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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

▲お題に合わせて・掌編シリーズ(此岸と彼岸)

【三題噺】もしも奇跡があるのなら 〜嵐の中娘を迎えに出た父親の起こした奇跡〜

作者: にける

三題噺

お題は「台風」「磁石」「粗大ごみ」3000文字以内

 暴風が乱暴に窓をノックする。

 窓が音を立てて揺れるたび、娘は二人磁石のようにぴったりと身を寄せ合った。


「パパ、 いくらなんでも遅すぎる」

「すごい風だよ。雨だって……ひゃっ」


 ドンっと地響きがするような雷鳴。

 娘達は跳ね上がり、ぎゅっと身を縮めた。

 雨粒は下から横から霧吹きで吹き付けたように舞い上がって、パタパタと窓に貼りついていく。



 うちには娘が三人いる。


 今日は台風が来るからうちにいなさいと言ったのに、反抗して遊びに出た次女の芽衣子はそのまま戻って来ていない。


 きっと友達の家やどこか店で雨宿りしてる。

 連絡手段がないだけで、無事でいるわよ。

 そんな私の主張を振り切って、風が強まり、雨が激しくなる中、パパは次女を探しに出たのだ。



「あたしも見て来る」


 長女がすくっとたちあがる。


「おねぇちゃんまで行っちゃ、やだぁ!」


 末娘が長女にしがみついて半泣きの声をあげた。


「だって芽衣子ちゃんが……」

「バカ言ってんじゃないよ。あんたが出てもクソの役にも立ちゃしない」


 ピシャリと長女の意見をはねつける。

 この子はパパに似て直情的な考えなしだ。


「パパに任せておけばいいの。こんな時くらい使えなきゃ、あのバカ本当にただの粗大ごみになっちまうじゃあないか」


 悪態をつきながら硬く手を握りしめる。


 避難が始まる前にとリュックに下着を突っ込みながら窓の外を睨みつけた。


 どうか、何事もなく。

 どうか。






 突然、雨の雫の内側にとぷんと閉じ込められたみたいに世界から音が消えた。


「パパ!」


 泣き虫の末娘が顔を歪ませる。

 音は口パクしているみたいに遠く、かすかな振動だけが肌に届く。

 駆け寄ろうとする末娘の動きは水中を走るようにスローだ。


「ごめん、遅くなった」


 反してパパの声はくっきりと耳に届いた。

 耳に、ではない。

 頭に直接注ぎ込まれたような振動を伴わない思念だ。


「あんた、これは一体なんなの?」

「ごめんなさいママ。パパを叱らないで。私が素直に言うことを聞いてたら、パパは……」


 髪の先からいくつもの雫を垂らす芽衣子の頭を、パパは大きく撫で回した。

 パパの手は、シャツは、髪の毛もどこも濡れているようには見えない。


「ここは危ない。いいか、すぐに俺がお前達を避難所へ送り届けるから、じっとしてろ」

「あんた、何を言ってるのか全然わからない。ちゃんと説明して!」


 パパは私の問いに答えず、次女の背中を押した。

 次女が長女の胸に飛び込む。


「芽衣子はちゃんと店の中で雨が止むのを待ってたよ。お前の言う通りだ。俺はあんな雨の中出て行くべきじゃなかった」

「でも、あんたはちゃんと芽衣子を連れて帰って来てくれたじゃないか」


 私の言葉に、パパは困ったように笑った。


「土砂が崩れたんだ。俺は逃げ込む前に飲まれちまった。飲まれた直後、店の中で震えてる芽衣子が見えた。部屋でそわそわしている二人や、ママの姿も。それで気づいたらこんなことが……これは奇跡かもしれない」

「バカじゃないの」


 目の前のパパの姿は蜃気楼のようだ。

 払えば消えてしまいそうに頼りない。


「時間がない。裏山が崩れてここもすぐに土砂で埋まってしまう。だから黙ってじっとしてくれ。芽衣子をここへ運んだように、俺が安全な場所までお前達を送り届けてみせる」


 突然木の爆ぜるような音がして、私達を包み込んだ雫が弾けた。


 パパの姿が消えて、ごうと地響きの音が届く。

 家が軋む。


 間に合わなかったんだ。


「あんたと一緒なら本望さ」


 私は娘達に覆い被さり、身を伏せた。


 もしも奇跡があるのなら、私にもパパと同じ、娘達を守る力をください、と願って。





「……愛してるよ、ママ……有以子」


 消えたはずのパパの声がして、顔を上げると目の前にパンが差し出されていた。



「……高田さん、高田有以子さん? 夕食だよ。娘さんと四人分。少ないけど我慢してくれな」

「ここは?」

「混乱するのも無理はない。命からがら逃げて来たんだもんな。もう大丈夫だからね。娘さん達ははみんな無事だ。よく眠ってるよ」


 目の前の男は胸にパンを押し付けて、紙パックのお茶を差し出す。


「パパは、高田敦己は避難して来てませんか?」


 男は首を振り、気の毒そうに目を細めた。


「あなたが無事でいて、娘さん達は幸せだ。これからも側で守ってくれる人がいるのだから」




 奇跡は、起きたのだと思った。

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