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天翼の罪人  作者: 葉月 都
14/15



気が付くと、そこは白い天井の病室の中だった。

私にはまったくといっていいほど記憶がなくて、目を覚ますと弟やお父さんお母さんが私に抱き着いてきた。


それから私はお医者さんに事情を説明してもらっていた。

どうやら私は約9年間くらい眠っていたそうだ。けれど、私は記憶があやふやだけれどその言葉が間違いだということを知っている。


最後に見た技巧の…セツの笑顔を私は今でもくっきりと覚えている。

長い長い記憶の海を漂っていたところを救ってくれたのは、間違いなくセツで、私の頭をやさしくなでてくれた。あの金髪赤眼の姿も、しっかりと覚えてる。

だけど、ここにはセツの姿がなかった。




「お父さん、お母さん。」




嬉しそうに泣く両親に私は問いかけた。

二人はこちらを振り返って身を乗り出してくれた。


口に出すこともさみしかったけど、私はそれをなんとか言葉に変えた。




「セツは?」




すると、二人は顔を見合わせて不思議そうに言った。




「誰だい?その子は?」

「そんな子、いたかしら?」




私は清潔そうな白い布団の下でぎゅっと手を握りしめた。

最悪の結末が私の頭の中をよぎった。



ーーーーー



数日後。

体調が完全に回復した私は病院を後にしていた。




「よお!久しぶりだなー雛ヶ崎!」

「あー夢宮ー!久しぶりだねー!」




外にいたのは夢宮。

隣には光輝もいて、いつも通りの仏頂面でそこに立っていた。

相変わらずこいつは身長が高いなー


久しぶりに見る大柄で長身なクラスメイトに、私は話しかける。




「……体の方は?」

「んー?もう大丈夫だよ!私体丈夫だからさっ!」




自信満々にピースをしてみせると、光輝はため息をついた。

えええ……なんでため息つかれなきゃいけないのよ。


いつもの調子で話しているといつの間にか懐かしい我が家のある住宅街に帰ってきた。

そこまで来て、私は二人にもあの質問をしてみる。




「ねぇ、夢宮。光輝。」

「なんだー?」

「ん?」




手が、震える。

落ち着け。




「セツの……刹那のこと……覚えてないの?」




心臓があり得ないくらいに飛び跳ねる。




「刹那ぁ?」

「…………。」




二人は少しの沈黙のあと、言った。

無慈悲に、私の胸をえぐり取りながら。




「知らないな?」

「誰だそれ?」




ダレダソレ………


光輝のその言葉がやけにこだまして聞こえる。

私の中の「不安」と「疑問」は明確な「事実」に形を変えて私を襲った。




「………そ、そっか。」

「どーしたんだ?雛ヶ崎。」

「そいつが、どうかしたの?」




うつむく私を心配して、二人が声をかけてくる。

私は静かに唇をかみ、あふれ出そうになる感情を押し込める。



実は、目覚めたあの時から疑問に思っていた。

「なんで、セツがいないのか。」って。

両親に聞いた時も、「誰だそれ。」という回答。そして、天翼についての記憶もなくなっていることも後々気が付いた。


リハビリ中に、病院にいた人々に聞いて回った。

やっぱり、みんなセツのことはともかく、天翼も、天翼人のことも、あの島のことも「知らない」の一点張りだった。


だけど、私は覚えている。それはきっと、今も背中にある()()()のせいだろう。

天翼は自由にしまうことが出来る。だから誰にもとがめられることはない。



私は顔を上げて、二人に笑いかけた。




「ううん!何でもないっ!」

「……あっそ。」

「…………。」




夢宮は割り切ったみたいだけど、さすがは光輝だ。

横目で彼を見ながら、私ははあ、とため息をついた。



ーーーーー



懐かしい住宅街に帰ってきた私は、その足でまずは自分の家に戻ってきた。

数年ぶりに見た我が家はやっぱりほっとした。


一階奥の自分の部屋に入ると、私は普段は押入れの中に入れてあるアルバムを取り出した。

小学校、中学校、そして高校のものはもちろんなくて、保育園の写真がつい昨日とったもののように感じられた。




「あ、あった!」




見つけたのは皆でとった集合写真。

あどけない幼い笑顔がたくさんあった。


私の隣には光輝がいて、やっぱり仏頂面で目をそらしていた。

だけど、セツだけがやっぱりいなかった。


アルバムの中にある他の写真も見てみるけれど、やっぱりどこにもセツの姿はない。




「……………長い、夢でも見ていたの、かな?」




乾いた笑いがこぼれて、私はそう呟いた。

写真はどれも、【刹那】という存在自体がいなかったかのような構図で撮られていた。


全部、私が考えた夢……妄想?


