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黄昏ヒーロー  作者: 雨咲はな
睦美編
1/4

前編



 お隣のヤスくんは、昔から私の憧れの人で、絶対的なスーパーヒーローだった。



 私と彼は四歳離れている。一つ学年が違うだけでも、だいぶ相手が大きく見えてしまう子供の世界で、ましてや四歳も年上であれば、周りにいるハナの垂れたガキんちょなんて比べ物にならないくらい、大人びて映ってしまうものだ。私にとってヤスくんは、いつでも非常に頼りがいのある、颯爽とした「お兄さん」だった。

 さらに言うなら、ヤスくんは公平に見てもよく出来た子で、頭も良く、足も速く、ゲームも上手で、おまけに縄跳びの三重跳びだってこなせてしまうという、まさに完璧な存在でもあった。どちらかといえばボンヤリで、走れば三回に一回は転ぶような、どんくさい私のような人間にしてみれば、そりゃもう、ひたすら憧れてしまうしかない。


 その上、ヤスくんは、とても優しい男の子だった。


 私が庭でメソメソ泣いていると、お隣の窓から顔を出して「どうしたの?」と聞いてくれたし、公園で泥玉をぶつけられていたらすぐに飛んできて、いじめっ子たちを追い払ってくれた。

 小学校に入学して間もなく、上級生にちょっかいをかけられて、行きたくないとゴネた時は、わざわざ私を家まで迎えに来て、手を繋いで一緒に登校してくれた。

 同級生たちにからかわれても知らんぷりで前を向いて、「誰かにイヤなことされて、先生にもお母さんにも言えなかったら、俺に言えばいいよ。ちゃんとなんとかしてあげる。だから安心して」と頼もしく請け負ってくれた。

 不安と怖れを胸に抱き、心配そうに見上げる私と目を合わせ、にっこりと笑って。

 ──大丈夫だよ、と。


 あの時のヤスくんの手の力強さと温かさは、今でもよく覚えている。


 そんなわけで、私は幼稚園児の頃から、ヤスくんのことをかなり本気で神さまのごとく崇拝しきっていた。なんでも出来るヤスくん、誰にも負けないヤスくん、すべてにおいて万能なヤスくん、ブラボー! って感じだ。

 家がお隣同士で、お互いの母親の仲が良いこともあり、しょっちゅうヤスくんの家に遊びに行ったりもした。四つも下のおチビ相手でも、ヤスくんは鬱陶しがる様子も見せず、いつだって「おいで」と手招きしてくれた。

 二人でコタツの中に潜り込むようにして寝そべり、携帯ゲームのボタンを華麗に操るヤスくんの手さばきを隣でうっとりと眺めていたこともあれば、ヤスくんが組み立てたというプラモデルを見せてもらって感嘆したこともある。

 ヤスくんの部屋に行けば、ちゃんと自分専用のベッドがあって机もあって、壁には世界地図や賞状などが貼ってあり、まるで未知の世界のようだった。本棚に並んだ図鑑や本や漫画でさえ、私の目には輝かしく見えた。兄も姉もいない私にとって、四歳という年齢差は、それくらい大きかったということだ。

 ヤスくんが何かをするたび、それはいちいち私の心に衝撃と尊敬の念をもたらした。小学校の運動会のリレーでヤスくんが他の子を追い抜いては狂喜し、校舎の壁にヤスくんの描いたポスターが飾られていれば飽きもせず眺め続けた。やっぱりすごい、ヤスくんはすごい、と興奮し、別に自分が何かをしたわけではないのに誇りで胸がはちきれそうになった。

 幼馴染であり、兄のようでもあり、でもどこか遠く、眩しい存在。テレビの中の芸能人よりは身近だけれど、決して手の届かない相手。ヤスくんというのは、私にとってはそういう人だったのだ。



