花
「月」を投稿後インフルエンザが発覚し、書き終わり寸前で布団に崩れ落ちておりました。
やっと復活したので投稿します。
地面を蹴る。
蹴る。
蹴る。
刹那は自らの体力を限界まで振り絞りながら走っていた。
いやなほど静かなその廃墟達は、刹那の行く先を遮るようにそびえている。
彼の口からは荒い息がはかれ続けているが、決して足を止めない。
ただ一直線にあの樹のもとへ向かう。
少女を……月香を救うために。
「………じゃ、まっ!」
ちっ、と舌打ちを漏らし、刹那は目の前に現れたぼろぼろの廃ビルを迂回してよける。
刹那はこの時ほど、RPG小説の主人公のようなビルを片足で破壊する力が欲しいと思った。
「早く、早く、もっと早く!」
莉粘に先を越される前に。
ーーーーー
無我夢中に走っていると、彼はいつの間にかあの大きな木の上にいた。
息が切れる。
手足ががくがくとして、今にも倒れてしまいそうだけど、彼は残り僅かな気力を振り絞り歩き出した。
がさっ、がさっ、という木の葉を踏む音がやけに響いて聞こえる。
両手をぎゅっと握りしめ、彼は鳥かごへと向かう。
「待ってて、月香ちゃん………」
呼吸を整えながら、莉粘はそうつぶやいた。
近くで見ると、その鳥籠は四階建てのビルぐらいの大きさがあって、漆黒の鉄格子がやけに重々しい雰囲気を醸し出している。
莉粘はゆっくりと鳥籠に近づき、中を見た。
そこには、一人の少女がいた。
格子越しでもよくわかる滑らかになびく長髪。幼さの残る整った顔立ち。そして今にもはばたかんと広がる翼。しかし、少女には"色"がなかった。
莉粘はそっと鉄格子を握る。そして、話しかけようと口を開いた、
次の瞬間だった。
「う、あああああ!!」
思わず叫び声が上がった。
体中を流れた電撃に、莉粘は腰を抜かして地面にへたり込んだ。
すると、突然声がかかる。
「………悪いけど、君には触れさせないよ。」
少年のような高い声。
莉粘は恐る恐る声の主を探して上を向いた。
次の瞬間、彼の体が再び数メートル吹き飛ばされる。
「………っ、神楽……!」
「確かに僕は神楽だけど、正しくは間違いだ。」
冷たい視線が莉粘を射貫く。
色のない世界に現れた一対の白い翼。
それの持ち主は小さく笑った。
「君はあの子を救うことはできない。なぜなら、それは望まれていない未来だから。それが、この翼に溺れた世界に下される罰だから。」
神楽の声に交じり、色気を含んだ女性の声が被さる。
莉粘の左右の瞳に恐れが宿った。
「お、前は……誰?」
「「君に名乗る名前はない。望まれぬ運命を持った【承認欲】の少年、岩倉莉粘。」」
激しい風が巻き起こる。
思わず腕で顔を覆う莉粘の体は、あっという間に空を飛んだ。
彼の瞳から、静かに涙が流れて風に散った。
ーーーーー
無我夢中に走っていると、彼はいつの間にか大きな樹の上にいた。
息が切れる。
だけどなぜか体力はそこまで減っていなくて、彼は態勢を整えた。
がさっ、がさっ、という木の葉を踏む音がやけに響いて聞こえる。
両手をぎゅっと握りしめ、彼は鳥かごへと向かう。
「待ってて、月香…………」
呼吸を整えながら、刹那はそうつぶやいた。
近くで見ると、その鳥籠は四階建てのビルぐらいの大きさがあって、漆黒の鉄格子がやけに重々しい雰囲気を醸し出している。
刹那はゆっくりと鳥籠に近づき、中を見た。
そこには、ずっと逢うことを待ち望んでいた一人の少女がいた。
格子越しでもよくわかる滑らかに風になびく長髪。まだ幼さの残る可愛らしい顔立ち。そして今にも空へとはばたかんと広がる天翼。しかし、少女には"色"がなかった。
刹那はその巨大な檻をぐるりと周り、人が通れるほどの扉を見つけた。
そこには真っ黒な南京錠があったが、鍵穴がない。
ヒート寸前の思考の中、刹那はゆっくりとした動きで南京錠に手をかざす。
