5.見習い技師ミリア、血の涙を流す
不味い、レーダーは急いで対処法を考える。
一番被害が少ないのはこのまま離脱することだ。だが我々はダンツィヒを守る軍である、論外だ。
次に浮かんだのは一部の艦艇が囮になり、それに敵が構っている間に残りの艦艇が民間の魔導船と共に民間人を脱出させるという案だ。
うぬ……この案で行こう。もう時間が無い。
「これより我が艦は囮になり、帝国艦隊を引き付ける。その間に他の艦艇は民間の魔導船と共に民間人の脱出を行うのだっ!」
動揺が艦内に広がる。仕方ないだろう、今この艦の船員は死ねと命令されたのだから。
だが我らは国を、そして民を守るために死すべき職業なのだ。
「以後新型艦が旗艦として艦隊を先導せよ。次期旗艦は長官権限でブリュンヒルドと命名する。たとえ一度ダンツィヒが滅びようとも、その名の通り最後には勝利へと導くことを期待する。最後に、各艦に送れ。ヴァルハラで待っているぞ、と」
旗艦シャルンホウストは艦隊から分かれ単艦で帝国艦隊へと突き進んでいった。
偉大なる犠牲で残りの船は港へなんとか滑り込むことが出来た。港は避難民で溢れ、そこら中から泣き声や呻き声が聞こえてくる。
ミリアはデッキに上がりその光景を見る。
彼女は激しく怒っていた。
なぜ罪のない民間人までもが巻き込まれなければならないのか。
なぜ再び手に入れることが出来た平和で幸せな日常を壊されなければいけないのか。
時折流れ弾が飛んできて民間人が吹き飛ばされる。そのたびに人々は死んでいく。
その光景を見る事しか出来ない自分にもまた、彼女は怒っていた。
「ミリアっ!大丈夫かっ?」
群衆の中から声を掛けられる。師匠だ。
「師匠!どこですかっ!」
彼女は群衆の中から必死に探す。自分の最大の恩人で、最も尊敬している人で、自分の父だと言っても過言ではない師匠ガードンを。
そして必死にこちらへ手を振る彼を見つけた。
目が合う。
「師匠っ!」
そうミリアが言いかけた瞬間。
ブリュンヒルドの至近距離に流れ弾が着弾した。
デッキに煙が立ち込める。
「師匠っ、どこですか?大丈夫ですかっ?」
ミリアは必死に叫ぶも、返答は無い。
「師匠っ!師匠っ!」
何度も何度も叫んだが、返答は無い。
徐々に煙が晴れてくる。
そしてミリアは絶望のどん底へと突き落とされた。
先程師匠がいた場所、そこにはグチャグチャになったヒトだったものが何個も転がっていた。
そしてその中には。
かつて師匠だったモノも転がっていたのだった。
いくら軍艦と言えど無限に人を乗せれる訳では無い。
しばらくするとすぐに限界が来る。
避難民を可能な限り乗せたブリュンヒルドは徐々に高度を上げていく。
「……許さない。帝国を。私から二度も大切な人を奪った奴らを」
彼女は血の涙を流しながら誓う。
「師匠、私は今から逃げます、でもいつの日か奴等を必ず血祭りに上げてやります……だから師匠、その時まで待っていて下さい」
その言葉は燃え上がるダンツィヒの空に消えていった。
1日後。
ダンツィヒから少し離れた空域。
そこに僅かな数のダンツィヒ残存艦艇と民間の魔導船が集まっていた。
「エーミールさん、私が……総指揮官ですか?」
「はい、もう士官がデーニッツ技術大尉殿しか残っていないのです。他は皆死んでしまいました。艦長代理で話し合った結果、技術士官ではありますが特例で認めるとの事です。」
まさか私が残存艦隊を率いるとは思わなかった。
一応空戦についての本は読んだことはあるが、ほとんど素人同然である。
しかしこれも奴等への復讐に役立つだろう。
「分かりました、総指揮官の座、お受けしましょう」
こうしてミリアの二度目の日常は終わりを告げ。
英雄ミリア=デーニッツの物語が始まったのだった。
ようやく戦記物語(?)が始まります。
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