 私の憧れの人で、なんでも出来る、スーパーヒーロー。

 ……だった。



          ***



 四つ齢が離れているのだから、私とヤスくんが同じ学校に通えたのは、小学校の二年間だけである。

 私が新入生だった時すでに五年生だったヤスくんは、当たり前の話だが、私が三年生になると同時に卒業して、中学校へ行くようになってしまった。

 小学生と中学生では、もう接点はほぼないに等しい。それまでヤスくんの勇姿を崇め奉ることの出来る貴重な機会であった学校行事は一気に色褪せ、私はしょんぼりと退屈な日常を送ることになった。

 登校時間も異なるため、学校以外の場でもヤスくんの姿を見られることは、とんと稀になった。小学生の時サッカー部だったヤスくんは、中学生になってからは陸上部に入ったということで、朝は早く、帰りは遅い。休日などにたまーに見かけることはあっても、大体友人らしき男の子たちと一緒にいたりして、とてもじゃないけど気軽に近寄れない。


 つまんない、とがっかりする私を少しでも慰めるためか、母はよく、お隣のおばさんから仕入れた「ヤスくん情報」を、私に横流ししてくれた。


 中学校に入っても、ヤスくんはやっぱり優秀なのだそうだ。成績はいつも上位だし、陸上部でも良いタイムを出して顧問の先生に褒められているらしい。小学生の時も学級委員としてあの燦然としたバッジを胸の名札に付けていたが、中学では生徒会役員を務めることになりそうだという。

 さすがヤスくん、と私は嬉しかったけれど、やっぱりその姿を見られないのは、残念だし寂しいなと思った。




 そんなある日、偶然にも私はヤスくんにばったりと会った。

 家が隣同士で「ばったり会う」というのも変な話だが、それくらい疎遠になっていたのだから仕方ない。

 学校からの帰り、ちょうど家の門を開けて中に入ろうとしているヤスくんを見つけて、私は大喜びで駆け寄った。

「ヤスくん!」

 頬を紅潮させ、背負ったランドセルをガタガタとやかましく鳴らしながら突進してきた小学生に、ヤスくんはちょっとびっくりしたように目を瞬いた。

「ムッちゃん」

 昔から、彼は「睦美」という名を持つ私のことを、そう呼ぶのである。

 門に手をかけたヤスくんは、黒の学生服を身につけていた。しばらく見ない間に、ぐんと背も伸びたようで、まだまだチビの私からは、もはや大人とそう変わりない。学生服姿の中学生はよく見かけても、ヤスくんはそのうちの誰よりも落ち着いて、堂々として、優秀そうに見えた。

「ヤスくん、今帰り?! 今日は早いんだね!」

 はあはあと息を弾ませながら問いかける私に、ヤスくんは微笑んだ。

「うん。今はテスト期間中だから」

 もちろん、小学生の私には、「テスト期間中」だとなぜ早く帰れるのか、その理由がまったく判らない。しかしそれは判らなくとも別に何も問題はないので、「そっかあ」とにこにこして頷いた。

 ヤスくんは少し迷うように家の玄関のほうを見て、私を見た。

「……入る? 今日、母さん出かけてるけど、お菓子くらいならあると思う」

 ちょっと前なら、その言葉に大喜びで入っていって、一緒におやつを食べてゲームを見せてもらったりするところだが、私は首を横に振った。

「ううん。いい」

 さすがに私でも、小学生と中学生にとっての「テスト」の意味合いが違うことくらいは知っている。私を家に入れたらヤスくんはいろいろと気を遣うだろうし、そのために時間を潰されることになるだろう。ヤスくんのような優等生が、私のようなチビ助に足を引っ張られて成績が落ちるなど、あってはならないことだ。

 でもせめて、自分の中に溢れるほどにあるものを──彼に対する尊敬の念と、憧憬と、期待と、喜びと、それ以外の何か、まだ子供の私には上手に認識できない大きな感情を──少しでいいからヤスくんに伝えたかった。


「ヤスくん、中学生になってもすごいんだってね。ヤスくんはホントになんでも出来るんだね。いいなあ。むつみなんてね、いつもお母さんに怒られてばかりだよ。むつみもヤスくんみたいになれればよかったのに」


