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天翼の罪人  作者: 葉月 都
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気づくと、僕は見覚えのある教室の中に立っていた。

中央一番後ろの席。たいして前じゃないのに黒板がよく見える席。


僕は全身の血の気が引くのを感じた。




「はい!では、この問題が分かる人~!」




その言葉に、僕ははっと目線を黒板に向ける。

見たことのある女性教師がぐるりと教室の中を見渡しながら聞いてくる。

すると、少年特有の低くも高くもない声が教室に響いた。




「莉粘ならできんだろー!莉粘やれよ!」

「あっそうだな!莉粘がやれよっ!」




忘れたはずの声の合唱。

僕の口角がぴくりと固まり、少しずつ呼吸が荒くなる。


な、んで……こんなの、もう、"過去"のことなのに………




「やーれーよー!りねん!」

「ほらほらいけいけー!」




横の席から隣の女子の小さな笑い声が聞こえる。

恐る恐る立ちあがった僕は、そこで自分の体が小さくなっていることに気が付いた。

少しごつくなってきた手は小さな子供のような柔らかくて小さな手になっていて、教室も少し広く感じた。


どうしてこんなことになっているのか全く分からない。

僕は確か、あいつと一緒に島にのぼって、それで、真っ黒な坂を上っていたら突然光が出てきて……




「じゃあ岩倉くん!答えてね。」

「…はい。」




机の間を通り抜け、僕は黒板へ向かう。

これは小学生の時の記憶………まだ、僕が今の僕じゃない、弱かった時。


小学生の歩幅だから、あんまり早く進めなくてもどかしい。


その時、突然体ががくんと前に倒れた。

心臓が大きくはねる。




「おい、なにこけそうになってんだよー!」

「大丈夫かー!」




笑い声が起きる。

ぞわり、と背筋が震え、思わず声が漏れる。




「大丈夫?岩倉くん。」

「………はい。」




こけるまではいかなかったけど、あやうく倒れるところだった。

大きく深呼吸をして、再び歩みを進める。


黒板の前に立って、チョークを握りしめる。

簡単な問題だけど、勝手に手が答えを書き始める。

それは僕の目から見てもその答えは違っていた。




「………残念!違うわねー」

「なんだよ違うのかよー!ダメだなぁりねん!」

「ばーかばーか!」




先生がそう言った瞬間飛んでくる野次。


たかが問題一問間違えただけでそれは、さすがに言いすぎだろ。

僕は黒板を向いたまま、背中で言葉を受ける。


とぼとぼと自分の席に戻り、僕は再びぐるりと教室を見渡した。




「じゃあ、今度は君端くん!」

「はーい!」




一人の男子生徒が立ち上がり、黒板に向かい、さっき僕が間違えた問題を一からとき直していく。

その光景をぼうっと見ていると、突然僕の脳裏に声が響いた。




『ぼくは、弱かった。』




ぴしりと体が硬直する。

その声は、間違いなく、僕の小さい頃の声そっくりだった。いや、僕の声だった。




『ぼくはあいつらにいじめられていた。ぼくの背中にあるはねは、いじめをとめられるような力をくれなかった。』




目の前がぼんやりと霞んでくる。

ぐにゃりと風景がねじ曲がり、天地が逆さまになってしまうような感覚を、僕は確かに感じた。


気づくと、僕は日暮れの体育館裏にいた。

そして、その瞬間、腹部に強い衝撃が加わる。

驚いて顔を上げると、そこには数人のクラスメイト…いじめの主犯格の数人がいた。




『一週間に、一回。ぼくは体育館の裏によびだされてぼこぼこに殴られた。あらがえなかった。ぼくは、弱いから。』




幼い僕が言葉を紡ぐ。

その間も僕は殴られ続け、はあはあと息が切れる。


一体、何なんだ、これは………!?

これが、試練なのか?




