処遇
あたしの名前は、二階堂 環。
名前で分かる通り、れっきとした日本人だ。
…いや、日本人だったという方が正しいのかも知れない。
家族は、両親と妹がひとり。家族の仲は悪くなかった。むしろ、とても良かった。
昔から勉強はそこそこ出来たし、特に語学系に強かった。だから大学を卒業後、
アメリカの首都ハングトンに1年留学した。人生の中で、一番楽しい時間だった。
帰国後、あたしは就職した。
東京にある小さな不動産会社だ。名前は、荒野不動産。経理部に配属されたけど、
実質的には創業者である会長・荒野耕造氏の専属秘書みたいな事をやっていた。
大雑把な性格の耕造氏は、数字に明るいあたしを何かと重宝してくれた。
「うちの金庫が空っぽにならないのは、二階堂さんのおかげだね。」
そう言って豪快に笑う耕造氏は、本当のおじいちゃんのように思えた。
学生時代も社会人時代も、大した事はないながらも幸せだったと思う。
あんまり大きな事は成せない人間なのは、自分でも何となく分かっていたから。
だけど、あたしは長生きはできなかった。
26歳の夏。会社の健康診断で要再検査という結果になり、病院へ行った。
告げられたのは、最期まで憶えられなかったくらい、複雑な名前の難病だった。
それから後は、ずっと病院だった。
27歳の誕生日の、わずか4日後。
あたしは、この世を去った。
どうせなら誕生日も命日も同じ方が良かったな、なんて思いながら。
両親と妹は、最期まで奇跡を信じていた。
死への恐怖より、その思いに応えられない無念さの方が大きかった。
ごめんね、みんな。
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あたしが去ったのは、どの世だったのだろうか。
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「…とんでもない事をしてくれたな。」
頑丈な格子越しに苦々しい顔をしているのは、父というの名の他人だった。
ほんの一日前は、ボクシングのセコンドのようにあたしを鼓舞していた人物だ。
大丈夫。お前ならやれる。18歳の門出を、鮮やかに飾って来いと言って。
すみません、ベステュラ様。
結果的に、家から忌まわしい魔法使いを輩出する事になってしまいましたね。
言い訳の言葉もありません。
と言うか、何でこんな事になったのか、あたし自身が分かっておりません。
この人は、あたしの父だ。まぎれもない実父だ。
ただし、オルラ・ベステュラとしてのあたしの、だけどね。
あたしには、2つの人生の記憶がはっきりある。
地球人のOLだった二階堂環と、ルネリオ人の貴族令嬢であるオルラの。
ごっちゃになるかと言えばそうでもない。きちんと頭の中で分別ができている。
両方足しても50年にもならない記憶だ。それほど大したものじゃないって事。
しかし現状。
オルラの方の人格はほぼ消滅しており、彼女は記憶としてしか残っていない。
今の自分は、ほぼ100%「環」だ。オルラとしての人生は全て記憶しているし、
言語も普通に使える。しかしオルラの感情らしきものは、いっさい残っていない。
当たり前の話だけど、目の前の人物に何かの感情が湧く事もない。
罵られようが嘆かれようが、どうとも感じようがない。
「…いつからだ。」
「は?」
「そのおぞましい力を、いつから持っていたのだ。」
「今回が初めてです。」
「ふざけるな!!」
怒鳴られた。
嘘は何も言っていないんだけど、信じろという方が無理なんだろうな、やっぱり。
将来を嘱望されたベステュラ家の長女は、呪われた存在になってしまったらしい。
泣かないで下さいよ。
泣きたいのはあたしも同じです。
…いや、まだそうでもないかな。
何しろあたしはほんの数時間前、都内の大病院のベッドにいたのだから。
心電図の音がフラットになる直前までの記憶は、はっきり残っているのだから。
死なずに済んだと、あるいは喜ぶべきなのかも知れない。
こんな牢獄で、父親ヅラした男性に嘆かれているような状況でなければ。
…そう言えば、最期に目にした向こうのお父さんも泣いてたっけなあ。
あたしは、親不孝の権化なのかも知れない。
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「やむを得ん。」
まともな愁嘆場にもならない、乾いた面会時間の果てに。
ベステュラ氏は、吐き捨てるようにそう言った。
「お前には死んでもらいたいのが正直なところだが、さすがに世間体が悪い。」
死ねってか。仮にも…ってか実の親子なのに、ずいぶんだね。
ついさっき死んできた人間には、まったくもって悪い冗談だよ。
腕が熱を帯びそうになるのを、意志の力で抑え込む。
「だが、このまま家に置く事などできん。それは分かるな?」
「はい。」
あたしだって居たくないよ。あんな他人だらけの場所には。
「だから、お前のような忌み子に相応しい場所へ送る。そこで生きていけ。」
「分かりました。」
「ミロスを供につけてやる。家財を運ぶ時間はないから、こちらで全て処分する。
それなりの支度金は渡すから、後は自分で身を立てる事だ。いいな?」
「…」
「分かったな?」
「はい。」
ミロス。あたしの従者だ。同い年の少女だね確か。…気の毒だなぁ。
私物は全て処分するっていうのは冷酷に聞こえるけど、まあご勝手にって感じだ。
何を持ってるかは記憶にあるけど、言うまでもなく何の思い入れもない物ばかり。
病室の水差しの方が愛着があるくらいだ。
とにかく、あたしの処遇はそんな感じでまとまった。
どこへ行けと言われたのかは、およそ分かった。おそらくベステュラ氏としては、
その名を口にするのも嫌だったのだろう。
こんなあたしが向かうべき、呪われた場所。
魔法国・ラスコフだ。