 えへへと笑いながら、拙い語彙を精一杯使ってそう言うと、ヤスくんは少しだけ、困ったような顔をした。

「……何でも出来るなんて、そんなことはないけど」

「そんなことないよ、ヤスくんだもん。うちのお母さんも、ヤスくんは偉いねっていつも褒めてるよ。むつみもそう思うよ。ヤスくんはすごいなあって」

「…………」

 ヤスくんは複雑な表情で私を見下ろし、軽くぽんと頭を撫でるように叩いてから、「じゃあね」と門を開けて家の中に入っていった。



          ***



 ……しかし、私が中学に入学した頃には、ヤスくんの評判は大きく変わっていた。

「康巳くん、最近、あんまり家に帰ってこないんだって」

 母からそんな話を聞いたのは、中学一年生をそろそろ終えようかという時期だ。ヤスくんは高校二年生。県内有数の進学校に入った彼は、普通なら大学受験に向けてがむしゃらに取り組んでいなければならない頃合いである。

「帰ってこないって、なんで?」

 夕飯を食べていた手を止めて、私がそう訊ねると、母はうーんというように口を曲げた。

「お友達のところを泊まり歩いているみたいだって、康巳くんのお母さんは言ってた」

 ヤスくんのお母さんは、おっとりした優しい性格の女性で、小さい頃隣家によく行っていた時には、お喋りもしたし、お菓子の作り方を見せてもらったりもした。今でも会えば挨拶くらいはするけれど、そんなことになっていたとはちっとも知らなかった。


 ──そういえば、最近ずいぶん元気がないように見えるな、とは思っていたけど。


「高校生になると、そういうものなのかな」

 と、私としては返すしかない。なにしろヤスくんとは、ここ一、二年、まったくと言っていいほど顔を合わせていないのだ。朝も夜も見かけないなとは思っていたが、中学生と高校生とでは、生活サイクルが異なるためだろうという納得の仕方をしていた。

 実際のところ、そもそも家にいなかったのか。

「うーん、ていうかねえ」

 母は言いにくそうに言葉を濁し、声を潜めた。


「……康巳くんのおうちねえ、ちょっと今、ゴタゴタしているらしくて」


「ゴタゴタ?」

 首を傾げて問い返すと、母はますます顔を歪めた。

 それを見て、遅まきながら私にもピンと来た。中学生でもドラマを観ていれば、母の言う「ゴタゴタ」がどういう類のものなのかくらいは想像がつく。

「──つまり、ヤスくんのお父さんとお母さんが」

 揉めている、と。

 そこまでは外に出さずに呑み込んだのだが、母は頷いた。

「うーん、まあ、そうね。実を言えば、ご近所でももう噂になっちゃってんのよね。いずれあんたの耳にも入るだろうと思うけど」

 なるほど。それで母は、私が他の人から余計な情報を聞く前に、この話をしておこうと思ったわけだ。ご近所のお喋りおばさんにいきなり詮索されて狼狽するよりは、確かに知っておいたほうがよかった。

 私はヤスくんのお母さんの顔を思い浮かべ、次いでお父さんの顔も思い浮かべようとしたのだが、それは上手くいかなかった。

 そういえば、私、お隣のおじさんと、ほとんど会ったことがない。稀に見かけても、厳めしい顔つきはニコリともせず、私のことなんて目に入らないように前だけを向いて歩いていた。大きな会社にお勤めしていて忙しいらしく、運動会や発表会の行事には、いつもお母さんだけが見に来ていたっけ。

