灰
まだあけましておめでとうの日ではありませんが、新年の話に入ります。
年が明けた。
新たな一年が始まり、刻一刻と刹那が島に上る時が近づいてきていた。
「よう、刹那!あけおめ!」
「………琉。」
「琉お兄ちゃん!あけましておめでとうっ!」
家族で近くの神社にやってきた刹那は、ばったり夢宮家と遭遇した。
よく家に遊びに来ている琉は、もちろん白半とも顔見知りだ。
いつも通りの笑顔で駆け寄る白半を見ていると、後ろから声がかかった。
「もしかして夢宮さんところの琉くん?大きくなったなぁ……」
「……セイゴ。それ本人に言ってあげて。」
くすり、と笑い、刹那は言った。
刹那の従兄の影橋聖護は、にこにこと笑って刹那の横に立つ。
初詣でやってきた人々の中で頭一つ抜け出た身長の琉と聖護はただでさえ目立つ。しかも聖護はルックスもいいのでちらちらと盗み見るようにしている人も多くいた。
しかし、当の二人は相変わらず全く気にせず話をしていた。
「それにしても白半は琉くんにべったりだね。」
「そうかな?いつもは俺にべったりだから、ちょっとぐらい離れてくれたほうがいいんだけど。」
「白半は刹那が大好きだからなー!」
あはは!と笑う聖護。
すると、その声に反応して、前を歩いていた白半がぐるりと振り返り顔を真っ赤にして聖護に詰め寄った。
「せ、セイ兄!ななな、何言ってるのっ!」
「ん~?白半は刹那のこと大好きだよなーって話だよ~。」
「そそそそそ、そんなこと言わなくていいのっ!」
頭をなでながら聖護は言い、白半はぷくうっと頬を膨らませて下からにらみつける。
そんな二人を見ていると、さらりと三つ編みが横切った。
静かに横を向き、刹那は言った。
「あけましておめでとう、夢宮さん。」
「こちらこそ、あけましておめでとうございます、倉野さん!」
ふんわりと微笑み、知香が応える。
「冬休み前はご迷惑をおかけしました……」と深々と頭を下げる彼女を見て、刹那は慌てて頭を上げるように言った。
そこで一人ぼっちになった琉が二人のもとへ駆け寄り、夢宮家と倉野家は成行きでともに初詣へ行くことになった。
ーーーーー
「ん~!なんか人多いと疲れんな~!」
「そういうの人に酔うっていうんじゃない?」
先に帰った白半達と別行動をとる刹那と琉は、人気の少ない路地をぶらぶらと散歩していた。
いつもなら光輝もいるのだが、よく一緒に散歩をしたりする二人はこの辺りの地形や道をほぼ覚えている。
今日は商店街の方へ向かう路地裏経由の道を歩いていた。
「ってかさー、俺ら新年最初の日に何してんだろーなー!」
「散歩でしょ。」
「歩くのって楽しいよなー!」
楽しそうに笑い、琉はスキップで刹那の三歩先を行く。
と、その時。
曲がり角で琉は右からやってきた誰かと盛大にぶつかった。
「ったぁ……」
「…………。」
ぶつかったのは2,30代くらいの女性で、頭を押さえてうずくまっていた。
慌てて琉がその人を起こして、言った。
「だ、大丈夫っすか!?」
「………え、ええ……申し訳ありません……」
「いやいや!こっちこそすんません!」
ぺこぺこと謝る二人。
その二人を見ながら、刹那は静かに目を細めていた。
(………この人、どっかで見たことあるな…………)
だがそんな考えは振り払い、刹那は言った。
「明らかに琉の方が悪い。ちゃんと周りを見ろ。」
「ううっ、すんません………」
てへっ☆という効果音とともに、琉は刹那にも謝る。
が、まったく誠意が感じられないので、刹那は静かに頭をはたいた。
そして、女性のほうに向きなおり、琉の分も頭を下げた。
「本当にすみません……怪我はありませんか?」
「大丈夫です……こちらこそ申し訳ありませんでした………」
その女性はよく見るとかなりプロポーションがよく、真冬だが色気を見せた服を着ていた。
