リブルさん
「え?」
何ですと?
あたしを知ってる人がいる?
久々に停止してしまったあたしから視線を移し、受付さんはなおも続ける。
「それでそっちが、タカネお姉さん。」
「あら正解。」
「さらにそっちが…」
リータと目を合わせた受付さんは、ちょっとだけ言葉を切った。
さすがに出てこないか!?
「…こう見えて、最年長さん。」
「ん!?…ええと、まあ正解。」
リアクションに困りながら、リータも頷く。
名前以上に、そこを知ってるのはただ者じゃないぞ。
一体、何者…?
「あなたは?」
絶賛混乱中のあたしに代わり、タカネが問いかける。
「失礼しました。ちょっとビックリしちゃって。」
あらためてしゃんと背筋を伸ばし、受付さんは笑顔でタカネの問いに答えた。
「初めまして、あたしの名前はリブル。リブル・ゴーナムと申します。」
「ゴーナム?ゴーナムって、まさか…」
「ユージンカの街で、兄が大変お世話になりました。」
「ええっ!じゃあ、ゼビスさんのむs…」
飛び出しそうになった言葉が喉でつっかえた。
兄ってわざわざ言ったじゃん。ちょっと強調気味に。
「ええと、ゼビスさんの妹さん!?」
「そうです。ゼビス・ゴーナムはあたしの兄です。兄。」
強調してくる。ものすごく強調してくる。
隣でリータが、同類を見つけたと言わんばかりに何度も深く頷いてる。
ええ?ゼビスさんの妹さんがここに!?
って言うか、妹!?
唐突な情報の奔流が、しばしあたしを混乱させた。
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「そっかあ。ゼビスさんの妹さんが、こんな遠くで働いてるとは知らなかった。」
「そんなに言うほど遠くじゃないですけどね。」
閑古鳥なのを幸いに、あたしたちはリブルさんと盛り上がっていた。
「ところで、何であたしたちが誰か、見てすぐに判ったの?」
「兄にあれこれ聞いてましたから。」
「え、あれから会ったの?」
「ええ。」
簡単な飲み物を用意しながら、リブルさんは笑顔で頷いた。
「皆さんのおかげでまとまったお金が手に入ったので、実家の改築をしたんです。
少なからずあたしの物も置いてたから、みんなで相談したいと言われまして。」
「ああー、なるほどね。」
あの時の盗賊団と魔術師、それにイセカヤの人食いドラゴンを討伐した報奨金ね。
早く出発したかったから、全部まとめてゼビスさんに押し付けちゃったんだっけ。
一人で討伐したと言うと無理があり過ぎる戦果だけど、あたしとタカネを助っ人に
雇うとギルドで公言していたから、その2人が権利を放棄すれば、全ての報奨金は
ゼビスさん一人のものになる。まあ、当然の話だよね。
「ホントにありがとうございました。なんか、手柄だけ全部もらったみたいで…」
「そんな事ないよ。」
あたしは、思わず即答した。
確かにあたしたちとゼビスさんでは、歴然たる戦闘能力の差ってものがあるけど。
だからと言って、あの人は決してただボケッと見ていただけって訳じゃないのだ。
盗賊団にしても谷の魔術師集団にしても、撃破スコアならタカネ以上なのである。
ドラゴンを倒せたかどうかなんてのは、個人の能力云々ってレベルの話じゃない。
あたしがチートだから、苦労せず瞬殺できたってだけの事だ。
むしろゼビスさんは、司令塔としての役割をこの上ないくらいに果たしてくれた。
あの人がいたからこそリータは救われたし、悪趣味極まりない懐古主義集団だって
殲滅できたのである。あたしたち2人だけじゃ、どうにもならなかっただろう。
「…ありがとう。とっても嬉しいです。」
「え?」
「とりあえず、もう一杯いかが?」
飲み物の2杯目を差し出されて我に返ったあたしは、慌てて周りを見回した。
タカネもリータも、ちょっと困ったように笑っている。
一人で熱弁を振るっていたと気付き、今さら恥ずかしさに身を縮めた。
ゼビスさんの事を語るとなると、どうにも歯止めが利かなくなってしまうらしい。
だって尊敬してるんだもん。しょうがないでしょ?
「分かってる分かってる。」
「拓美にとって、ゼビスさんはヒーローだからね。」
茶化しているのかフォローか分からない言葉に、あたしはますます身を縮める。
くそう、泣きたい。
あれ。
リブルさん、笑いながらちょっと泣いてる?
