怯える村
「とりあえず、村に行こう。」
タカネの提案は、至極もっともなものだった。
余所者であるあたしたちがここにいても、現状で出来ることは何もない。
許可もなしに他殺が明確な遺体を動かすなど、一番やってはいけない事だ。
この子が誰なのかをはっきりさせない事には、次の手は打てない。
だけど…
「タカネ。」
「うん?」
「この子の顔って、何らかの方法で再現できる?…つまり、情報として。」
「もちろん。」
そう答えたタカネの手に、いつの間にか1枚の皮状の紙が現れていた。表面に、
目の前の遺体の肖像画のようなものが描かれている。それも、きわめて精緻に。
「バリオの皮の組織で作った紙に、メラニン色素で描いてみた。これでいい?」
「充分よ。ありがとう。」
凄惨な損傷などは全て除き、穏やかな顔で描かれている。これなら誰でも判るし、
余計な衝撃を与える事もないだろう。つくづく、彼女って万能だ。
「それじゃ、急ぎましょう。」
「ちょい待ち。」
そこで声を上げたのはタクミだった。
「いくら何でも、このままこの子を野晒しにしていくわけにはいかないでしょ。」
「だけど、それは…」
あたしの返答を待たず、彼女はパッと右手をかざした。
と同時に、目の前の遺体が磔になっている木ごと透明な結晶に覆われていく。
ものの数秒で、それは氷の結晶のような状態になった。もちろん、覆った物質は
ジアノドラゴンのツノと同じものだ。
「完全に密着はしてないから、遺体の状態が変わる事はないよ。当然、そう簡単に
破られたりもしない。このまま維持できる。」
「…ありがと。ゴメンね。」
あたしは、彼女に詫びた。
冷静なつもりでいたけど、やっぱりかなり気が立っているのだろう。
惨殺された少女の亡骸に対する、尊厳というものが足りていなかった。
現状維持は、犯罪捜査における基本中の基本だ。
だけど、このまま放っておいたら獣に喰い散らかされる可能性だってあるだろう。
これを成した誰かが、持ち去ってしまう事だって充分考えられる。
だけどこれなら、もう誰も手は出せない。
これ以上、傷つけられる事もない。
あたしもまだまだだな。
ようやく、少しだけ落ち着けたような気がした。
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食欲なんて、あるはずもない。当然、お昼休みも返上になった。
だけど、何も食べないのはまずい。
という事で、3人揃ってトールニーをムシャムシャ齧りながらひたすら歩く。
こんな時でもお腹に収まる絶品の味。そして何気に栄養価も高い。万能食だなあ。
ちなみに、GDーXは街道の手前に停め、岩に偽装して隠してある。いくら何でも
あんなものに乗って村を訪ねる…ってわけにはいかないからね。
何も言わず、黙々と歩を進めた。
さすがに、無駄話をしながら歩くという気分にはなれなかった。
ほどなく最後の標識が現れ、その先に村の入口が見えてきた。
幼い頃の記憶を辿っていけば、ぼんやりと想起できなくもない光景だ。ただし今は
感慨に耽るような気分じゃない。
ここに手がかりがあるのか、それとも別の場所に行く必要があるのか。
どっちであっても、途中で投げ出すつもりはない。決意を新たに、歩調を速める。
ここは街でも交通の要衝でもないから、大掛かりな門などは特に築かれていない。
だから出入りも、いたって簡単に…
「…あれ?」
間際まで到達したあたしたちは、思わず足を停めた。
村の入口に、明らかに民兵と思しき警備の男性が物々しく立っている。
あたしが憶えている限り、あんな習慣はなかったはずだ。
その証拠に、警備の詰所と思しき小屋はいかにも急ごしらえといった態だった。
明らかにこれは、つい最近設けられたものだ。
何かから、何かを守らなければならなくなったのだろうか。
戦争に備えるような、攻撃的な雰囲気は感じない。
むしろ、そこにあるのは怯えの気配だ。
とにかく、できる事をやろうという意志の表れ。
ああ。
やっぱり、答えは恐らくここにある。
悲しいけれど、確信できてしまった。




