44.休暇 2
「ふむ、噂通り良い景色だ」
眼下には絶景が広がっていた。
青く美しい山々の間を川が滾々と流れ、それに沿って美しい建造物が幾つも築かれている。かつてこの辺りがある王国であった頃に形成された美しい街、そしてそれらを包む雄大な自然が素晴らしい景色を生み出していた。
エルンストは美しいと噂されるエルベ渓谷を訪れていた。
かのバイエルン王国の飛び地である旧自由都市ダンツィヒからほど近くに位置する渓谷で、神聖帝国時代には多くの人が訪れた。しかし前戦争後この渓谷は共和国同盟に割譲されたため、エルンストは訪れる事が出来なかったのである。
前線から近いこの渓谷であるが、幸運な事に未だ戦争の被害に遭う事はなく、その美しい景色を保っていた。
エルンストはその事に感動しつつ、街へ向けて散歩を始めた。
「ふむ……やはりといったところか」
エルンストは街の中に入った瞬間、どんよりとした空気を感じた。
よく見てみると店には殆ど何も並ばず、建物も殆ど手入れがされていない。時には廃墟さえある。また劇場で華やかな劇が行われていることもなく、美しい音楽も全く聞こえてこない。神聖帝国領時代の繁栄ぶりからは考えられない、そんな荒んだ光景が広がっていた。
「……残念だが仕方がない。そもそも共和国同盟の手に渡った時点でこの街は終わったのだ。」
そう呟きつつ、かつての繁栄の僅かな残り香を求めて彼は再び歩き出した。
数分後、エルンストはある教会へとたどり着く。
それはかつて美しかったのであろう、高く大きな丸屋根を中心として美麗な建造物が築かれていた。しかし窓のガラスは割れ、屋根の一部には穴が開いて崩れている箇所もある。
「ここもか……」
エルンストはそう言いながらも教会の中へと入る。
その時、目の前にあった光景に彼は驚いた。
破壊された教会、その中で集会を行う熱心な信者たち。
彼らを屋根の穴から降り注ぐ幾つもの光の筋が照らしていた。
神秘的な光景だ。
破壊された屋根、神を信じる信者の姿、そして自然が生み出した光が合わさることによって初めて生まれるその素晴らしい光景に、エルンストは感動したのだった。
「……美しいな」
「もう今日も終わりか……」
夕暮れの中、エルンストは師団へ向けて車を走らせていた。
彼は明日からまた地獄に戻らないといけないという事実にややセンチメンタルになりつつも、今日という素晴らしい日に感謝をしていたのだった。
「……またいつか来たいものだ」
教会の光景を思い出しつつ、エルンストは呟いた。
「でハンス、この死に掛けのアウレールはどういうことだ?」
「ええと……街へ出掛ける予定だったので誘ったら酒場で一日中酒を浴びるように飲んでいまして……」
「はぁ、誰も止めなかったのかね?」
「それが……いつもとは正反対の性格で止めようとしたら暴れましてね」
「……次からは注意してくれ」
「勿論でありますっ!」
エルンストは床で寝転がっているアウレールの頬を叩く。
「ほらっ、大丈夫か」
「……しょういどのぉ~わたしはぁだいじょうぶでありますっ」
「どう見ても大丈夫じゃないな、分かった。しかしなんて酒の臭いだ」
「だって……ヴォェッ!」
アウレールは寝転がったまま嘔吐する。
「汚い……誰か片付けてこいつを医務室に運んでやれ」
直ぐに隊員が飛んできてアウレールを医務室へと運んでいく。
「明日の出撃は大丈夫か……?」
エルンストは独り、そう呟いた。
一度は作品の渓谷のモデル、ドレスデン・エルベ峡谷に行ってみたいです。
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