いや、まさかね。
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「そ、それにしても…」
何とか立ち直ったあたしは、咳払いを挟んで話題を変えた。
「ユージンカまで往復したんですよね。けっこう速くできるものなんですね。」
「いやいや、普通ですよ?」
「だって、あたしたちは…」
「ゆっくり過ぎるんですよ。」
ちょっと強めに言われ、あたしは返答に窮した。
「正直、ちょっとビックリしました。兄から話を聞いた限りでは、もうとっくに
ラスコフに入ってしまっているものだと思い込んでましたから。」
「ええと、それは…」
「どこをどう通ったら、こんなにのんびりした旅になるんですか?」
3人とも目が泳いた。
ええ、その通りです。
あらためて言われるまでもなく、本当にのんびりのんびりここまで来ましたから。
だめだ。
この人を相手にしてうかつに話すと、恥ずかしい結果しか出て来ない気がする。
身の上話はほどほどにしよう。
じゃあ本題に戻そう。そうだそうしよう。
「それはそうと、ギルドのあれ、何ですか?有志以外は立ち入り禁止って…」
言った途端、にこやかだったリブルさんの表情に少し影が落ちた。
あ、やっぱりかなり厄介な話なのかな。
「…何と言うか。ある意味、お恥ずかしい話ですよ。」
「聞きますよ。どうせここまで来たんだし。」
「じゃあ、お話します。」
ああ、あっさり。
誰かに話したかったんだな、これ。
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「有志を募ると言ってますけど、あんなのはただの名目です。」
「だけど、集めて何かをするんでしょ?」
「集まらなかったからできないよ、と発表したいんですよ。」
語気に、隠しきれない怒りが混じった。
「わざわざギルドを一日貸切にして募集したけど、人なんかまともに集まらない。
だからもう、ムリョーカのギルドとして関わらない。…そういう魂胆なんです。
口であれこれ正論を言っても、実際に動く人なんてそういないでしょうから。」
「ううん…」
なるほど、と言っていいのか…。
確かに世論というのは無視できない。ネットなんてこの世界には存在しないけど、
それでも人の噂というものは、予想を超えた影響を生じる事だってあるのだ。
地球の歴史の中にだって、小さな火種から国が倒れたなんて例はいくつもある。
そういう意味では、悪くない手だろうね。
有志というのはつまり、衛兵でもハンターでもただの市民でも不問という表現だ。
つまり、集まった人間が街の総意だと言えなくもない。
まともな数が集まらなかったとしたら、もうこの街は関わりません、と言っても
文句のつけようがないだろう。
上から一方的に言うのではないから、下手につつけばヤブヘビ間違いなしだ。
考えれば考えるほど、嫌な妙手だね。
街の微妙な空気も、それを聞けばすごい納得できる。つまり皆、気まずいのね。
変な時に来たもんだなあ、ホントに。
「あたしも行きたかったんですけど、ここで受付に徹しろと言われました。」
「ああ、なるほどね。」
そりゃそうか。
ギルドだって、自分のところの人間が率先して参加するのは望まないだろうから。
それがもし危険な事なら、なおさらね。
「事情は大体分かったけどさ。」
腕を組みながら、あたしはあらためて問いかける。
「結局、どういう事が起こってるわけ?」
「聞いてもいいんですか?」
「うん?」
意外な返しをされて、あたしもタカネもきょとんとする。
唯一リータだけが、意味ありげな表情でやり取りを見守っていた。
「どういう意味?」
「あなたたちはとてつもなく強いと兄が言ってました。うかつに何かに関わると、
とんでもない事になるかも知れないな、と。」
「……」
「あたしはゼビス・ゴーナムの妹ですが、それ以前にここのギルドの人間です。
今の懸案事項は、下手をすれば国際問題にまで発展しかねない内容なんです。
あまり深く考えないままに圧倒的な力を行使されると、後で大きな災厄になる。
あたしは、その火種を気安く作るわけにはいかないんです。」
「なるほど、よく分かりました。」
感服した。
やっぱりこの人、紛れもなくゼビスさんの妹だ。
責任というものを、何よりも重んじる気概を持っている。
行き当たりばったりなあたしたちとは、モノが違うんだなと圧倒される。
だけどね。
あたしたちだって、ユージンカに行く前とはいろいろと違うんだよ。
場数を踏んだし、何よりもゼビスさんに大切な事をいっぱい教わった。
大人としての、ものの見方を。
蛮勇を振るう気はない。
自分たちだけが物事を決められるなんて驕りは、決して持たない。
あなたにもお兄さんにも顔向けできないような事は、絶対にしない。
約束します。
だからあたしは、はっきりと答えた。
「分かった上で、聞かせて下さい。」
「承知しました。お話します。」
リブルさんの返答にも、迷いの色はなかった。
プロフェッショナルだなあ、この人も。
ああちくしょう。
ゴーナム家の株って、どこまで上がれば気が済むんだ。
もしご両親に会ったら、拝んでしまうかも知れない。
いや、ホントに。
さあ、それじゃ聞きましょうか。
その、懸案事項とやらをね。