だけど、背中に感じる天翼の感触が、それを夢ではないと否定していて。

私はアルバムを机の上に放り投げて、玄関を飛び出した。



向かうのは、数軒先の、彼の家。




「あら!月香ちゃん!?」

「月姉!元気になったんだ!!」




おばさんと白半ちゃんが駆け込んできた私に驚く。

荒い息を整えながら、私は聞いた。




「…………セツ、は……?」




私のその問に、二人は顔を見合わせる。

ざわざわと胸がざわつく。


そして、運命に沿ったその言葉を、私は再び聞いてしまった。




「だぁれ?その子。」

「月姉の知り合い?」




目の前が薄暗くなる。

……これで全滅だ。


私は震える声で言った。




「少し、二階の部屋を……見てもいいですか?」




おばさんは不思議そうな表情をしながらも快く承諾してくれた。

私はスニーカーを脱ぎ、家に上がる。




『いいなぁ、二階に自分の部屋あって!』

『そんなことないよ?だっていちいち階段のぼりおりするの大変じゃん!』




二階に上がって二つ目の部屋。

白半ちゃんの隣の部屋のドアには「物置」という看板がかけられていた。




『ねえ月香ちゃん。雪月花(セツゲツカ)って知ってる?』

『なにそれ?』

『日本の季節ごとの綺麗な自然のことだよ。冬の雪、秋の月、春の桜で、合わせて"雪月花"』




中に入ると、そこには勉強机やら古いテレビやらギターやらという色々なものが綺麗に整頓されて置かれていた。

おばさんってそういうとこ無頓着そうだけど、案外綺麗だなー。




『じゃあ、私は秋の月だ!』

『それなら僕は冬の雪だね。』




ぐるりと部屋を見渡していて気が付いた。

机の上に、妙な落書きがあったのだ。




『………ねぇ刹那くん。刹那くんのこと【セツ】って呼んでもいい?』

『え?うん……じゃあ、僕は月香ちゃんのこと【ツキ】って呼ぶね!』

『分かった!それじゃあこれは二人だけの呼び名ね?他の人は呼んじゃダメなの。』

『なにそれかっこいい!スパイみたいだね!』




桜と月、そして、この黒い点々は雪、なのかな?

私はその落書きをそっと指の腹で撫でる。




『じゃあ約束ね、ツキ!』

『もちろんだよ、セツ!』




ゆーびきーりげんまん


うそついたら




「………針千本のーます………」




小さいころに交わした約束。

思わずその一節が口をついでた。


その瞬間。


落書きが眩い光を放つ。

そして、私の脳内で、突然声が響いた。




『ツキへ。』

「………セツ?!」




私はあわてて辺りを見渡すけど、もちろん誰もいない。




『きっとツキがこれを聞いている時、俺はもういない。たぶん、なにもかもが終わって、全てが【リセット】されたんだろう。』


「リセット!?どういうこと?」


『これからツキに言うことは、全部天翼のかけらでしかないけれど……何回も考えた。ツキに全てを伝えていいのかなって。ツキにだけは、何も背負わせず新たな世界で過ごしてほしかった。だけど、ごめん。きっと、何をどう変えてもツキは天翼を持ち続けてしまうから、どうせなら聞いてほしいって思った。』


「……………うん。聞く。聞くよ、全部。」





そんな前置きから始まったセツの話は、思ったよりもひどいもので、途中耳を塞ぎかけた。

だけど、全部を知らなければならない。私が最後の天翼なら、セツの全部を抱えて天翼を終わらせようって思った。


そうしてセツは話してくれた。

セツの過去や、天翼人達のこと。【刹那】として存在していたときのことも色々言ってくれた。


話が終わったのは、太陽がすっかり傾きかけたころのことだった。




『…………ツキには、本当に悪いことをしてしまったよね。だけど、これだけは言わせて。』


「……………なに?セツ。」


『………俺は、ツキが大好きで、いつだってツキのことを考えてた。きっと何も出来ないことを、ツキと一緒になれないんじゃないかってうっすら思ってて、だけどやっぱりツキが好き。』


