ロアムくんの初恋
こんな村のちかくの森でエヴォルフに出くわすなんて、考えたこともなかった。
ぼくがフェニリィをとりに来てることをしってるのは、いもうとのリノだけだ。
だれもたすけてはくれない。にげなきゃ殺される。でも、足がうごいてくれない。
どうしよう、だれかたすけて。ああ、エヴォルフがきばをむき出した。
…おねがい。だれかたすけて。
そうねがったときだった。
いきなり、エヴォルフのはなの上におおきな水の玉が浮かんだ。そしてそれは、
ばしゃっと音をたててエヴォルフのかおにかかる。
きばをむき出していたエヴォルフは、なぜかひめいをあげた。それだけじゃなく、
口をパクパクしながらのたうちまわる。そのうちに、白目をむいてきぜつした。
べろっと舌のはみ出た口から、アワとよだれがあふれてるのがなんだかこわい。
おそるおそる近づいて、はじめてヘンなにおいに気がついた。目もすこしいたい。
もしかして、あの水のにおいだろうか。なら、においがよくわかるエヴォルフには
死ぬほどくるしかっただろう。いや、もしかしたらこのままもんぜつ死するかも。
ちょっとだけ、かわいそうになった。
「*****!」
いきなりうしろから声をかけられ、ぼくはびっくりしてとび上がった。
あわててふりかえると、そこにはレネイン姉さんくらいのとしの、女の子がいた。
みたこともない赤いふくをきて、かわでできたふくろをせおっているヘンな子だ。
だけどぼくは、そのかわいらしさに目をうばわれてしまった。
「*************!***!」
それにしてもなんだろう、この子。
いってることがさっぱりわからない上に、やたらぼくを見てはしゃいでいる。
これ、もしおじさんだったら、エヴォルフ以上にこわかっただろうなと思う。
そんなことを考えているうちに、その子はぼくの方へと近づいてきた。そして、
なんといきなりぼくのあたまをぎゅっとだきよせたんだ。
とつぜんのことに、ぼくはこんらんした。そして、かおがすごくあつくなった。
なんなんだろう、この子。なにをそんなにこうふんしてるんだろう。
でもふしぎと、きけんだとは思わなかった。
とにかく、ぼくと出会ったことを心からよろこんでるのが、つよく伝わったから。
そっとぬすみ見れば、ちょっとだけ涙ぐんでるのもわかった。
まあいいや。いまはこのままで。
たぶん、たすけてくれたのもこの子だろうし。
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それから、しばらくして。
ぼくとその子は、すぐ近くの大きな岩の上にすわっていた。
エヴォルフが気になったけど、たぶんこの子がいるから大丈夫だろう。
と思ってたら、まもなく目をさましたエヴォルフはいちもくさんににげていった。
あれ、もしかしたらもう立ちなおれないかもしれないなあ。別のいみで気になる。
ともあれ、目のまえのこの子はようやくおちついていた。
自分がこうふんしていたのに、やっと気がついたんだろう。何だかはずかしそう。
そのかおがまた、とってもかわいらしかった。
「****。*************…。」
何か”ことば”をしゃべってるのはわかるんだけど、いみがまったくわからない。
もしかすると、どこかとおくのくにからきたのかな?
話してみたい。とにかく、ぼくも何か言ってみよう。
「ねえ、言葉わからない?」
そう言うと、女の子ははっと目をおおきくあけた。
「ええとね。ぼくはロアムっていうんだ。なまえだよ。なまえ。」
じぶんのかおをゆびさし、とりあえずなまえをくりかえし言ってみる。
と、
「名前、ロアム。」
通じた!