「ふうん……」

 それしか言葉が出てこず、私は目線を箸で摘んだ唐揚げに向けた。


 家庭内の空気に耐えられず、お友達の家を泊まり歩いているというヤスくんは、今頃どこでどうしているのだろう。

 ご飯はちゃんと食べているのかな。


 そう思っても、私にはどうにも出来ない。

 私とヤスくんは、住んでいるところはいちばん近いにも関わらず、ひどく隔たった場所に暮らしているのだと、実感させられた。



          ***



 そんな話を聞いてからしばらくして、またしても私はヤスくんとばったり会った。

 というか、もしかしたら、それ以前にもちらちらと姿は見かけていたのかもしれない。視界には入っても、それをヤスくんだと私の脳が認識しなかった、というだけの話で、たまたま母から聞いた内容が頭に残っていたその時だからこそ気がついた、ということだったのかも。


 そう思うほどに、ヤスくんの印象はがらりと変わっていた。


 確か彼の学校の制服はブレザーだったはずだが、その時着ていたのは完全に私服だった。平日の真っ昼間なのに。

 しかもチャラい。全体的にチャラい。

 頭髪は茶色に染まり、耳にはピアス。首にはシルバーのネックレスがじゃらっとぶら下がっている。


 ヤスくん……


 唖然とするよりも前に、感心してしまった。中学生時、生徒会長まで務め上げた真面目なヤスくんは、グレ方もどこか教科書的な真面目さがある。

 コンビニの前で缶コーヒーを立ち飲みしていたヤスくんは、自動ドアの手前で動きを止めてまじまじと自分を見つめている女子中学生を、不審そうに見返した。

 無気力なその瞳に理解の色が広がるのと、にやりと唇の片端が面白そうに吊り上がったのは、ほぼ同時だ。

「なんだおまえ、どっかで見たことのあるガキだと思ったら、睦美か」

 睦美という呼び方もそうだが、声も低くなって、まるで別人のようだ。身長はさらに伸び、肩幅も広くなったヤスくんは、もうどこにも「少年」の面影を残していない。


 なんでも出来て、誰にも負けず、すべてにおいて万能なヤスくん。

 幼い頃の私があれほどまでに憧れて、この世にただ一人のスーパーヒーローだと思っていたヤスくんは、そこにはいなかった。


 ヤスくんは缶コーヒーを手にしてこちらに近づいてきた。目の前に立たれると、見上げなきゃいけないほどの身長差がある。着崩した洋服と、なんとなく周囲を漂う自堕落な雰囲気、そして皮肉っぽく上げられた唇の形は、いつもの私だったら身を竦めたかもしれないけれど、相手がヤスくんだからなのか、ちっとも怖いとは思わなかった。

