4.見習い技師ミリア、同盟国上空にて最終試験を行う
魔導船の最終試験は普通平地の上空で行う。これは山岳地帯の上空で行うと万が一の時に安全に着陸することが出来ないからだ。
しかしダンツィヒ国の国土はほとんどが山岳地帯のため、今回の最終試験はダンツィヒと同盟を結んでいるザクセン王国上空で行う事になっている。
ダンツィヒからザクセン王国へは魔導船で半日の距離だ。
ミリアは移動の間、船内の支給された部屋で寝ることにした。
「うぅ……揺れが酷くて眠れない」
ミリアは高空を通る魔導船に乗ったことが無い。そのため高空特有の風による揺れには慣れておらず、全く寝付けずにいた。
「デーニッツ技術大尉殿、ゲントナーです。お話があります。入室を許可していただけませんか?」
どれほどぼーっとしていただろう。急にノックされびっくりする。
「どうぞ……エーミールさん」
ミリアは吐きそうになりつつも何とか答える。
「やっぱり大尉殿は気持ち悪くなられていますね……来て正解でした」
どうやらエーミールはバケツと薬を持ってきてくれたらしい。気が利く人だ。
「もし吐きそうになったらこのバケツに吐いてくださいね、あとこの薬は酔い止め薬です。新人の士官の必需品の一つです」
「ありがとう、エーミールさん。あなたは大丈夫なんですか?」
「もうこの揺れには慣れました。でも艦隊に配備された当初はゲーゲーしまくりでした。おそらく僕以外の人も同じだったと思いますよ。」
「そうなのね……でもなんで教えてくれなかったのかしら」
「あれっ?辞令と共に大尉殿に伝えられていたはずですが」
また師匠のせいか……帰ったら問い詰めよう。
ミリアは深くため息を吐き、師匠の悪戯好きを呪うのであった。
「大尉殿、起きてください。ザクセン王国に着きましたよ」
エーミールの声でミリアは目を覚ます。どうやら眠ってしまっていたようだ。
窓からは赤い陽に照らされた街並みが見える。
「分かりました、エーミールさん、すぐ支度します」
今日、艦隊はザクセン王国の首都、ドレステンで一泊する。普通は船の中で寝泊まりするのだが、ミリア達士官は町のホテルで泊まるのだ。
ミリアは急いで着替えや必要な物をカバンに詰め、部屋から出る。
既にほとんどの士官が部屋から出て、船から降りようとしている。
焦ったミリアは急いで地上への階段を駆け下りようとする。と一段踏み外し、ミリアの体がくらりと傾き始める。
「キャッ!」
その瞬間、彼女の体をエーミールが支える。
「大尉殿はまだ体が小さいのですから、気を付けてくださいね」
「うぅ……小さいって言うなぁ!……でもありがとう、助かった」
「いえいえ、大尉殿が無事で何よりです」
こうして何とかミリアはドレステンに降り立った。
「では私は船内で寝泊まりしますので。大尉殿、街ではしゃいでケガしないでくださいね」
「そんなに子供じゃないっ!」
ミリアは走って船から去っていった。と躓いてこけそうになる。
「やれやれ、大尉殿は大丈夫ですかね?」
エーミールは少しだけ心配そうに彼女を見送った。
「わぁ!すごく美味しそうっ!」
牛ひき肉をキャベツで包みスープで煮込んだロールキャベツ、パスタ生地の中にひき肉、ほうれん草、パン粉、玉ねぎを詰め込んだマウルタッシェのグラタン、それに何枚かの白パンがテーブルに並んでいた。
ミリアは初めて食べるホテルの夕食に興味津々だった。
まずは一口ロールキャベツを食べる。口の中にスープの香りとキャベツの甘み、それに肉の旨味が広がる。とても美味しい。
次にマウルタッシェのグラタンを食べる。
口の中に肉とチーズの旨味が広がり、そこにほんのりとハーブが香る。
「あぁ……至福ぅ」
思わずミリアは頬を緩め、声に出してしまう。
それを他の士官はかわいいなぁ、と見守るのであった。
翌日、今日は朝から最終試験が行われる。
ミリアは急いでホテルから船へと向かう。
その時、ミリアは何か視線を感じた気がした。が、気にする余裕は無かったのであった。
夕刻、新型魔導船は試験を終えドレステンへ向かっていた。
ミリアは試験の途中に空の果てまで広がる雲海を見ることができ、また無事自分の船の最終試験が終わったことで物凄く嬉しい気分になっていた。
「大尉殿、顔がにやけすぎですよ。もう少し抑えてください」
エーミールが少し引き気味にミリアに話しかける。
「うふふふふ……」
一方、あまりの嬉しさにミリアの耳には届いていないようだった。
さてドレステンに着こうかという時、激しい衝撃がミリアを襲った。
「何っ、何があったの?」
驚いたミリアは窓から外を見る。
目の前には、赤く燃え上がり地上へと墜ちていく一隻の魔導船があった。
旗艦シャルンホウストの艦橋は大混乱に陥っていた。
「ザイドリッツ撃沈、地上からの対空砲撃によるものと思われますっ!」
「なぜだ、同盟国である我々が撃たれるっ!」
「さらに地上からの砲火を確認、回避の必要があります!」
混乱の中防衛艦隊長官レーダー大将は立ち上がり誰よりも大きな声で
「一度黙れっ!」
と叫んだ。
「全艦急速上昇、上昇後ダンツィヒへ向けて最大船速で向かうのだっ!」
「エーミールさん、さっきのは何だったんですか?それに今はどこへ向かっているの?」
「どうやら同盟国であるはずのザクセン王国からの砲撃だったそうです。そして我々は最大船速でダンツィヒへと帰還しています。ダンツィヒへはもう間もなく到着します」
「分かった。ありがとう、エーミールさん」
彼女はそう言うと紅茶を飲みつつ窓から暗い景色を眺める。ふと、彼女は黒一面の中に赤い光を見つけた。
「あれは何かしら……もしかして」
そう言いかけたとき、艦内に大声が響き渡った。
「ダ、ダンツィヒに残った艦艇より通信ですっ!ダンツィヒは今現在帝国軍によって攻撃を受けていますっ!」
紅茶のカップが音を立てて砕け散った。
衝撃の展開(白目です。
しかし見事にドイツ関連のキーワードばかり出てきますね・・・マウルタッシェは南部の食べ物でザクセンとは関係なかったりしますけど。
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