ピキン、という心地よい音とともに、南京錠が木の葉に吸い込まれていった。
靴と金属の床が互いに響きあい、リズムを刻む。
刹那は静かに少女に近づいた。
音が消える。
色をなくした祈りを続ける少女に、刹那は抱き着いた。
その瞬間、二人を中心に風が巻き起こる。
ざわざわと木の葉が揺れ、決して綺麗とは言えないメロディーを奏でる。
少女の瞳に、光が灯る。
そして反対に、見開かれた彼の瞳から光がすうっと消えた。
少女に色が戻ってくる。
力が抜けたように少女は彼に倒れこみ、小さく息を吐いた。
金色の髪がその動きに同調して揺れる。
ゆっくりと、月香が顔をあげる。
「………せ、つ……?」
か細い声が、彼の鼓膜を震わす。
その言葉に答えるようにそっと頭を撫でると、月香はそれに答えるようにブルブルとやけに細い腕を伸ばして彼の頭を一度撫でた。
静かに目を細め、気持ちよさそうに笑う。
次の瞬間にはパタリ、と月香の手が地に落ち、再び気絶してしまう。
刹那は気絶した月香を抱えなおし、檻を出た。
「ごめんね、ツキ。………本当に、すまない…………」
小さく呟き、刹那は翼を一度羽ばたかせる。
そして、少しずつ翼の感覚を戻してから静かに飛び上がる。
「もっと………ツキと………」
その言葉と共に宙を雫が舞う。
だが翼から巻き起こる風がそれをかき消した。
島を覆うガラスドームの一部の天井が、激しい音と共に割れる。
そこからロケットのように飛び出していく白い塊。それは島の少し上空で動作を止め、静かに君臨した。
ーーーーー
突然の破裂音に、人々は何事かと上空を見上げた。
二人が島に上って早二日。
罪の牢獄があるトウキョウの街に小さなガラス片が降ってきた。幸いそのガラス片は小さなもので、そこまで大きな怪我をした者はいなかった。
「今の音……"あれ"からだよね?…たぶん。」
「うんうん……なんかあったのかなぁ?」
たくさんの話し声があちこちで聞こえる。
その中にももちろん彼らの姿があった。
「………もしかして、刹那達に何か………?」
「まさかな。あいつに限ってそんなことないだろ、琉。」
たまたま近くにいた光輝と琉も島の方を見上げる。
「でも、さっきの音って………しかもなんか降ってきたよな?」
「あれガラスのかけらかな………って、見ろよあれ!」
そんな話をしていると、突然光輝が空を指さす。
普通の人間なら何か白いものが空に浮かんでいるという風にしか見えないのだろうが、遠視の能力を持つ光輝には誰か、までは分からないが白い翼を持った誰かが少女を抱きかかえているのが見えた。
天翼人達が持つ能力を使うためのエネルギーは天翼から支給されている。だが、今は天翼がないので、通常ならどんな遠くでもはっきりと見える「遠視」だがグレードダウンされているのだ。
「え?え!?ええ?どういうこと?!」
「っち……どっちだよ…どっちだ…!」
それぞれの持つ距離感で懸命にその姿を見ようと目を凝らす二人。
その時、突然大きな喝采が巻き起こった。
「!?」
「えっ!?ええ!?今度は何事!?」
「……琉、あっち!」
戸惑う琉の腕を引き、光輝は大型ビルのスクリーンが見えるところまで手を引く。
そこには月香を抱えた刹那の姿が映っていた。
二人は息をのむ。
月香と一対の翼が閉じ込められたガラス球をこれだけの速さで刹那が持ち帰ったことにも驚きだが、それよりも、
「なんで、もう刹那に翼があるんだ………?」
ぽかんと口を開けて光輝はつぶやく。
しかし、その言葉は辺りの声にかき消された。
「やった!あの人が翼を取り返したんだ!」
「ようやく、技巧に勝ったんだ!」
「また空が飛べる!」
そんな喜びにあふれた声が辺りで上がる。
普段は喜べるはずなのに、光輝はただただ疑問と拭いきれない恐怖と戦っていた。
(得体のしれないこの恐怖は何だ?あいつは刹那なんだよな……?)
