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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第一章・捨てた世界と新たな世界
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宣戦

三日後の正午過ぎ。


「ああああぁ、気持ちいいなあ…」


思わずそんな言葉まで漏れるほど、空は青く晴れ渡っていた。

あれから雨は一度だけ。気候で評価するなら、地球など比較にならない

快適環境だ。眼下に見渡す風景は、まさに360度ぐるりの雄大極まる

パノラマ。どこまでも続く大自然の芸術だ。人工物と思しきモノなど、

何ひとつ………いや、はるか遠くにちょっとだけ見えた。

おそらく城塞都市だ。横に長く続く灰色の壁が、小さなコントラストと

なって鎮座している。


ええと距離は…この高さからだと、さすがにちょっと判らないなあ。

でも、ああいうの見るとテンションも上がってくる。


『拓美。』

「なーに?」

『もう少し緊張感を持って下さい。遊びに行くんじゃないんですよ。』

「あんまり気負うの意味ないよ?」

『ある程度は必要です。』

「はぁい。じゃひと狩り行こう!」


まあ緊張感も大事だけど、基本的にゲーム程度に考えておく方がいい。

あいつは、あたしの獲物だ。

勝てるかどうかまだ未知数だけど、負ける気はしない。


ドラゴンごときに、後れは取らないって話だよ。


================================


『目標発見。』

「うん。…やっぱりデカイねえ。」


およそ10分後。

森の中に、見覚えのある巨体―あのドラゴンを捉えたあたしは、小さく

そう呟いた。


見下ろしてなお、そのボリュームと存在感は圧倒的だ。たぶん、地球の

恐竜などは勝負にもならず一方的に食い殺されて終わりだろう。

鈍い音を立てるごとに、血しぶきのようなものが飛び散るのがかすかに

見える。どうやらお食事中らしい。この3日間、ついに他の獣には全く

出会わなかったんだけど、やっぱりいないわけではなさそうだ。

…とりあえず、人間でない事だけを切に祈る。


『どうします?』

「まあ、ちょっと待とうか。食事の邪魔するのもアレだしね。」


だが、待つほどもなかった。

不愉快な咀嚼音が止んだと同時に、ドラゴンはその体の向きを変える。

そしてそのままさらに深い森の奥へ向かうらしい。


「あ、そっちは違うなあ。」


できれば開けた場所に出て欲しい。少し行った所にある草原がベストと

思うんだけど、狙ったように逆方向に歩いている。


「何とか誘導できないかな。」

『何なら、エサでも置いて誘き出しましょうか。』

「食べたばっかりで?って言うか、エサってもしかして」

『そうですねえ…』


なんか楽しそうに考えているのが、ちょっと怖い。


『ではまず定番、血の臭いでいってみましょう。』


言い終わるか終わらないかの間に、草原中央に小さな赤い点がぽつんと

出現した。しかしドラゴンが興味を示すような気配はない。


「お気に召さないかな。」

『そうみたいですね。』


やっぱり、食べたばっかりでは血の臭いには反応してくれないか。

じゃあ、もっと強烈なやつを…


「あ、そうだ。」

『何でしょう?』

「ちょっと前に言ってたやつやってみようよ。あたしのバリエーション

ボディの中の一つ。」

『ええっと、どれでしょうか?』

「一度もお風呂に入った事のない、超不潔バージョンってやつよ。」

『なるほど!』


明らかにタカネのテンションも少し上がったのが感じられる。


『冗談で作ったんですけど、まさか使う機会があるとは。』


感慨深げなひと言と同時に、血の球が消失。間を置かず、同じ場所に…

何だか薄茶色な見た目の「あたし」が出現した。


こうかはばつぐん!


興味のなさそうな感じで歩いていたドラゴンが、ぐるりと草原の方向に

顔を向ける。そして体ごとぐるっと向き直り、明確な「意思」を感じる

速度で走り出す。どうやら、よほど食欲をそそる臭いだったらしい。


『うまく行きましたね。』

「うん。あたしたちも行こう。」

『了解。』

「それと、言わなくても分かってると思うけどさ。」

『ええ。”おあずけ”ですよね』

「よろしくね。」


…そう何度も何度も、あたしの肉を喰わせてたまるか。


=====================================


折れた枝と葉とを盛大に撒き散らしつつ、ドラゴンは草原に躍り出た。

ざっと周囲を目で薙ぎ、中心地点でカカシのようにただ突っ立っている

「不潔拓美」に気付くと一気に駆け寄る。そして大口を開けて、頭から

かぶりつこうとした瞬間。

命を宿さない不潔な生体フィギュアは、ドットと化して虚空に消えた。

空振りに終わった巨大なその顎が、ガチンという大きな音と共に閉じた

のが判る。


「じゃ、行ってみよう。」

『気をつけて。』

「フォローはよろしくね。」

『もちろん!』


そんな言葉を交わし、あたしは迷う事なく飛び降りた。

眼下に蠢く、青紫色の鱗に覆われた小山のごときドラゴンの背中へと。

大体90kgという、女性としては規格外の握力を付加した両手に力を

グッと込める。可能な限り突起かどの少ない箇所を見定め、見事着地!


