青
イブですが、メリークリスマス!
10年前
『"この世界に、天翼はいらない。"』
その声を、彼らは確かに耳で聴いた。
低い男の声が鼓膜を震わせ、いつの間にか人々は外に出ていた。
そこで、彼らは目にした。
空に浮かぶ、巨大な島を。
そして、その横に浮かぶ人…それも、天翼を持った天翼人を。
『"天翼が有るから、この世界は穢れてしまった。欲に塗れたこの世界に……罰を。"』
ビルに設置された大型スクリーンに、テレビに、スマホに。
あらゆる"画面"に、彼が現れた。
癖のない金色の髪、歯車や木の葉や蔓が巻き付くぼろぼろの天翼、そして、歯車の形をした金色の片眼鏡。
その肩眼鏡の奥からは、表情を失った赤い瞳がこちらをじっと見つめていた。
彼が、男性特有の低い声でそう言うと、突然辺りで嵐が巻き起こる。
人々は突然のことに驚きながら、辺りの物につかまり、風に吹き飛ばされぬよう体を硬くする。
不思議なことに、台風並みの風にもかかわらず、ビルも、樹木も、ポストも、吹き飛ばされることなくそこに鎮座し、人間達だけがこの風に襲われた。
『"私は、待った。嫌というほど。天翼を奪い、天翼人を絶望に突き落とすために。"』
青年の声だけがやけに反響して響き渡り、数分後、ようやく風がやんだ。
そこで、彼らは、"天翼人達"は気が付いた。
自分たちの誇りである、あの気高き純白の翼が消えていることに。
天翼人達は、絶望に染まった。
『"だが、ただ絶望に落とすだけではつまらない。人間…天翼人達よ、【ゲーム】をしよう。"』
いつの間にか、青年の腕の中には6歳くらいの少女が横抱きにされていた。
すやすやと眠るあどけない寝顔。さらりとした黒髪。端正な作りの顔。
そして、垂れ下がる一対の白い翼。
『"これより、ゲームを開始する。この島、【罪の牢獄】に上り、自らの罪を悔い改めた者のみが、天翼を手にすることができる。"』
そう言って、青年はサッカーボールほどのガラス球を掲げた。
そのガラス球の中には、彼らの見覚えのあるものが入っていた。
それは、小さくなった天翼だった。
『"そして、天翼を手にした者に、この少女をやろう。"』
その言葉に、全人類が震え上がった。
それは大部分の歓喜の震えと、少人数の恐怖の震えだった。
青年は不敵な笑みを浮かべて続けた。
『"期限は……そうだな、【10年】。10年経つと、この島は崩壊するということにしよう。もちろん、中もだ。この少女も、天翼も、すべてが島ごと破壊される。"』
ぞわりとした寒気が辺りを漂った。
『"さあ、醜き天翼を欲する者達よ……自らの罪を悔い改めろ!"』
再び突風が吹き荒れ、彼らは反射的に眼を閉じる。
今度の風は5秒ほどでやみ、青い空を見上げた彼らの瞳には、大きく鎮座する【罪の牢獄】という名の島だけが残されていた。
それから9年。
何万という天翼人達が罪の牢獄に上り、帰ってきた。
いまだ、誰一人として、天翼と少女を持ち帰った者はいない。
◇
「………い、セツ兄、せーつーにーいー!!」
「…………!?」
白半の声に、刹那は我に返った。
長い年月を旅していたような気分になりながら、刹那は手に持っていた箸を動かした。
二人の両親は共働きで、時折深夜に帰ってくることもある。
だから、二人は交代制でご飯を作っている。
今日は白半が当番の日だった。
「ご、ごめん、ちょっと気絶してた。」
「もー!最近ぼーっとし過ぎだよセツ兄。ご飯美味しい?」
「うん。さすが俺の妹。」
そう微笑みながら白半を誉めてあげると、彼女は照れたように笑った。
恥ずかしそうにする白半を見て再び笑ってから、刹那はハンバーグを口にほおばった。
その夜。
刹那は自室で勉強をしていた。
「セツ兄ー、お風呂空いたよ~」
「……はーい。」
夜なのにいつも元気がいい白半の声にのんびりと返事をして、刹那はシャーペンを放った。
ノートの上をころころと転がり、水色のシャーペンは写真たてのところでぶつかって止まった。
