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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第二章・ベズレーメの街
18/816

ギルドにて

数日前から、ギルドは騒然としていた。


城塞都市・ベズレーメ。

大きな川の分岐点にほど近い場所に位置し、古くから多様な商業が栄えている。

その一方、大森林やジアノ草原といった広大な自然域も遠くないため、しばしば

猛獣の脅威に晒されてきたという歴史も持っている。

川に沿ったもの、首都・ペグセロにむかうものなど、交易ルートは網の目のように

張り巡らされており、商人たちの護衛や開拓者の安全確保などは必須となる。


狩人(ハンター)という商売が国中で最も幅を利かせているのも、無理からぬ話だった。


=====================================


「おい、聞いたかよ?」

「むしろ、その言葉を何度も聞かされてるよ。」


ちぢれた髭を蓄えた大柄な男とスキンヘッド男が、そんな言葉を交わしていた。


同じような問いかけと議論が、この狩人ギルドのいたるところで行われている。

結果、いつも張り詰めた沈黙が満ちているはずのこのフロアは、騒然としていた。


「ジアノのドラゴンだろ?…あれがくたばったとか、与太話もいいとこだぜ。」

「そうとも言えねえんじゃねえのか。あのエヴォルフの数はどう考えても変だ。」

「だからって、死んだって話にはならねえだろが。」

「少なくとも、アレが飛んでたのを遠目に見た奴がいる…ってのは確かだぜ。」

「それなら聞いたけどよ。血の雨が降ってたってやつだろうが。嘘臭えなオイ。」


みな、口にしている話題は同じだった。

草原に棲んでいたと言われる、通称「ジアノドラゴン」が死んだのでは、という

噂話である。通常、商売敵と獲物についてあれこれ語る事はしない狩人たちだが、

今回は特別だった。


何しろ相手はあのジアノドラゴンだ。いかに決死の攻撃を仕掛けても全く通じず、

人間などひと口で鎧や剣ごと噛み砕かれる。あとには骨すらもまともに残らない。

これまで何人の人間が討伐を試み、そして二度と還って来なかったか。

もはや討伐依頼を出すこと自体がジョークと成り果てている、無敵の怪物だ。

逆に言えば、だからこそ同業者同士で気軽に話題に出来るのである。


「そんなに気になるなら、ちょっと見に行けばいいじゃねえかよ。」

「バカ言え。フカシだったら喰われて終わりだ。誰が引くかそんな貧乏くじ。」


大体、議論はそんな流れでぐるぐると回っていた。


そう。噂どおり「死んで」いるかどうか、誰かが確かめに行かなければならない。

しかし、もしデタラメの情報だった場合、見つかったら喰われて一巻の終わりだ。

バカ正直に「これから行く」と皆に告げて出向くものもいないだろうし、もし仮に

見に行って喰われた者がすでにいたとしても、知る術がない。


とは言え、もしも本当の話だったら。

ドラゴンというのは、討伐対象としては最大最高の代物だ。さらには、左右の翼の

付け根に一枚ずつ生えているという「証の聖鱗」。これを1枚でも手に入れる事が

出来れば、売った金で死ぬまで豪遊できるだろう。


確たる情報が何もない、宙ぶらりんの危ういバランス。もしも下手に状況が動けば

人が人を殺すような事態にもなりかねない。だからこそ、誰も次の手は打たない。

そんな均衡が生んでいるのが、この議論堂々巡り状態だった。


しかし、その均衡は破られる。思いもかけない、闖入者によって。


=====================================


日も傾き始め、議論に飽きた男たちが酒の三杯目を注文し出した頃。

ギルドの扉を遠慮がちに開け、そっと入ってきた影があった。カランという音に

皆は何気なく視線を向け、そして入ってきた影をそのまま怪訝そうに注視する。


それは薄汚れた服を身にまとう、やせこけた長身の少女だった。

脂ぎった髪は頭や頬、首にまで張り付き、ぎょろぎょろした目は充血している。

そのくせ、顔には血の気と呼べる色がほとんどない。

大勢の注視に晒され、落ち着かなく周囲を見回すさまは不審者そのものだった。


ほどなく、狩人たちは何となく気まずそうに視線を外した。戒めが解けたように、

少女は小走りで受付カウンターへと向かう。応対したのは、中年の女性だった。


「すみません。お願いしたい事があります。」

「はい。まずは、お名前を。」

「その前に、見てもらいたいものがあるんですけど。」

「はい?」


怪訝そうに眉をひそめた受付女性に対し、少女は落ち着きのない口調で答える。

そして懐からボロボロの包みを取り出した。それをカウンターに置き、迷わずに

開ける。同時に、場を満たしている空気がザッと大きくざわめいた。

受付女性も、目を見開いて固まる。


それは、まぎれもない「証の聖鱗」だった。入口の方から漏れ込む光を反射して、

鈍い輝きを放っている。

ただならぬ雰囲気を感じたのか、奥から大柄な男性―ギルドマスターが現れる。

そして当然のごとく、驚愕の輪の中に混じった。


「こ、これを…どこで……どうやって?」


その場にいる人間を代表する形で問うギルドマスターの声は、うわずっていた。


