旅立ち・1
あたしの名前は○○○○○○。
…あれ?
なんで表現できないの?…もしや、記憶喪失とか…?
と言うか、ここドコ?
見覚えのない部屋…って、白い!!何もかも白い!!
部屋と言うか、ただただ白いだけの超のっぺり空間!!
記憶喪失どころか、正常な感覚まで無くなっちゃったっての!?
『いいえ。リセットですよ。』
絶賛混乱中のあたしに、嫌味なほど落ち着き払った、何だか厳かな声が
投げかけられた。なんかエコーまでかかってるし。
嫌な予感がして怖々振り返る。でも予想に反して誰もいなかった。
声は意識に直接響いているらしい。 …ますます嫌な予感。
「リセット、と言うと…」
『あなたは死んだのです。それも、かなりイレギュラーな状態でね。』
「もしかして、トラックに轢かれたとか?」
『あれ?』
厳かだった声に、ちょっと困惑した雰囲気が混じった。それを聞いて、
また嫌な予感が積み増される。
ヤバイ。もしかして図星だったか。
『…リセット中に、若干の不具合があったみたいですね。』
大正解。嫌な予感、見事に的中。
こうなったら開き直るしかないな。
「ああ、つまりはアレですね。下校途中で、神様の凡ミスから発生した
事故に巻き込まれて死亡…。で、埋め合わせで異世界転生させます!
みたいな感じですか?」
『……』
あれ、さすがにちょっとあさっての方向に外し過ぎたかな。
まあいいや。出任せだし。
『あ、あのう。』
「?」
『う、上には黙っておいて欲しいんですけど。』
「は?」
『リセットが失敗したなんて失態、降格が怖過ぎるんで…』
え、まさかの大正解コンボ?
そこまでテンプレだったの?
『もちろんタダでとは言いません!…本来なら普通の状態で転生させる
予定でしたが、何かひとつ特典をつけます。それで手打ちに…』
おいおい、出任せで特典無料GETしちゃったみたいよ。
ラノベも読んどくもんだね。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ご心配なく、口は固い方ですから。」
どの口が言うのかと、自虐ツッコミは心の中だけに留めた。
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「それで?具体的には、どんな特典を付けてもらえるんでしょうか?」
『まあ、あまり選択肢は多くないんですけど。』
いつの間にか、声の荘厳さも大仰なエコーも無くなってしまっている。
あれ演出だったのねと、変な部分で納得した。
『同じものを望む時に望むだけ複製できる能力、とかどうでしょう?』
お、いいかも!
「いいですねそれ!…ちなみに複製するものって、自分で選べます?」
『もちろん。』
「途中で変更も…」
『あ、それはできません。』
「え?」
…一気に気持ちが萎えた。何、変更不可の一択なの?
『お気に召しません?欲しいものが多いなら、お金を複製すれば…』
「それ通貨偽造でしょう。…第一、お金のデザイン変わったら終わりだし。」
ダメだ。一種類のみ一発勝負となると、恐ろしく選択が難しい。
何を選ぼうと、いつか後悔する気がする。
「もうちょっと分かりやすくて便利なの、ありません?」
『不老不死とか?』
「人間関係がまともに構築できなさそうなので、遠慮します。」
『じゃあ、そこそこ不老不死、とかどうです?』
「ん?…そこそこ?」
ちょっと惹かれるワードだった。
『何をしても死なないわけじゃないけど、どんな傷病もすぐ治せます。
身体制御がほぼ完璧にできるので、老化の速度やデザインも調節可能。
さらに言えば、飲食は楽しめるけど飲まず食わずで生きていけます。』
「それで!!」
思わず飛びついた。
別に異世界に行くと言っても、異能バトルに身を投じる気なんてない。
新鮮な驚きと発見を繰り返しつつ、普通に暮らしていければいい。
そのための保険として、申し分ないと思える能力だった。
『了解しました。じゃあそれで。…他に確認しておく事ありますか?』
「あまり先に情報入れとくのもアレなんで、後は出たとこ勝負で。」
『さすがですね。何と言うか、実にあなたらしい。』
「え?あたしらしい…って、あたしをそこまでご存知ですか?」
『ええ、もちろん。』
最後の「もちろん」に、妙に気持ちがこもっているように感じた。
まぁそういうもんか。生殺と運命を司っているらしい、神様だからね。
『それでは、新たなる世界へお連れします。』
「ちなみにあなたは?…どこかから見守ってくれ…」
『ええもちろん、どこまでもご一緒します。』
「え!?」
『いざ出発!』
一緒に来るの!?
てか、それを今言うの!?
話が違うと訴えるより前に、視界はまばゆい光に包まれていった。
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単調で耳障りなアラームが、意識を引き戻すのが分かった。
気だるい感覚を強引に振り払って、あたしはゆっくりと目覚める。
そこは、中世を思わせる街をはるか遠くに望む、小高い丘の上。
ではなかった。
嬉しそうな両親が自分を覗き込む、柔らかなベビーベッドの中。
でもなかった。
ましてや神官たちに囲まれた魔方陣の上でも、王子様とイケメンたちに
糾弾される卒業パーティーの修羅場でもなかった。
アラームの音は、鼓膜を振動させたのではなかった。
目覚めたあたしも、まぶたを開けたのではなかった。
覚醒は、意識だけのもの。
あたしの体は、わずかも動かない。そもそも、まともな生命活動すらも
していない仮死状態。
半液体の透明樹脂に、まるで標本のように一糸まとわぬ姿で封入されて
目を閉じている。
体内電流の変換で形成された、意識だけの不機嫌な存在。
それが、今のあたしだ。
「……」
『おはようございます拓美さん。』
黙り込んでいたあたしに、柔らかな女性の声で挨拶の言葉が放たれた。
さっきまでの神様の声を、もう少し若くしたような声だ。
『ご気分は?』
「良いわけないでしょ。」
『あ、やっぱり?』
「自信なかったんかい。」
『お察しの通りです。そっちは専門外だったので。』
「なら、余計な嘘っぱちをベタベタ貼り付けないでよ!!」
『申し訳ない。せっかくですのて、ちょっと楽しんでもらおうかな…と
思いまして。』
「テンプレ過ぎるも限度がある。」
『ですよね。』
呼吸していないと分かってるけど、あたしは思わず深いため息をつく。
嘘だ。
と言うより、あまりにお約束過ぎる導入の捏造だ。
今まで見ていたのは、意識下に投影された「なんちゃって臨死体験」。
…あたしを覚醒させるためだけに、わざわざ作ったらしい。
トラック事故など起こっていない。
あたしは、事故死などしていない。
まして、神様に出会ってもいない。
そして、ここは異世界じゃない。
宇宙の真っ只中だ。
棺を思わせる、あまりにちっぽけな宇宙船の船内。
決して戻る事のない、孤独な旅路の途中だった。