写真たての中には、楽しそうに笑ってこちらにピースサインを向ける幼い男女の姿があった。
刹那はシャーペンを取り、ペンケースに閉まってから写真たてを手に取った。
彼の瞳が細くなる。
そして、木枠をぎゅっと握りしめ、刹那は歯ぎしりする。
すると、ドアが開き、妹の元気な声が部屋に響いた。
「セツ兄!お風呂冷めちゃうよっ!」
「………ごめん。今はいるよ。」
ことりと音をさせて机の上に戻し、刹那は着替えを持って部屋を出た。
暗闇に閉ざされた部屋の中で、窓から差し込む月の光が怪しく写真たてを照らしていた。
ーーーーー
日曜日。
最寄りの駅に集まった三人は、駅の反対側にあるショッピングモールへと出掛けていた。
言い出しっぺの琉はいつも以上にはしゃいでいて、終始光輝に「ガキ」と言われ続けていた。
「あっ!そうそうこれこれ!」
「それなら……こっちと合わせたらどう?」
「ナイス刹那!さすがぁ!」
趣味でハンドメイドをしている琉は女性客の多い手芸店に恐れるそぶりも見せず堂々と入り、品物を物色していた。どちらかというと、光輝の方が少し恥ずかしそうにしていた。
店内では、時折刹那がアドバイスを出しながら、目当てのものを買っていく。
他にも100円均一店でも即席クリスマスツリーの材料を買ったりした。刹那も文房具を買い、光輝は「別に買う物がない」そうなので、何も買わなかった。
クリスマスシーズンで店内は赤と緑がふんだんに使われていた。
女性客はともかく、やはりこの時期はカップルも多くいた。
琉と光輝はカップル客を見ながら「くっそ……リア充め……」とひそひそ言いあっていた。
そんな二人を傍観役の刹那は苦笑いで見ていた。
「……そう言えば刹那は来月だったな、島。」
「あ、ああ。」
突然話題を振られ、ぼうっとしていた刹那は慌てて答える。
島……それは、【罪の牢獄】のことである。
あの青年が課した期限の「10年」。
その期限まで、あと一年を切っていた。
そして、あまりの失敗の数に、年々島へ上る元・天翼人はいなくなっていた。
だから、四年前から、政府が一か月に一度、二人の天翼人を島へ強制的に上らせるという強硬手段に出たのである。
光輝の言う通り、一か月後、刹那の番がくる。
「そっかぁ、刹那もあれに上るんだなぁ………」
琉が感慨深そうにつぶやく。
刹那はその呟きに苦笑いを返すことしかできなかった。
すると、光輝が少し考え込むそぶりを見せる。
「確か、刹那のパートナーって………」
「あー……うん。」
脳裏に浮かぶあの暴言を吐き捨てていった端正な顔が思い浮かぶ。
正直言って、刹那と光輝は、彼が苦手だった。
だが、楽観主義の琉は面白そうに言う。
「あっ、あいつだろ!?あいつ面白いよなー!」
「ぜんっぜん面白くない!」
「光輝に同意。」
げらげらと笑う琉の脇を小突いて光輝はため息をついた。
その時、刹那の背筋がぞくりと震えた。
嫌な予感がする、と本能的に感じ取る。
刹那の顔色の変化に二人も気づき、顔を見合わせる。
そして、その「嫌な予感」は的中するのであった。
「—でさ、ほんとやばくなぁい!?」
「マジ分かるぅ!リネもそう思わないっ?」
「そうだね。僕もそう思うよ………あれ?」
きゃぴきゃぴとした複数の女子の声に混じって、中性的な男子の声が聞こえてくる。
そして、その輪から現れた青年を見て、刹那は表情を消し、光輝はあからさまに嫌な顔をして見せた。
しかし、琉だけは明るく彼に声をかけた。
「よぉ岩倉!今日もデートか?」
サラサラの茶髪をかきあげ、左右のオッドアイが証明に反射してきらりと光る。
琉より5cmほど身長の低い彼は、言った。
「まあ、そうだよ、夢宮。………ああ、キミたちもいたんだ。」
「「…………。」」
爽やかな笑みをたたえながら、まっすぐ刹那を見つめる黒と緑の瞳は冷たく彼を射抜いていた。
岩倉莉粘。
それが彼の名前だった。