「うん。ぼくのなまえはロアムだよ。じゃあ、きみのなまえは?」
「あたしの名前は、タクミ。」
やっぱり、ちゃんとわかってきいてくれてるんだ。
すっかりうれしくなったぼくは、とにかくその子にいろいろとはなしてみた。
いつもおとうさん、おかあさん、それにリノいがいの人とはあまり話せないのに。
とにかく、思いつくかぎりのことをみんな話した。
タクミは、そんなとりとめもないはなしを、いやなかおひとつせずきいてくれた。
きくたびにすこしかんがえ、つぎのしゅんかんには話せることばがふえている。
ぼくと話すことで、ことばをおぼえようとしてるんだ。
とちゅうからそれにきづいたぼくは、きいてみた。タクミは、そうだよとあっさり
こたえてくれた。じゃあ、もっとがんばらないと。
大人のつかうようなことばはおしえられないけど、はなすためのことばだったら
まだまだおしえられるはずだ。みぶりてぶりをまじえて、ぼくはひたすら話す。
のどがかわいてしまったけど、あいにく水とうをもってこなかった。
と、それにきづいたらしいタクミは、そっとぼくのてをとった。それをあわせて、
水をすくうようなかたちにする。ふれた手のやわらかさに、ドキドキした。
「?」
「飲んで。怪しい水じゃない…事もなくもないから。」
よくわからないことを言ったとたん、手のひらの上に水の玉がポンと出てきた。
おどろいたことに、手のひらにさわっていない。ちょっとだけういているらしい。
あのエヴォルフをのたうちまわらせた水かと思ったけど、これは何もにおわない。
ちょっとタクミのかおをうかがうと、「のんで」と目で言ってるのがわかった。
おそるおそるかおをちかづけ、そおっと口をあててみる。ういてはいるんだけど、
たしかに水だった。それも、へんなあじやにおいがまったくしない、きれいな水。
こんな水は、今までのんだことがなかった。
すこしこわかったのもわすれ、むちゅうでのんだ。半分くらいなくなったところで
かたちがくずれ、てのなかにおちる。少しこぼれたけど、のこりは一気に飲んだ。
「ふしぎなことができるんだね。」
「まあね。」
「タクミは、まほうつかいなの?」
「魔法ってあるの?」
へんなところにくいつくなと思ったけど、とりあえずくびをふっておく。
「とおくの国でつかってるってきいたことがある。でも、ぼくはしらないよ。」
「そっか…」
「じゃあタクミは、まほうつかいじゃないの?」
「うーん…」
ちょっとかんがえてから、タクミはかたをすくめた。
「あたしが何なのかは、これから決まる…いや、決める。かな?」
やっぱり、よくわからない。
だけどそう言って、にっこりとわらったタクミのかお。
ぜったいにわすれたくないと思うくらい、かわいかったんだ。
うそじゃないよ!
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いつのまにか、夕方になっていた。楽しいじかんって、すぐにすぎるね。
「あ、遅くなっちゃったね。送って行くよ。」
すっかりふつうに話せるようになったタクミは、そう言って岩からとびおりた。
思わず見とれてしまうくらい、かっこいいうごきだった。クルクル、ポーン!と。
やっぱりすごい子なんだなあと思いつつ。あわててぼくも岩からおりる。
「ええっと、タクミは…どこにかえるの?いえはどこ?」
「帰る家は無いよ。これから作る…かもね。」
「え?じゃあ、今日は…」
「言ったじゃん送って行くって。今夜はロアムの村に泊めてもらう。いいよね?」
「もちろん!」
やったぁ!!
さけびたいほどうれしくなったのをグッとこらえ、ぼくは走るようないきおいで
むらをめざした。もちろんタクミは、あたりまえのようにそれについてきた。
フェニリィはひとつも採れなかったけど、とってもすてきなであいをした。
そして村にかえったとたん、しんぱいかけるなとしぬほどおこられた。
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こんなじかんまでおきているのは、はじめてだった。
そして、まだ小さいぼくが村おさのいえに上がりこんだのも、はじめてだった。
エヴォルフからたすけてくれたタクミを村でしょうかいして、ずいぶんたつ。
なんでもお礼をするというおとうさんとおかあさんに、タクミは言った。
「じゃあ、お話をさせて下さい。ここの村長とか、街の事、世の中の仕組みなどを
よぉく知ってる大人たちと、できるだけ詳しく。」
「そんな事で良いんですか?この子の、命の恩人なのに…」
「そんな事が、今のあたしには何よりも欲しいものなんですよ。遠慮抜きでね。」
そう言って、タクミはまたにかっとわらう。やっぱり、すごくかわいい。
「あ、できればロアムくんも一緒に。」
やった!!
「え、うちの子もですか?…邪魔にしかならないと思いますけど、どうして?」
どうしてでもいいじゃん!!
