快適な暮らし・12
テント暮らしも、すでに5日目に突入していた。
正直に言います。これ、人をダメにするテントです。
とにかく、居心地の良さが尋常じゃない。いつまででも中でダラけていられる。
どんな高級なホテルでも、ここまでくつろげる事は無いだろうな…ってくらいに。
べつに、内装がオシャレだってわけでもない。いや、どっちかと言うと何もない。
ふかふかのベッドもなければ、テレビもない。なのに時間の経過が苦にならない。
何でなんだろう?
そんな疑問に答えを出したのは、あたし同様にダメになっているリータだった。
きっとこの感覚は、胎内に似ているんだろうと。
なるほど、ものすごく納得。
胃袋と子宮という恐るべき違いはあるけど、概念は同じだ。人間としてではなく、
生物としての根本的な安心感。それが、この胃袋テントには確実に備わっている。
いやあ、究極の引きこもりハウスだわ、これ。
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実はテント設営翌々日の夜から丸二日、本格的な雨になっていた。
移動や探索などができなかったので、その間はずっとテントでまったりしていた。
この世界の成り立ちや、ラスコフという国の大雑把な事情などを色々と聞いた。
遠い過去の地球の事やあたしたちの顛末についても、あれやこれやと語った。
いくら丈夫とは言え、臓器の一部がずっと雨ざらしというのは、タカネにとっても
そこそこストレスになってしまうらしい。なので、天幕の上10cmほどの座標に
鱗でできた瓦屋根を設置した。どうせ天気悪いし、真上の視界が塞がったところで
大した圧迫感にもならない。落ちてくる雨の音が小さくなる方が、よっぽどいい。
もちろん、ジアノドラゴンの骨の部分成型で作った雨どいも備え付けてあります。
隣近所が存在しないので、屋根に落ちた雨はずうっと遠くまで誘導して流します。
おかげで、雨足が強い割にテントの周囲はあんまり濡れてない。
膜は密閉の状態で呼吸をしているので、雨粒はおろか湿気も一切入ってこない。
もう、何なんだこの理想の一戸建ては。
ちなみに、中にいる時は3人とも荒野不動産印のジャージ姿です。
もはや完全に部活の合宿にしか見えない絵面だ。恋バナでもしようかしら?
あーもう、ダメになるなぁ。
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とか何とか、軽い感じで言ってるけど。
割とこれ、シャレにならない事になってたかも知れない。
もしも、あたしとタカネだけだったとしたら。
あたしたち2人は、外に出る必要がまったく無い。
そして、この尋常じゃない居心地の良さ。
冗談抜きで、二度と出て来なくなっていた可能性だってある。
誰にも邪魔されず、安全で、しかも好きな相手と永遠に2人っきり。
完全に否定できる自信がない。
あっという間に一線を越え、そのまま2人の世界を「閉じて」いたかも知れない。
客観的に見れば、それはあたしが捨てた地球の縮図そのものだと言えなくもない。
少なからず、ぞっとする。
そんな自堕落なのは、いつかタカネが諌めて終わってただろうって?
そうは思わない。
彼女は間違いなく、あたしのために存在している。どんな局面でもあたしを守り、
あたしを害する全てを敵に回して戦うだろう。そして、あたしと共に死ぬだろう。
さらに、万が一あたしが人の道を外れるような凶行に走れば、半殺しにしてでも
自分の手で止めると明言している。文字通り、完全な保護者なのだ。
だけどタカネは、あたしが社会生活を望むかどうかについては意見を持たない。
大抵の無茶に付き合ってくれるけど、何もしなくなったとしても文句は言わない。
このテントで一緒に一生を終えると宣言すれば、喜んで付き合ってくれるだろう。
ひたすら眠り続けたあたしの傍に、3000年近くも寄り添い続けていたんだ。
目覚めたあたしが自分のためだけに生きるのであれば、反対する理由は何もない。
あたしたち2人の旅は、ここで終わっていただろう。
つくづく。
本当に、つくづく心から思う。
リータがいてよかった。
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さて、ここしばらくの暮らしのテーマと言えば、重要なのがひとつ。
リータのトイレ事情だ。
何度も何度もしつこいけど、あたしたち2人の体はものすごいチート仕様である。
汗もかかなければ老廃物も出ない。望まなければ生理も来ないし、髪も伸びない。
飲食の必要もなければ、病気にもならない。例を挙げればきりがない。
しかし、人間としての最も大きな違いのひとつは、やはりトイレに行かない事だ。
この一点において、リータは現在の閉鎖された環境に毎日穴を開けてくれる。
最初の数日は「トイレに行ってくる」というひと言を何となく流していたけれど、
生活環境を変えるというならこれはトップクラスの優先案件だろう。いやむしろ、
あたしもタカネも気付くのが遅過ぎる。ホントダメだなあ、そういうところ。