「相変わらず、ちっせえな」

 ヤスくんが笑いながら言った。

「いくつになったんだっけ?」

「中一だよ」

 そう答えると、中一……と呟いて、ヤスくんの視線が宙を流れた。遠い昔のことを思い出すかのように。

「ヤスくんは、高校二年生でしょ?」

「まあな」

「そんなチャパツで、よく退学にならないね」

「うち、校風が自由だから。みんな優秀なんでね、大体のことは生徒の自主性に任せる、って学校なんだよ」

 大人が子供に言い聞かせるかのように、そしてバカにするようにヤスくんは言ったが、その口調にはどこか自嘲めいた響きもあった。

「自主性に任せる自由な校風でも、最低限、登校はしなきゃいけないんじゃないの?」

「おまえだってサボりだろ」

「そんなわけないじゃん。昨日の日曜日が文化祭だったから、今日は代休なんだよ」

「俺も代休」

「自分で勝手に決めた代休でしょ」

「俺にはそれが許される。なにしろ『やすみ』だけに」

 わりとくだらない親父ギャグのようなことを言って、ヤスくんはくっくと笑った。


「ヤスくん、おうち、帰らないの?」

 私がそう言うと、ぴたりと笑いが止まった。


「おばさん、心配してるみたいだよ」

「……うるせえな」

 低い声で言って、ヤスくんが私を睨みつける。

「生意気なこと言うようになったな、睦美。昔は俺のあとを金魚のフンみたいにくっついて廻ってたくせに」

「だってもう、中学生だもん。あの頃とは違うよ」

「俺ももう、あの頃とは違うんだ」

 吐き捨てるように呟いて、ヤスくんは手の中の缶をぐしゃっと音を立てて握り潰した。

 威圧感のある上背を少し曲げて、私に顔を寄せる。頭のてっぺんから、ミニスカートの先の足まで、検分するように視線を這わせて、再び唇を上げた。

「おまえ、俺のこと、いつもすごいすごいって褒めてばかりだったよな。ぽーっとした目で見てたし。俺のこと、好きだったんだろ? なんなら、付き合う? まだ身体は貧弱だけど、顔は悪くないから相手してやってもいいぞ」

「…………」

 私は目を逸らさずに、ヤスくんをまっすぐ見返した。

 ヤスくんは結構イケメンだ。細身だし、足も長いし、制服姿だけでなく、この浮ついた衣装だってよく似合う。客観的に見れば、カッコイイ。私も中学生になって色恋にまったく疎いわけでもないから、こんな相手に、付き合う? なんて言われたら、状況はともかくドキドキと胸が上擦っていたと思う。


 これがヤスくん以外の人であったなら。


「ヤスくんは、ずっと私の憧れの人だったよ」

 私はきっぱりと言った。

「すごいなって思ってたし、誰よりカッコイイって思ってた。頭が良くて、足も速くて、優しくて、なんでも出来る。そんな、太陽みたいな人だった」

「…………」

 ヤスくんが怒ったように眉を上げた。彼から発される空気が険悪なものになっていく。

 それでもやっぱり、私はヤスくんを怖いとは思わなかった。


 ──きっと、ヤスくん以上に、私自身が怒っていたからだ。


「でも、今のヤスくんは、ぜんぜんカッコよくない」

 目は逸らさずに、足だけ動かして後ろに下がる。これ以上言ったらダメだと自分でも判っているのに、口が止まらない。

 なんだか無性に腹立たしくて、悔しくて、眦に涙が浮かんだ。


「今のヤスくんは、目の前の嫌なことから逃げてるだけじゃん。おばさんが心配して、つらい思いをしているのに、そこから目を背けて見ないようにしてるだけじゃん。きっと、自分のことしか見えてないんでしょ。昔のヤスくんは、私が泣いてたらすぐに手を差し出してくれたし、私が苛められていたら助けてくれたのに。今はそうやって、自分ちの近くのコンビニで突っ立って、帰るでもなく、何か行動を起こすでもなく、ただ時間を無駄に無意味に浪費してる。そんなヤスくんは、ちっともカッコよくないよ」


 そこまで一気に吐き出すと、くるっと踵を返して、勢いよく駆けだした。

 ヤスくんがその時、どんな顔をしていたのか、私は知らない。



          ***



 ──そんな風に、ヤスくんに捨て台詞を投げつけて遁走したことを、私は長いこと、ずっと後悔し続けていた。

 だって、そりゃそうでしょ。あの時、つらく苦しい思いをしていたのはおばさんだけではなく、もちろん、ヤスくん自身もであったはずだ。ヤスくんの家庭内でどんなことが起こっていたのか、どういう事情があったのか、何も知らない赤の他人、しかも四つも年下の中学生が偉そうに説教するなど、言語道断の無神経さだった。

 要するに、私はあまりにも子供過ぎたのだ。

 ヤスくんの内心を慮ることもせず、ただ自分の怒りを彼にぶつけただけ。その怒りも、私が勝手に描いていた幻想を踏みにじられ否定されたような気がしたからという、これ以上ないくらい身勝手な理由から湧いたものだった。

 なんて恥ずかしい。こうまで自分がエゴ剥き出しの人間だったとは思わなかった。

 だけど、時は戻らないし、一度外に出してしまった言葉も戻せない。

 私は深い深い自己嫌悪に陥り、しばらくは食事も喉に通らないくらいで、お隣の家に目を向けることも出来なくなった。



 ……それから三か月後、ヤスくんの両親は離婚した。






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