「あたしの習得言語の基礎を成しているのが、ロアムくんとの会話だからですよ。
成年との会話で難解な単語が出てきた時に、意味の円滑な理解補正をするため
同席してもらう方が都合がいい…らしいです、あたしもよく分かんないけど。」
おとうさんもおかあさんも、ぼくもポカンとした。言ってることがむずかしくて。
でもまあ、わかりましたと言うしかなかった。
そんなわけで、ぼくはタクミと大人たちのおはなしのせきにいっしょにいた。
国のこと、せいじのことなんかはよくわからないけど、明かりにてらし出された
タクミのかおを見ているだけでうれしかった。
話をするだけじゃなく、よみかきもおぼえるつもりみたいだった。これはぼくも、
はりきっててつだった。ほんとうに、タクミはおぼえるのがすごくはやかった。
ずっとふつうに話していたタクミが、ちょっとちがう様子になったのがなんどか。
ぼくが、あんな村のちかくでエヴォルフにおそわれたのは、ここすう日できゅうに
こうどうはんいが変わったのがげんいんだ。もしかすると、ジアノそうげんにすむ
ドラゴンがいどうしたのかもしれない…という話をきいたとき。目が泳いでいた。
ドラゴンのせなかのつばさに一枚ずつはえている、あかしのウロコというものには
かちがある。うればすごいたかねになるって話をきいたとき。目がすわっていた。
明かりの中にゆらゆらとうかぶ、タクミのよこがお。
いつのまにかぼくは、ゆめの中でそれを見つめつづけていた。
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どのくらいたったのだろう。
つかれてねむっていたぼくは、ふとだれかにおこされた。
「ロアムくん。」
「タクミ?」
それはたしかにタクミだった。
あの赤いふくの上から、レネイン姉さんのお古の上着をきこんでいる。あんまり
にあってるとは思わないけど、まえのままよりは目立たないだろうな。
「どうしたの?こんなじかんに。」
「あたし、もう行くね。この服と他のあれこれをみんなにもらったの、あたしが
本当にありがとうと言ってたって、よろしく伝えておいて。」
「う、うん。…もう、行っちゃうんだ。」
「いろいろありがとね。」
「もうちょっと話したかったけど…」
なぜかあふれそうになったなみだを、ぼくはぐっとこらえた。
そしてわらった。あのタクミのえがおみたいになるように、力いっぱいわらった。
「でも、タクミは行くんだよね。じゃあ、げんきでいってらしゃい!」
すると、タクミはちょっとおどろいたようなかおをしたんだ。
「ロアムくん。いいえ、ロアム。」
そして、わらってくれた。
ぼくのいちばんすきな、あのすてきなえがおをみせてくれた。
「きみ、なかなかカッコいい男だね。ちょっとあたしのおじいちゃんに似てる。」
「ぼく、そんなにとしよりじゃないよ。」
「いいのいいの!」
そう言ってわらうタクミは、本当にうれしそうだった。そして、きれいだった。
そのとき、ぼくはふと思いついた。
「あ、ちょっとまってて。」
へやのすみのガラクタをごそごそあさり、すこし長めのつつみを取り出す。
中からとりだしたのは、ホルスターにはいった古いナイフだった。
「これ、もって行って。」
「いいの?」
「りょうしだった、ぼくのおじいちゃんのかたみだけどね。ぼくはよわいから、
もっててもしかたないんだ。だから…」
「君は弱くなんてないよ。」
「え?」
「でも、ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ借りるね。すぐ返すから。」
そう言ってナイフをうけとると、タクミはおともなく立ち上がった。見送るために
ぼくもつづけて外に出る。
2つの月がはなれてひかっている、きれいなよるだった。村はねしずまっている。
もう、タクミは立ち止まらなかった。ぼくのあたまをポンとたたいて、そのまま
森のかげの中へとけこんでいった。
もっともっとカッコよくなれよ。ロアム。
そんなことばを、ぼくにのこして。
さいごに、あのえがおを月明かりにてらして。
ぼくの初恋は、音もなく去って行った。
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何日かたったのち。
あれから見かけなかったエヴォルフのしたいが10ぴきぶん、ほぼ村を囲むような
ばしょの木に、血ぬきしてつるされているのが見つかった。
ほかのエヴォルフはおそれをなして、このあたりの森からにげ去ったのだろうと
おとなたちは言っていた。
ぼくがおそわれたのとおなじばしょにつるされていたエヴォルフの、すぐ下に。
あのナイフがおかれていた。きずひとつなく、ピカピカにみがかれて。
すぐそばにおいてあった手紙といっしょに、ぼくの手もとにもどって来た。
「ナイフ、貸してくれてありがとう、返すね。
おじいちゃんの名に恥じないように、がんばって強くなりなさいね。
体も、そして心も。それができたら、また会おうね。
親愛なるロアムへ」
名まえはかいてなかったけど、タクミからだった。
やっぱり、タクミはつよかったんだ。
きれいなだけじゃなくて。やさしいだけじゃなくて。
ぼくもつよくなろう。
タクミみたいに。
そして、またいつか会うんだ。
ぼくの初恋のあの子に。
いつか、きっと。




