51.終劇
「昇進おめでとう、ヴォルクマン大尉。貴官には正式に第2装甲連隊の連隊長となってもらう。……まあ前連隊長が戦死してから今まで代理でやっていたのだ、勝手は分かるだろう」
「ええ、まあ更に精進して参ります」
「うむ、宜しい。では下がってよろしい」
「はい、失礼します」
エルンストは一度敬礼をして師団長のテントを出た。
夕焼けに照らされた複数の戦車。
その中をエルンストは歩いていた。
すると彼に一人の男が近づいてくる。
「大尉殿、正式に連隊長になられたのですか?」
「アウレールか。ああ、そうだぞ」
「では今夜は酒盛りでもしましょうか」
「いや、明日も出撃するからな」
「支給されている分も溜まっていますし、偶にはいいじゃないですか」
「……一杯だけなら許可しよう」
「よし、それでは急いで準備しますね」
アウレールは急いで走り去る。
その後ろ姿にエルンストは少し笑みを浮かべ、再び歩き出すのであった。
「では、中尉殿の昇進を祝って。Prost(乾杯)!」
「Prost!」
男たちは一気にウイスキーを喉に流し込む。
「やはり旨いですね、連隊長殿っ!」
「君は本当に酒が弱いな、アウレール」
「いえいえ、全然酔ってませんよっ」
「それにしてはやけに顔が赤いな。……まあ一杯だけだからいいか」
そう言いつつエルンストはテントの外の箱に座り、右手のグラスの中に残る僅かなウイスキーを飲みほした。
「やはり旨いものだ。粗悪品でもな」
誰に語り掛けるでもなく、目の前浮かぶ月を見ながら彼は呟く。
涼しげな夜風が彼を撫で、暗闇へと消えていく。
背後から聞こえてくる喧騒を掻き消すような、ただ静かな空間がそこにはあった。
「大尉、ここにいらしたのですか」
何分程そうしていただろうか、ふとエルンストは声を掛けられた。
「アウレールか、酔いは覚めたのか?」
「ええ、結構前に一杯飲んだだけですからね。しかし宴の主賓が早々に消えてしまって、みんな少しだけ困惑してましたよ。まあ結局楽しく飲んでましたけど」
「それは済まない事をしたな……何分私は一人が好きなのでね」
「長い付き合いですからね、十分承知してますよ。しかし月が綺麗ですね」
「三日月だがな……満月もいいがこれもまたいい」
「ええ……大尉殿との初出撃を思い出しますね。あの時は満月でしたが」
「あの時は私も弱気だったものだ、懐かしいな」
「そうですね……本当に」
2人は静寂を保ったまま月を眺める。
そして時はゆっくりと、ゆっくりと流れるのであった。
「××××!」
朧気な意識の中、エルンストは誰かが叫ぶのを聞いた。
なんだ、宴なのだからゆっくりさせてくれよ。
「××××!」
せっかちな奴だなぁ。
そう思いつつ徐々に意識を取り戻していった。
「少佐っ!大丈夫ですかっ、少佐っ!」
はっきりとその声が聞こえる。その瞬間エルンストは完全に意識を取り戻した。
体からは砲弾の破片がザクリとささり、血は溢れ、まともに動く事さえ難しい状態であった。
「はは、今は戦場であったな。どうやら走馬燈を見ていたらしい、アウレール」
「少佐……お守り出来ず、申し訳ありません」
「君が悪い訳じゃないさ、気に病むんじゃない。そうだ、私の日記を取ってきてくれないかい?」
「……分かりました」
そういうと彼は急いで取りに行く。
「しかしまた歩兵として戦うことになるとはね。指揮官としてだが」
そう彼は呟き、軽く血混じりの咳をする。
数分程待っただろうか、アウレールがエルンストの元へと戻ってくる。
「少佐、なんとか取ってきましたよ!」
「ご苦労、アウレール曹長」
そう言うと、エルンストは日記を書き始めた。
“今日は素晴らしい日であった。
かつての仲間との思い出、それを鮮明に蘇らす事が出来たのだから。ただ残念なこともある。それは今日が私の最後の日となることである。幸か不幸か、私は共和国同盟軍が迫る首都ベルンの防衛隊を総統直々に任されることとなった。彼女はもう……幽霊の様に痩せ細っていたが。まあそれによって私は今激しい砲火の中にいる訳だ。そして治しようの無い傷を負い、今こうして書いている。
……遺言と言うには軽いものだが、一応記しておこう。私は最後まで不幸でなかった。そして私を殺した相手など恨みはしない。確かに辛いことはあったが、それはもう仕方のない事である。私が戦場で死ぬことなど最初から分かっていたし、むしろここまで生き延びれた幸運に感謝している。
だから私には家族はいないけれども、私と親しい人、同僚だとかが共和国同盟やバイエルン王国を恨まない事を望む。
最後に辞世の言葉でも。
この世は美しく、儚く、辛く、面白いものである。だからこそ、日々は大切である。
ではこの辺りで終わらせて貰おう。
共通暦943年4月29日 ベルンの街角にて
エルンスト=ヴォルクマンSPRSS少佐”
エルンストは書き終えるとアウレールへと渡す。
「君はこれを預かってくれ。その後はどうしようが構わない。ただ、私の存在証明となるそれを大切にして欲しい」
「勿論です、少佐」
「では君に指揮権を譲渡する。武装解除を行い、白旗を掲げくれ」
「……了解しました」
アウレールは部下に一言告げると、部屋の隅にある白旗を窓から掲げる。
瞬間、砲撃は止み、平穏が訪れる。
未だ硝煙の匂いが漂うその世界に、何処からやって来たのだろうか、一羽の鳥の囀りが響いた。
彼はその光景をしっかりと確認してから、意識を手放した。
エルンストが逝きました。そして物語も終わりへ!
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