望まない破滅を呼び込んでしまう。
だとすれば、助力をする事はできない。
大人しくしているか、早々に村を出るかの二択だ。
村の人たちの気持ちを尊重するなら、蛮勇は振るえない。
本当に、難しい。
人生の選択は、いつの瞬間も難しい。
だけどね。
何もしないって選択肢は、考えてないよ。
やれる事じゃない。
やりたい事を、あたしたちは選ぶ。
いつも通りに。
今回もね。