「あたしは、テッソ村から売られた者です。…どこへ向かうはずだったのかは

 知りません。その道中、ドラゴンに襲われて森に逃げ込んだんです。とにかく

 しばらく身を潜めて…。そうしたら何日か経った日に、ドラゴンの声が響いて。

 見に行ったら、草原で死んでいたんです。だから、これを剥がしてきました。

 確かこの鱗は高く売れるって聞いてましたから、売れば家に帰れると思って。」


聞き耳を立てていた狩人たちは思わず各々の頭を抱えた。何とも苦々しい表情が、

皆に広がっていく。


あんな少女が取って来れたという事は、「ドラゴンが死んだ」という噂は事実だ。

しかしあの子は、よりにもよって「証の聖鱗」をギルドに持ち込んでしまった。

もちろん、狩った獲物をここへ持ってきて、買い取ってもらうのは常識である。

だが、聖鱗は別だ。

「獲物」としてはあくまで本体ドラゴンの一部だから、別報酬は発生しない。

稀少品として、資産家や貴族、好事家などに売りつけてこそ高値がつくのだ。

逆に言えば、たとえ聖鱗が付いていなくてもドラゴン自身の報酬額は変わらない。

このあたりの線引きが厳しいからこそのギルドの信用であり、聖鱗で稼ぎたければ

自分たちで販路を見つけろ…というのがギルドと登録狩人の間の不文律なのだ。


ギルドマスターにしても、まさかネコババするわけにもいかない。かと言って、

この聖鱗を「ドラゴンを討ち取った証」にする、というのも問題がある。

もしドラゴン本体の死骸を持ち込んだ者がいた場合、対象が重複するからだ。


どうにも、頭の痛くなるような持ち込み案件だった。

自分がモノにできない以上、どちらかと言うと関わり合いたくない…というのが

偽らざる本音だ。下手に便宜を図って、余計な泥を被るリスクは負いたくない。


「…仕方ないな。おい、この子を衛士の詰め所へ送ってやってくれ。」

「私がですか?」


いきなり話を振られ、受付女性はちょっと声を裏返らせた。


「ああ。ここが狩人ギルドである以上、たとえ聖鱗でも一枚だけでは討伐報酬を

 出すわけには行かない。と言って、誰か個人に売れとも言いがたい。だったら、

 人身売買という点からの話で衛士、そして都市総代に任せた方がいいだろう。」

「…分かりました。」



―要するに、そっちに丸投げするって事ですね。

という言葉を呑み込み、女性はカウンターを出ると少女に歩み寄った。そして、

カウンターに置かれたままの聖鱗を包み直し、本人に差し出す。


ボロボロの包みが懐に入れられたとたん、無数のため息が聞こえた気がした。


=====================================


少女と共に出て行った受付女性は、すぐに帰って来た。いくらも行かない場所に

詰め所があるので当然ながら、それにしても早かった。


「おおい、カルロ姐さんよ!」


入口のドアから入った途端、みなが口々に問いかける。


「どうなったんだ!?」

「どうもこうもないわよ。衛士に預けてきた。詳しい話は本人に任せてね。」

「くっそぉ、じゃああの聖鱗はパーか。まったく勿体ねえ…。」


落胆と憤慨の声で、場はまた騒然とし始めた。

と、その時。


「…だけど、じゃあドラゴンの討伐報酬って、まだ宙ぶらりんか?もう1枚の

 聖鱗と一緒になったままで。」


そんな何気ない誰かのひと言に、皆は再び静まり返る。


「つまり…」

「放ったらかしの、早い者勝ちか!」


皆の目の色が変わるのが、何となく見えたような気がした。

次の瞬間には、皆が我先にと出口へ殺到する。


そうだ。あの少女がまっすぐここへ来たのなら、ドラゴンの死は今の時点ではまだ

公然の事実にはなっていないはずだ。だとしたら、金になるのはドラゴンの死骸と

もう1枚の聖鱗だ。


報酬は、俺が頂く!


まるで嵐のように、狩人たちは一人残らず出て行った。

受付女性のカルロとギルドマスターのみが、その場にぽつんと残される。

どちらからともなく顔を見合わせ、2人はほぼ同時にため息をついた。


「やれやれ。えらい話を持ち込んでくれたな、あの娘。」

「まあ、これで良かったんじゃないですか?早い者勝ちはいつもの事ですし。」

「それにしても、あのジアノドラゴンが仕留められるとはね…いやはや。」


ひっくり返った椅子や机を直しながら、ギルドマスターは苦笑を浮かべる。


「それで、あの娘は預けてきたんだな。今日の当番は…ジャレジだったか?」

「ええ。彼なら信用できるから、そのまま託しました。」

「ま、あの娘もそれなりの金は手に入れられるだろう。裏取引の価格と比べれば

 大した事ないだろうがな。」

「村に帰れるくらいの元手になれば、充分でしょうからね。」

「いずれにしても丸投げだ。もう会う事もなかろう。」

「丸投げって言っちゃうんですね。」


正直なギルドマスターの言葉に、カルロは思わず可笑しそうに笑った。

やれやれと肩をすくめたギルドマスターも、同じように笑う。

そう。2人にとっては、もう終わった話のはずだった。

二度と出会う事は、ないはずだった。


欲が人の心を歪ませる。そんな当たり前を、2人は見落としていた。


もう、二度と会うはずのなかった少女に。

数日後、彼らはもういちど対面する事となる。


もの言わぬ、無惨な刺殺体となった彼女と。

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