別にリータ本人が不満を述べたわけじゃないけど、ここは工夫すべき点だろう。
何と言っても、ひと気のないこのルートを望んだのはあたしたち2人なんだから。
というわけで、トイレ設営です。
あんまりテントから離れた場所に設けるのも危ないので、まずテントの出入り口を
一方に決めます。そして、その反対側をトイレ側の出入り口として設定します。
そこから出て直線で4m進んだ所に、個室トイレを作ります。これはリータしか
使用しないので、テントより堅牢な構造に設計します。長居するわけじゃないし。
まず、テントの骨組みにも使ったジアノドラゴンの骨の棒を、縦に割った状態で
現出させます。竹壁のように隙間なく並べ、三方の壁を形成。さらに天井部分にも
斜めに並べて屋根にします。固定してあるので、爆撃を受けてもたぶん平気です。
テントに面した側だけは壁を作らずに、横隔膜で作ったカーテンを取り付けます。
これで建物は完成。ちなみにテントの瓦屋根をトイレまで伸ばし、さらに左右には
15cm間隔で太い骨の棒を設置してあるので、夜中も安心。雨にも濡れません。
至れり尽くせりの渡り廊下でございます。
さて、肝心のトイレだけど、さすがに水洗なんかは作れません。限度があります。
なので、いさぎよく穴を掘ります。バスケットボール大の竜の遺産・十倍を出し、
地面に落としてみた。予想通りの予想以上で、土も岩も溶かして穴が開いたよ。
骨の棒を使って深さを調べたら、何と1mちょっとあった。つくづく怖い、これ。
容赦なく、同じ作業を5回繰り返した。小石を落として反響で測ってみたところ、
深さおよそ7mほどの地獄の穴ができておりました。充分だね。充分過ぎるね。
大きな水の球を作って落とし、穴の側面から消化液の残滓を洗い落とす。同時に、
底に少し水を溜めておく。まあ、長く使うわけじゃないから、こんな感じだろう。
最後に便器を作る。バーベキューをやった際に考案したダストボックスを応用し、
ジアノドラゴンの大腿骨から形成した。前回は細いスリット状だった上部の穴も、
それっぽい便座の形にする。滑らかなカーブを描くデザイン。これぞトイレです。
…今度のお彼岸に、ジアノドラゴンの供養でもやろう。うん、きっとやろう。
化けて出られたら嫌だし。
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どんな話をするよりも、このトイレでリータは地球を理想郷だと思ったらしい。
どうしてこんな世界にわざわざ来たのかと、どストレートに質問されちゃったよ。
だから、あたしはシンプルに問い返した。
「こういう物が身の回りに最初から溢れてる生活って、どう思う?」
それだけで、リータは納得してくれたみたいだった。
便利な生活が嫌だったのなら、どうしてここでそれを部分的に再現するのかって?
そんなもん、ただのエゴに決まってるじゃん。
あたしは別に世捨て人になりたかったわけじゃないし、科学文明というもの自体を
否定したかったわけでもない。単に、丸く収まり過ぎた社会が嫌になっただけだ。
要するに、壮大な家出である。だから、持ち出したものは使う。存分に、勝手に。
ありがたみがあらためて感じられるって意味でも、地球の遺産は有効活用するよ。
これまでも、これからもね。
文句があるなら、そして特許侵害を訴えたいなら、ここまではるばる来て下さい。
2863年かけてね。
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さて。
変なところで職人気質なタカネは、トイレに納得していなかった。
作り自体は問題ない。だけど、運用に満足が行かないらしい。
ジアノドラゴンの体組織では、どうしても作り出せない必需品があるのだ。
そう。
トイレットペーパーである。
…いや、ホントに化けて出るかも知れないね。いい加減にしろって言って。
しかし実際、紙の生成ができないのが大きなハードルになっているのだ。
リータの手持ちは尽きてるので、やむなく代用品を渡して使ってもらっている。
何かって?
四角くカットして現出させた、ジャージの端切れです。
知っての通り、このジャージ(と靴)は最初からタカネが完全に制御できている、
唯一のオプションアイテムだ。あたしの体以外、それも無機物で生成できるのは
本当にこれだけ。いくらでも出せるので、こういう事にも転用できる。
だけどこれ、タカネ本人にとってはかなりの屈辱らしい。
リータ自身は文句は言わない。むしろ、高品質な衣類の切れ端をトイレで使う事に
かなり恐縮している。まあ無理もないよね。
さっきも言ったように、タカネは意外と職人気質だ。だからリータがどう言おうと
こういう反則的な解決方法では我慢ができないんだろう。自分に負けた気がして。
わかる。
あたしも戦う時、自分の体丸ごとを身代わりで出すのは、凄い敗北感があるから。
だから、薄っぺらな慰めは口にしない。フォローもしない。
タカネならできる。
きっと解決方法が見つけられる。頑張れ!
トイレの問題だけどね。