その途端、ドラゴンは怒りに満ちた咆哮を上げた。


もしかしたら気付かないかも……と期待していたけど、思いのほかその

お肌は敏感らしい。背中に張り付く異物を振りほどこうとするように、

激しく体を左右に揺らす。いわゆるロデオだ。あたしは血が滲むほどの

力を手の指に込め、しっかり背中にしがみつく。とにかく、このままの

姿勢を保って100秒耐える!


と、強烈な揺さぶりが唐突に停止。慣性で背中に激しく押し付けられた

顔を上げると、首を曲げたドラゴンの右目が、あたしを睨んでいた。

まさに爬虫類そのものといった目の瞳孔が、やがてすっと細められる。

どうやらあたしを美味しいデザートと認識したらしい。殺意と嗜虐性を

はっきりと感じさせる目だ。正直、少なからずイラッとした。


「ガン飛ばしてんじゃないっての。――――酸撃(ストマック・ショット)!」


そう叫んだと同時に、目の前に直径10センチ程の黄色い半透明水球が

出現した。次の瞬間、音もなく射出される。狙うはもちろん、こちらを

睨むその不躾な右目だ。パシャッ!という水音と共に、絶叫が轟いた。

一時停止していたその巨躯が、再びメチャクチャに暴れ始める。


中和前の、胃酸をぶつける新技だ。pH濃度で1程度。塩酸並みの強さ。

ちょっとくらいは眼に沁みたかな、ドラゴンくん?

女の子を無遠慮にジロジロ見るもんじゃないよ。


「解析は!?」

『あと15秒あれば』

「それなら何とか…」


あらためてしがみつきつつ返事した瞬間、不意に変化が生じた。

背中左右がドクンと大きく蠕動し、小さく折り畳まれていた左右の翼が

展開し始める。瞬く間にその巨大な翼がいっぱいまで開き、背中にいる

あたしの視界から着地すべき地面を覆い隠した。


「…飛ぶ気か!!」


考える間すらなく、展開した両翼がものすごい勢いで羽ばたき始めた。

突風が起こり、蹂躙された草が舞い上がって渦を作る。たちまち巨体は

空中へ飛び上がった。凄まじい上昇加速によるGがかかり、鱗の表面を

掴む手がちぎれそうに痛む。

次の瞬間。

ドラゴンは、図体から信じられないような豪快な宙返りを繰り出した。

明らかに、しがみついているあたしを振り落とそうという意思だ。


ついに握力の限界に達し、右の手が離れた。次の瞬間、左手も力尽きて

離れる。と、鋭角なターンを決めたドラゴンが高度を落とし、放物線を

描いて落下していくあたしの軌道にピタリと針路をあわせた。そして、

狙い違わず大口を開けて突っ込んで来る。


鈍重な見た目から想像もできない、猛禽類の如き精密なターンだった。

ただ凶暴なだけではないその華麗な動きは、まさにドラゴンという名に

相応しい。


だけどね。


完璧に狙いを定めていた突撃と捕食は、見事に空を切った。

予測した軌道で落ちて来たはずの、あたしの体を捉え損ねて。


あたしはもっともっと上の、虚空で停止していた。

眼窩に右手の指を突っ込み、握力でぶら下がるボルダリングのような

宙吊り姿勢で。

掴んでいるのは虚空に浮かぶ頭蓋骨だ。次の瞬間、足元にも頭蓋骨が

2つ出現。そちらに足を着けると、パッと手を離して仁王立ちになる。

これぞアイディアの結晶。空中歩行(スカイウォーク)ならぬ、頭蓋歩行(スカルウォーク)だ。

滞空するドラゴンは、そんなあたしに怪訝そうな視線を向けてきた。

…どうやら、眼を焼き潰すまでには至らなかったらしい。


「ジロジロ見るなって言ってんの。――頭蓋弾(スカル・バレット)!」


そう言うなり、今までぶら下がっていた斜め上の頭蓋骨が射出された。

風を切って突進するその頭蓋弾は、見事ドラゴンの眉間に激突し大破。

ダメージはさほど与えられなかったものの、不快そうな感情はしっかり

感じ取れた。咆哮を上げたドラゴンは、あらためてこちらを目掛けて

突っ込んで来る。


「上昇回避。」


激突の寸前、そのひと言であたしの体は前触れもなく一気に垂直上昇。

足場の頭蓋骨を上向きに射出した事による、ロケットの如き急上昇だ。

バランス能力特化形態ならではの、神業的なサーカスアクションよ。

失速した足元2つの頭蓋骨が落下。すぐさま出現させた、新たな2つに

着地する。…見下ろせば、あたしを見失ったドラゴンがキョロキョロと

周囲を見回していた。その脳天に、落下していった頭蓋骨が2個同時に

見事にゴツンと当たったのを見て、あたしは思わず笑う。


マヌケ。

空中戦ならむしろ望むところだよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 頭蓋骨で曲芸... シュールだな(笑)
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