刹那はまったく何も思ってはいないのだが、琉はその女性のスタイルの良さにやられているようだった。
「あの、もしかしてこの辺りにお住みの方でしょうか?」
「そうですけど……?」
「でしたら、駅までの行き方を教えてくださりませんか?今度この辺りに引っ越してきたのですが道が分からなくて………」
日本人とは思えない感じの美形なその女性は、しょんぼりとして道を見つめる。
その瞬間、彼が元気に右手を挙げた。
「じゃあじゃあ!俺らが案内しますっ!この辺には詳しいんすよ!」
「ん?……"俺ら"?」
「本当ですか!?ありがとうございます……!」
「え、待って、俺も行くの?」
刹那の戸惑いを完全スルーしたままあっという間に話がまとまり、琉とその女性は仲良く談笑しながら歩きだした。何とも言えない刹那は、しぶしぶという風に二人の後ろをついていった。
その女性は琉の肩辺りの身長で、刹那より少しだけ上の背だった。
だから琉は自然と見下ろす感じで、刹那は同じくらいの目線で話をしていた。
「へぇ……リュウさんと言うんですね。かっこいい名前ですね……」
「あはは……そんなこと言われたの初めてっすよ~!ありがとうございますっ」
「それで、そちらはセツナさん…でよろしいですか?」
「あ、はい。」
うふふ、と妖艶に笑い、その女性は笑う。
琉はすっかりデレデレになってしまっていたが、刹那はもやっとした違和感がぬぐい切れず、じっと女性を見ていた。
「リュウ……どういう字を書くんですか?」
「ええっと……どういえばいいかな?」
「琉球の"琉"ですよ。」
そんな感じでなぜか名前の話題で盛り上がっているうちに、商店街へと到着した。
「ありがとうございました。」と頭を下げ、商店街の雑踏へ消えかけたその女性を、突然琉が引き留めた。
「あっ、あの!そう言えば、あなたのお名前は!?」
「…………。」
くるりと振り返った女性の顔に、こげ茶色のカールした長い髪が少しだけかかる。
びっくりした表情でこちらを見つめ、数秒してから彼女は笑った。
その笑顔は、ひどく麗しくどこか気味の悪さを刹那に感じさせた。
女性は形のいい唇から、のんびりとした速さで言葉が並べられる。
その文章は、刹那を再びぞっとさせるには十分だった。
「真実はいつもすぐそばにあるもの。生まれながらにして人は暗闇と生き、時折の光を追い求めている。
私はそんな暗闇から産まれたの………名前で括られれば人はすべてを制限される。生まれ持った能力を抑えるために"名前"はある。この名前も、私の…大事な…私の仕えるべき方にいただいたもの………。
あの方の【黒】から生まれた……私の名前は【宵闇】。お二人とも、また、会えるといいですね。」
ふふふ、という笑いがやけに反響して聞こえる。
その瞬間、北風が激しく吹き荒れ、二人はとっさに眼を閉じる。
気が付くと、女性は……宵闇と名乗るあの女性は消えていた。
残された二人は、辺りで聞こえる話し声をどこか遠くに聞きながら、複雑な表情で立ちすくんでいた。
ーーーーー
あっという間に冬休みが終わった。
あと一週間もすれば刹那は島に行かなければならない。
だが、当の本人は特に何も思っていないのか、いつも通りぼんやりと窓の外を見ていた。
朝のHRで、担任教師が話をしていたが、もちろんほとんど耳に入ってはいなかったのだが、なぜかその部分だけ聞き取ってしまった。
「じゃあ、転校生を紹介する。」
「ヤマナシから来ました、飯田神楽です。皆さん、よろしくお願いします!」
その声に反応し、刹那はゆっくりと教壇のほうを見やる。
そこには、こげ茶色のショートカットにどこか中性的な外国系の美少年顔。すらりとしたスタイルの良い体つき。女性のような、男性のようなやや高めの声。
にこりと笑った転校生は、大きな拍手とともに刹那のクラスへやってきた。