「うん。私も、セツのこと、大好きだよ。」


『でも、もう俺はいない。だから………』


「だから?」


『…………幸せに、なって。…………ツキに重い荷物を背負わせた俺が言うのもなんだけどね。』




セツの笑い声が、頭の中で響いた。

ふと机の上を見ると、落書きの光が弱まっていることに気が付いた。


セツとお別れしないといけない。




『ツキの中の天翼のDNAは弱くした……だから、もう天翼人は生まれない…はず。』


「………はずって……そこは確信をもって言ってよ………」


『だから、安心してよ。ツキ。………出来れば付き合ったりとかしたかったけど、お別れだから。』


「そうだね………でもきっとまたどこかで会えるよ…………」


『幸せに、生きて………ツキ。』




光が、消えた。

力が抜けて、私は床に尻餅をついた。


大粒の涙があふれて止まらない。




「やだ………なんで、どっかに行っちゃうの………行かないで、行かないでよ……」









セツ




















「ねぇねぇお母さん!この前のお話して!」

「またあ?懲りないね、桜。」

「僕も聞きたぁい!」




無邪気に微笑む双子の兄妹。

母親はため息をつきながらも少し嬉しそうな顔をして語り始める。




「これはね、秘密のお話。お母さんと、桜と明日斗の秘密。」

「「うん!」」

「ふふ、いい返事ね。」




同じベットで横になる二人を見つめて、母親は笑う。

そして、何度も語って聞かせた物語の冒頭を紡ぐ。




「昔々、あるところに、一人の男の子がいました。」


「その子は生まれつき、真っ白な羽を持っていて、空を自由に飛ぶことができます。」


「ねぇお母さん!」




少女が母親に尋ねた。

「なぁに?」と優しい声音で問うと、少女は聞いた。




「お母さんも羽があるよね?その男の子と一緒の羽なの?」

「お母さんの羽も、お空をとべるの?」




その問いかけに少年も加わり、尋ねられた母親は少し困った表情を浮かべながら答えた。




「そうだね……桜と明日斗の言う通り、お母さんにも羽があるよ。もちろん飛ぶことだって出来るし、不思議な力を使うこともできる。でもね……お母さんは昔約束したの。」




その答えに、二人はきょとんとする。

その表情を見て、母親はまた小さく微笑んだ。




「大事な、大事な、お母さんのお友達。」

「そのお友達は今どこにいるの~?」

「うーん……もしかしたらこのお空をのんびり飛んでるのかもね。」




すると、少年が声を上げた。




「ねぇねぇお母さん。お母さんはそのお友達とどんな約束したの?」




その問いかけに、母親は黙って優しく少年の頭を撫でた。

そして、ゆっくりと答えた。




「もう、天翼を世界から消すこと。かな?」




二人の頭上にクエスチョンマークが整列する。

母親は再び笑った。




「はい。質問タイム終わり。二人とも目を閉じてー」

「えー!」

「桜、早くお布団入って。お話聞けないよー?」




ごねる少女をなだめ、少年は布団の中に入る。

そんな姿を見つめ、母親は幼き日の記憶を思い出す。




『もう……早くしてよー』


『ほら、コウも入って!』


『セツー!もっとこっちこっち!』


『『『はい、チーズ!』』』




パシャッというフラッシュ音と共に引き戻される現実。

早く早くとせがむ兄妹に笑いかけながら、彼女は物語を始めなおす。




「これはね、本当にあったお話。だけど、このお話はお母さんと桜と明日斗、三人の秘密のお話だよ。」




そんな前置きを、やけにもったいぶって言って。

今でもくっきりと思い出すことができる彼の笑顔。

母親はきらきらとした瞳でこちらを見つめる二人に、【天翼】と呼ばれる羽の物語を語る。




きっとそれが、天翼を持って生まれ、全ての罪を抱えて【天翼人】というものを終わらせる役目を彼から受け持った私の使命だから。苦しみを抱え、大きな代償とともに終わらせようとした彼の意思だから。

だけど、こうしてお話にしてこの子達に伝えてしまうのは、まだどこか私に心の弱さがあるから。


だけど、覚えていてほしい。



こんなことがあったんだよ、って。

彼はこんな人だったんだよ、って。



それが、最後の【天翼の罪人】である私の仕事なら。



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