がたがたと手が震える。
「よくやったぞ青年!」
「やっとあいつに勝ったぞ!」
画面に映る刹那はさっきから視線を変えずに、ただ、まっすぐこちらを見ている。
その目は何も映しておらず、きっとじっと何かを見ているんだろう。でももしかしたら何も見ていないのかもしれない。
「…………ねぇ、なんであの子動かないの?」
「どゆこと?」
「どうしたんだ?」
徐々に周りの人々も異変に気が付き始めて、ざわつき始める。
一部の人々からは刹那に対する不満や暴言が漏れ聞こえてくる。もちろん暴言と言っても小さな陰口だが。
すると、ようやく刹那の口が動いた。
『………さようなら、忌々しい呪い。』
彼の呟きが空に響く。
その瞬間、9年ほど前のあの日のような、そんな突風が吹き荒れる。
辺りで悲鳴があがり、何かがとんでいく。ビニール袋やら草花だったりが空を舞い水色の大空に斑点模様をつけた。
いち早く顔を上げた光輝が見たのは、いつの間にか月香の姿が消えた刹那の手のひらの上で無残に粉々になるガラス球だった。
『罪を償えなかった者達が………まだいすぎるんだ。』
砕け散っていくガラス片を見ながら、刹那は…彼は言った。
再び画面の方を見直した青年の瞳は、感情をどこかに置き忘れていった真紅の色をしていた。
それを合図にしたかのように、刹那の体からはらはらと何かが剥がれ落ちていく。
真っ黒な髪は太陽を反射してきらりと輝く金髪に。
純白の翼はその羽一つ一つが少しずつボロボロな形を作り、その部分を補うように錆びた金の歯車や茶色い蔦が絡まっている。
彼の顔立ちも幼さが抜けてずっと大人っぽくなる。
誰かが叫んだ。
「まるで……"技巧"じゃん!」
風はいつの間にかやんでいて、人々は彼が割った、元は自分たちのものだったあの翼を呆然と見つめていた。そして、姿を見せた今回最大の功労者であり首謀者を前にしながらも、立っていることしかできなかった。
「えっ、嘘だろ?あの子は……実は技巧ってこと?」
「どういうこと?意味わかんない!」
辺りが再びざわつき始める。
光輝と琉は喋ることすらせず、ただ茫然としたまま刹那、だった人を見上げていた。
『金を求め、誰かを守ろうとし、人を身勝手に汚し、自分のためだけに行動し、共存を忘れて全てを喰らい、誰かに自分を見てもらい見てもらおうと他人を蹴落とし、世界が自分を中心に動いていると思い込み独り占めをしようとする者達に……天翼はいらない。
あれはただの【欲望の象徴】だったんだよ。』
冷たい瞳が画面を貫く。
すっかり姿を変えた青年は、自らのボロボロになった翼からためらいもなく一枚羽をちぎりとる。
人ごみの中から「ひっ」という声がいくつも聞こえる。
『さようなら、忌々しい呪い。それと……大嫌いな世界。』
技巧の翼はその羽を画面に向けて投げつける。
一瞬で画面が黒と白に染まる。
刹那
大きな爆発音がとどろく。
島のあった場所で白煙が上がり、爆風が地上まで届いて再び物を宙に浮かせる。
気が付くと、9年そこに鎮座し続け復讐の対象として君臨していた【罪の牢獄】は消えていた。
そして、それと共に、人々に束の間の夢を与えた【天翼】も消え去った。
儚く消えたそれは、きっと、深い深い傷を歴史に加えたのだろう。