紫
短いです。
「とうとう、明日なんだよねぇ………」
「早いもんだなぁ………あっという間に来るんだから。」
聖護と白半と刹那だけの夜。
ご飯は白半の半泣きから始まった。
「シロ、そこまで悲しむことじゃ………別に失敗しても特にペナルティはないんだから。」
「ま、少しの間記憶喪失になるくらいかー!」
「セイ兄!それ全然大丈夫じゃないもん!」
今日は聖護特製のチャーハンで、白半はもぐもぐとご飯を食べながら泣いている。
横に座る刹那がよしよしと頭をなでるが、彼女は泣きやみそうにない。
罪の牢獄に上って帰ってきた天翼人達は、一か月ほど全ての記憶をなくす。もちろん先月牢獄から帰ってきた男女二人もいまだ記憶喪失の状態が続いている。
しかし、次の二人が島に上陸した日に、記憶喪失が治るのだ。いまだその原因は分かっていない。それを白半は恐れているのだ。
「だって、一か月だよ……一か月もシロのこと忘れちゃうんでしょ?悲しいよぉ………」
「悲しいやつはそんなに食べれてないって。」
ずっとチャーハンを食べる手が止まらない白半を見て、刹那は思わず笑ってしまう。
ぷくぅと頬を膨らませる白半に、聖護もつられて笑ってしまった。
「だってぇ、セイ兄のご飯美味しいし……でもセツ兄がいなくなるのは嫌だし……」
「そりゃあ複雑だなぁ!」
「だぁかぁらぁ!笑い事じゃないんだってば!」
その日の夜、倉野家から笑い声が絶えることはなかった。
中にいる彼らは気づくはずもなかったが、倉野家の壁にもたれかかるように立っていた人影は、その声を聞いて静かに口を三日月に歪めた。
ーーーーー
平日にもかかわらず、街中には人があふれていた。
なぜなら、今日は罪の牢獄に二人の代表者が上る日だからだ。
しかし、やってきた人々の目的は二人を見送るという綺麗ごとだけではなかった。
「天翼なんて、帰ってくるなー!」
「翼はいらない!」
プラカードを持ったやや大多数の人間達が大声をあげる。
だが、刹那と莉粘を一番近くで囲むのは天翼人達だ。二人には遠くで誰かが叫んでいるようにしか聞こえていないだろう。
「気を付けてね、セツ兄!」
「また、一か月後に、会おうな。」
昨日に引き続き泣きじゃくる白半と、頭をなでてくる聖護。
「がんばれよ、刹那!」
「じゃあな、刹那。」
「頑張ってくださいね、倉野さん!また、一か月後、本について語り合いましょう!」
肩に手をまわし、いつも通りの笑顔で言うこの輪の中で唯一の琉と珍しく小さく笑う光輝。
そして、美少女の名通りの笑顔で花のように言う知香。
神楽だけが、いなかった。
「頑張るんだぞ、刹那。」
「頑張ってね刹那。応援してるわ!」
「ありがと、父さん。母さん。」
仕事の合間に駆けつけてきてくれた刹那の両親と笑いあい、刹那は群衆に背を向けた。
莉粘も両親や友達、取り巻きの女子達に明るく手を振り刹那の横に並んだ。
その瞬間、先ほどまでと全く違う低い声で彼は言った。
「…………絶対に、負けない。」
「…………へぇ。」
前を向いたまま、二人の間に静かな火花が飛び散る。
そして、二人は島に上るための出入り口があるビルの屋上へ向かった。その間、二人は一言も言葉を発することはなかった。
島に上るための出入り口は、透明なガラスの階段だ。
なぜかその階段は下から見えず、屋上にやってきた者だけがそれを目視できる。
屋上には誰もおらず、ただひゅうひゅうと風が吹いているだけ。
その中央に鎮座する透明な段差に、どちらからということもなく二人は足をかけた。
カツン、カツン、と足音が響く。
やけに鋭い緊張感と圧迫感が二人を押しつぶそうとするが、何のその、とペースを衰えず歩みを進める。
地上から千メートルほど離れた島へはとてつもなく遠い。どれだけ段差を踏みしめたかもわからなくなってきた頃、ようやく、島が近くに迫ってきてるのが見えた。
「ここが………」
「………。」
近くで見ると、地上で見るよりも迫力が有り、まさにどこかの丸い無人島をそのままここに持ってきたかのような感じがある。
しばらくすると、突然段差がなくなった。
道が平坦になり、まっすぐと島に向かっている。
下を見ると、ビルが小さく、雲が近く感じる。空の上にいるのだ、と改めて二人は思い改めた。
そして、いつの間にか二人の姿は島の中にあった。
今度は坂を上がる感覚があり、透明の階段から暗闇の道へと変わる。
「…………。」
「…………。」
無言が続く。
沈黙を破ったのは眩いばかりの光だった。
閃光が二人を包み、次の瞬間、暗闇から二人の姿が消えていた。
画面が光に向かってズームされる。
そこに広がった島の内部は、まさに"廃れた島"だった。
斜めに真っ二つになったぼろぼろのビルもあれば、しっかりと建てられた不思議な形のマンション。
枯れ果てて灰色になった草花や木。
そこらで突き出た岩々。
しかし、その中で中央に鎮座する一本の木だけが、独特の存在感を持っていた。
色味はないはずなのに、圧倒的な雰囲気。そのたった一本のために、他の木々は首を垂れている。
その天辺には、黒い大きな鳥かご。
そして、その鳥かごの中には、少女がいた。
天に向かって祈りを捧げ、灰色の、大きな羽を垂れ、何かに、必死に願っている。
罪を、償うために、
「少女は祈る。」