『ぼくのゆいいつの楽しみは、あの空間で叫ぶことだった。叫んで、叫んで、叫んで……すごく気持ちよかった。』




また景色が歪み、今度は真っ白な空間に出る。

そこには、僕と、幼い僕がいた。



僕の能力だ。



僕は直感的にそう感じた。

天翼の能力。天翼を持った人間は、極稀に不思議な能力を使えるようになる。僕の場合は別空間を作り上げるという能力だった。


能力を使うためのエネルギーは天翼から貰っていたからここ九年ほど使っていなかったけれど、僕はこの力があまり好きじゃなかった。




『だけど、()()()()……あいつのせいで、ぼくのはねはなくなった。だけど、ぼくを強くしてくれたのもあいつだった。』




あいつが現れたのは、僕が七歳くらいのころ。

小学二年生からいじめられていた僕に転機が訪れたのは、あいつの……【技巧の翼】のおかげでもあったかもしれない。




『はねに頼っていたぼくは、はねをだいしょうに勇気を貰った。くうかんに向けていたストレスを、あいつらに向けたんだ。』




小2の冬。僕は初めてあいつらに反抗した。

非力ながらも、僕は戦った。


そして、僕は負けた。


やっぱり、っていう結果だったけど、僕はとても気持ち良かった。




『すごく、すがすがしかった。きもちよかった。ぼくだってできるんだぞって、思った。』




そこで、僕は考えた。

そうか、力を見せればあいつらに勝てるかもしれない。僕が今までいじめられていたのは僕が弱かったから、弱そうだったからだ。


なら、僕を強く見せればいい。




『ぼくはその日から目立つ行動をはじめた。やっぱり少しこわかったけど、頑張った。』




家でも勉強の時間を増やしてしっかりと予習をした。

運動も苦手だったけど、毎朝家の周りを走ったりした。


授業では積極的に手を挙げて、発表した。もちろん、正解が多くなった。

体育では少しずつ体力がついてきて、体力テストの記録も一年生の時よりかなり上がった。


僕の席の周りには、少しずつ人だかりができていた。




『ぼくはすごくうれしかった。ぼくでも出来るんだ!って思えて、うれしかった………』




いじめっ子達はいつの間にか鳴りを潜めて、僕は一躍クラスの中心になった。

髪型とかも変えてみて、着ていく服もちょっとかっこよくしてみた。




『ぼくはあっというまに有名人になったみたいでたのしかった!』




少しずつ僕は、"弱い僕"から抜け出した。

僕は、あいつらに勝ったんだ…………


あの時を思い出して、僕の気持ちが最高潮にあがる。


だけど、もう一人の僕の声は違った。




『………でもね、ぼくはやりすぎた。』

「………え?」




僕自身の声を、久しぶりに聞いたような気がする。

白一色だったはずの空間に、小さな、小さな亀裂が入る。その奥に見えるのは、黒。



それをみちゃだめだ……



僕は直感的にそう感じた。




『ぼくが努力したのは、いじめっこ達を見返すため…………だけど、()()はやりすぎたんだ。』

「やりすぎた…って、どういうことだよ…………」




壁の亀裂がどんどん大きくなる。

とうとうそこから黒い霧が出てきて、足元を覆ってくる。


弱い僕が静かに笑いかけてくる。心底、不気味だ。




『きみは結局、いじめっ子達と同じになってしまったんだ………知ってる?きみに、きみのせいで蹴落とされた人達のコト。』




ふふっ、と笑う弱い僕。

まったく身に覚えのないその事に、僕は小さく後ずさる。




「な、んのこと………?」

『そうだよね、ぼくにとってはどうでもいいことだもんね。分かるよ!だって、僕だし!』

「…………?」




突然、僕の雰囲気が変わった。

気づくと、僕の膝下あたりまで黒い煙が迫っていた。


あの白い空間はもうなくなっていて、黒い亀裂はあちらこちらで出来、白い壁はほとんどなかった。




『じゃあ、教えてあげるよ…………ホントの事を……』




その時。

僕が地面を指さす。


僕はその指先に導かれるように地面を見る。

そこには、前の白い床でも黒い煙でもなく、黒い地面があった。

僕の足元だけが白く、僕が状況を認識したのは体が半分黒い地面に吸い込まれた時だった。




『………乗り越えてよ…乗り越えられる、でしょ?ねぇ……"ヨワイ僕"?』




そんな声が低く僕の耳に届く。


とっかかりを求めて空を彷徨う手が遠くに見える。

それを最後に、"弱い僕"の意識はシャットダウンした。





ーーーーー




ここは、どこだろう………



かれこれ3時間くらい歩いているような感覚が体を包む。

あの光のあと、俺は延々と白と黒の空間を歩かされている。最初のほうはずっと真っ白だったのだが、時折気味の悪いほどの暗闇がやってくる。



そんなことを思っていると、突然暗闇に変わる。



そして、再び白くなる。

分からない……なんなんだ、ここは……………


きっと莉粘も同じような空間にいるだろう。俺達は確かに島に入った。だから、これが島の…技巧の翼の…月香をさらったあいつの【試練】とやらなんだろう。

…………でも、分からない。




「………ゴールは、どこだ?」




ぽつり、と口からもれる。

その瞬間、俺の言葉を合図にしたかのように、空間の色が一瞬にして暗闇へと変わる。


それに名前を付けるなら、「漆黒」こそがあっているだろう。




「………なにか、」




俺は




「………大事なことを、」




覚えていなくてはならないことを




「…………忘れている、気がする。」




その漆黒が暗さを増す。

そして、俺の体は何の前触れもなく重力に従い、落ちていった。



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