記憶
産まれてきた男児に授けられた白い翼についてのニュースは一夜で全世界を駆け巡った。
そして、一般家庭として、一国民として日々を暮らしていた男児の家族は、たった一夜にして超高待遇を受けることとなった。
男児は他の赤ん坊とは違う新生児室に寝かされ、24時間厳戒態勢で警備された。
男児の両親と姉は都内のマンションから5LLDDKの二階建ての住宅に引っ越した。
もちろん政府が用意したものだ。
彼らは最初のうちは戸惑っていたものの、数か月もすればすっかり家に馴染んでいた。
そして、男の子がその家にやってくると、警備も男の子についていくように移動した。
その数は男の子が三歳になる頃には100人に上り、マスコミの数も比例するように増えていった。
男の子は、そんな環境の中すくすくと育ち、背中の翼も年齢とともに成長した。
多くの警備員が男の子を警備し、男の子は大きく世間を騒がせながらも姿を見せることはなかった。
明るい性格に育った少年は、広い家の中をひらひらと舞い、きらきらとした笑顔を家族に振りまいていた。
その純白の翼を動かし空間を飛び回る少年を見て、家族はにこにこと笑っていた。
彼らは本当に幸せだった。
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そして、少年が10歳になった頃。
政府の機密機関で少年の翼……【天翼】の研究が始まった。
提供された天翼の一部である羽を、数十人という有数の研究者達が研究した。
彼らの目的は【天翼を持った人間を増やすこと】。
空を飛ぶ、という人類の夢は飛行機の開発で実現されたが、やはり生身の人間が鳥のように空を飛ぶことも夢見られていた。
だからこそ、少年の天翼は貴重で、夢の詰まったものなのだ。
まず、研究者達は羽の成分調査を行った。
様々な方法で羽は調査されたが、成分もDNAの構成さえも読み取ることができなかった。
次に、彼らは少年に精子を提供してもらい、人工授精による天翼を持った人間を作ろうとした。
しかし、この方法は失敗した。
なぜなら、少年の精子は外気に一瞬触れただけで崩壊してしまったからだ。
この失敗を糧に、彼らは精子の複製を試みた。
外気に触れないように細心の注意を払いながら、精子に改良を加えることができるかどうか試したのだ。
しかし、この方法も失敗した。
羽のように、精子も構成を読み取ることができなかったからだ。
研究者たちは苦悩した。
どうすれば、彼ら…そして人類の長年の夢の一つ「空を飛ぶ」ことができるのだろうか。
悩んだ。
彼らは必死に考え、悩んだ。
しかし、この方法しか、思い浮かばなかった。
それは、本当に、最後の手段だった。
チーフが、言った。
最後の手段だ……"自然受精"を行う。