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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第七章・ムリョーカの王子
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ライゾの道

その日。


城塞都市ベズレーメは、恐怖と戦慄に満ち満ちた。

ジアノ草原に君臨し、何者にも負けない無敵の強さを誇ったあのドラゴン。

その死が確認され、誰が殺したのかという議論が沸き上がったのが80日前。

さすがにその名が巷の話題に上ることも少なくなっていた、ある寒い日の深夜。


それはやって来た。


漆黒の翼で月明かりを覆うその巨大な影は、紛れもないジアノドラゴンだった。

それは防空監視網を嘲笑うかのように、突然街の上空に現れた。


どうしていきなりここに。

死んだはずではなかったのか。

この街はどうなるのか。


幾千、幾万の恐怖に満ちた顔を睥睨したその醜悪な影は、やがて街の東端にある

戒教院の上空に達した。

導師たちが逃げ惑うそのただ中に、ジアノドラゴンは何かを吐き捨てた。

そして、用は済んだとでも言うように上昇し、そのまま東の空へと飛び去った。

震えながら見上げる幾多の無力な視線など、一顧だにせず。


勇気を振り絞った導師たちは、ドラゴンが吐き捨てていったものに近づいた。

月明かりに照らされたその小さな塊が、何であるのかを何とか理解し。

彼らは戦慄した。


それは、食いちぎられた人間の首だった。

その場に居合わせた誰もが知る若者の、無惨に死せる顔だった。



その名は、ライゾ・リアーロウ。


悲劇の王子と呼ばれ知られた、哀れな若者のなれの果てだった。


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「いくら何でも、そろそろ出ないとマズイよね。」


あたしの言葉に、異を唱える人は誰もいなかった。

人質解放の交渉として特賓館に入ってから、気付けば結構な時間が経っている。

諦めモードとは言っても、外で包囲している連中はやきもきしているだろう。

リブルさんも心配しているに違いない。

あと何より、ユトレさんもね。


あたしが叩きのめした連中もライゾさんのニセモノに仕立てられていた人たちも、

まだ目覚める気配はない。とは言え、さすがに放置して出て行く訳には行かない。

ここで一番確実な方法と言えば…


「バルエスさん。」

「おう。」

「先に外に出て、信用できそうな人を事後処理のために呼んできてもらえますか。

 あたしたちじゃ、誰を呼べばいいかの判断ができないので。」

「分かった。外の連中ならそこそこ知ってるから、すぐ呼んで来るよ。」

「お願いします。」


さすがに彼だけで出て行くと外での説明が長引きそうなので、ライゾさんと一緒に

タカネが救出した特使の男性2人に、同行してもらう事にした。彼ら2人もかなり

疲弊していただろうけど、ここで役に立たねば!と奮起してくれたみたいだった。


その後は速かった。

戻って来た彼らと共に足を踏み入れたハンターたちは、あたしたちの出した結果に

驚きを隠せなかった。だけど、きっちりと仕事はしてくれた。

捕縛した襲撃犯の連行と、殺された人の身元確認。それにタカネが殺した5人の

遺体の回収。ドタバタと実に慌ただしい現場になったけど、まあこれで解決だ。

慌ててやって来たギルドマスターがあたしたちを見るその顔が、何か面白かった。


なんだかんだ言っても、ライゾさんたちは外国から来た要人である。

こんな大変な事件の後ではあるけど、この建物の中に留まるのが原則らしい。

ひと通りの事情聴取と建物内部の入念な残党捜索が終わった後、ギルドの面々は

そそくさと引き上げていった。もちろん、最低限の連絡要員は残してだけどね。

その人たちとギスギスするわけには行かないので、バルエスさんもここに滞在。

ようやく、場は収束した。


「さて、じゃあ行きましょうか。」

「え?…どこに?」

「有志たちの約束ですよ。」


外に出るのはあまり好ましくないという話だけど、譲れない事はあるんだよ。


「パン屋のユトレさんが、ずっと待ってるんです。」

「え!?…あの、通り沿いの店のユトレ!?」

「いかにもそのユトレさん。」


おお?

何だこの脈ありありなリアクションは。

よっしゃ、善は急げだ!


「よろしくお願いしますね。」

「承知しました。」


その頃には、ニセモノライゾだった人たちも目を覚まし、手当ても済んでいた。

留守番としては充分だ。


「…ですが、あまりライゾ様にご無理のないように…」

「分かってます分かってます。」


不安げなお留守番の皆さんに、あたしは笑って答えた。

ライゾさんが心配なのも無理ないと思うけど、そこは大丈夫だからさ。

救出の立役者であるあたしたちに、あれこれ意見できる人はいない。


あたしたち3人とバルエスさん、レンゴさん、そしてライゾさん。

約束のメンバーで外に出て、大きく深呼吸した。


やれやれ。

本当に、大変だったよ。


=====================================


臨時休業になっていたパン屋さんの店内で、ユトレさんはじっと待っていた。

今ひとつ事情を掴めないでいたらしい家族たちが、背後でオロオロしていた。


ああ、さぞかし凄い剣幕でゴリ押ししたんだろうなと、いろいろ察したよ。

待たせちゃってゴメンね。


「お待たせー。」


気軽な感じで入店すると、ユトレさんは弾かれたように立ち上がった。

そしてあたしのすぐ後ろに続いたライゾさんの姿を目にした途端、腰を抜かした。


「お、おい大丈夫かユトレ?」


慌てて屈み込んだライゾさんの服の裾をガッチリと掴み、彼女は泣き出した。

ギリギリまで張り詰めていたものが切れたのだろう。その気持ち、分かるなあ。

そんな彼女の肩をそっと抱いて、ライゾさんは赤ちゃんをあやすように慰める。


ああもう、どっちが救出されたんだか分かんないよ、ホントに。

まあ、この方が下手に大事に扱われるより、ライゾさんにも良いだろうからね。


ただただうろたえるだけのご家族に説明するのは、さすがに大変だったよ。

とりあえずお腹すいた。


パン貰えます?

あと、何か暖かい飲み物も。


=====================================


その夜は、きれいな月が出ていた。


品の良い調度の椅子でくつろぐあたしたちの顔を、月明かりが蒼く照らす。

さすがにちょっと気疲れしたから、ようやくひと息ついたといった感じだろうか。


ここは特賓館の中にある、ゲストルームだ。

今夜はここに泊まる事になった。


結局、あのお金はまた手元に残った。すぐそこのテーブルに無造作に置いてある。

まあ考えてみれば当然だよね。

襲撃犯は全て捕縛されたし首魁は死んだし、彼らはまともな交渉をしなかったし。

あれをギルドが没収するというのも、無茶が過ぎる。だから手元に帰ってくる。

因縁深いあぶく銭だね、ホントに。


まだ夜更けってほどの時間じゃないので、あちこちから声もしていた。

バルエスさんが連絡要員のハンターに、あれやこれや武勇伝を語ってるらしい。

場の緊張がようやく薄れ、この建物にもそれなりに平穏が戻っていた。


ほどなくして。


「失礼します。入っても?」

「ええ、どうぞ。」


部屋を訪れたのは、他でもないライゾさんだった。

きちんとした服に着替えたその姿は、さすが名士の子息といった雰囲気だ。


彼の来訪は、最初から決めていた事だった。



あたしたちは、何も慈善事業で今回の救出をやったわけじゃない。

彼に用があったからだ。


どうしても、話したい事も。

それはあたしたちの今後にとっても、避けて通るわけにはいかない話なのだから。



対面に座ったあたしは、しゃんと姿勢を正す。


さあて。

何から話せばいいのかな。

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