40.汽車旅
「病院暮らしも辛いな……」
とある病院の一室で、エルンストは呟く。
外はとっくに日が暮れ果て、魔導灯の灯りだけが部屋の中をぼんやりと照らしている。
彼は一昔前流行った推理小説を読んでいた。子供の時から本好きであったエルンストは暇あれば直ぐに読めるよう戦場でも持ち歩いていた……もっともそんな暇など無かったのだが。
「ほうほう……こういう事だったのか、面白いな……」
エルンストはかなりの速さでページをめくり続ける。
部屋の中はページをめくる音と彼の呟きだけが支配していた。
「こらっ!エルンスト少尉、消灯時間は過ぎていますよ!早く寝て下さい」
「す、すいません。今すぐ寝ます」
エルンストは急いで灯りを消して本を片付ける。
「はぁ……本も満足に読めないとは。寝よう」
翌日、彼はようやく病院生活から解放される事となった。
しかし、浮かれた気分の彼に一つの無慈悲な命令が下る。
「えっ、異動ですか?」
「そうだ、貴官には本国で再編中の第2SPRSS装甲榴弾兵師団第2装甲連隊第2中隊に異動してもらう」
「ってことは……戦車長になるってことですか?」
「恐らくそうだろう、まあ戦車殺しと言われた貴官のその腕を存分に発揮したまえ」
「嘘だろう……」
「では準備が済み次第出発する。駅までの車は我々が手配する。汽車の切符はこれだ、さあ早くしたまえ」
こうしてエルンストは戦車長の道を歩き出すのであった。
「ふう……面白かった」
エルンストは汽車に揺られながら、推理小説を読んでいた。
「しかしいくら急とはいえもう少しいい席を手配出来なかったのか……椅子が固い。って君、どうしたんだい?」
「いえ、少し暇だったから貴方とお話ししようと思って」
エルンストが愚痴を吐いていると12~13歳だろうか、ある少女が声を掛けてきた。
「いや、別に構わないが……よく軍人に声を掛けられたね、人によってはとんでもないことになるよ?」
「貴方は他の軍人に比べて優しい、というか気が弱そうですから。この方なら大丈夫と思ったの」
「酷い言われようだが……まあいい。しかし僕が話せる事なんて少ないよ?」
「いえいえ、ただ前線の様子が気になって……新聞では勝利したとしか書いてないから分からないの」
「き、君、なんてこと言うんだ……耳をこっちへ」
そう言うとエルンストは少女の耳元へ口を近づける。
「な、なにをするんですのっ!」
「いいからよく聞いてくれ。今の発言を憲兵やらSPRSS本部の犬らに聞かれたら大変なことになるぞ……今後は控えるんだ。まあ今回は教えてあげてもいいが」
「わ、分かりましたわ。で戦線の現状は?」
「……正直地獄さ。ずっと死ぬかもしれない恐怖に襲われるし、昨日一緒に同じ釜の飯を食べた奴が翌日にはバタバタ死んでいくんだ。……気でも狂わなきゃやってやれない所さ。所でなんでこんなことを聞いたんだ?」
「実は私の父が戦争に行ってまして……と言ってもこの辺りからは大分離れた戦線だと聞いていますが」
「なるほどね……まあ君が祈れば何とかなるかもしれない。勿論……まあいい、僕が話せるのはこのくらいかな。折角だし君も僕に何か話してくれないか?」
「分かりましたわ……最近凄い軍人が新聞で報道されていまして、その中でもイケメンな方は女の子の注目の的になっていますわ」
「へぇ……そうなんだ。例えば?」
「うーん、戦車乗りの人もかなり人気がありますけど……やっぱり何と言っても’戦車殺し’のヴォルクマンが一番人気ですね!」
「ぐふっ……!」
代用コーヒーを飲みかけていたエルンストは壮絶に噴き出す。
「きゃっ!……ちょっと、汚いですわね」
「す、すまない。でどういった所が人気の理由なんだい?」
「うーん、壮絶なエピソードもありますけど……やっぱり力強い眼ですわね!まるでどんな相手でも萎縮させてしまうような眼が女の子の心も落とすんですわ!」
「そ、そうか……」
まさか緊張で強張っていただけとは言えず、相槌を打つ。
「……本当、貴方とは大違いですわね、そのなよなよしい眼。もっと戦車殺しさんを見習って下さいな」
「そこまで言わないでくれ……」
「あ、貴方。本気で落ち込む必要はないでしょう、ね?聞こえてますの?」
エルンストは少女による情けない精神攻撃により、到着するまで俯いたままであったという。
「さて、貴方ともお別れね。」
「そうですね……」
「ほら、私も悪かったから元気を出すのよ」
「大丈夫ですから……」
列車の終着駅で、二人には必然的な別れが待っていた。
「はぁ、そういえば貴方の名前を聞いていなかったわね」
「……エルンストだ」
「あら、貴方戦車殺しと同じ名前ですのね、意外ですわ。さて言って貰ったからには私の名前も言わないとね、エヴァよ、エヴァ・ブラウン」
「ふむ……エヴァ、元気でいるんだ。あと少し優しめな口調にするんだぞ」
「エルンストさんこそ、その気の弱さを治すのですわよ。じゃあ元気でね」
少女はエルンストの前から走り出す。そしてホームの少し向こうにいる女性と手をつないで、去っていった。
「こんな出会いもあるから汽車は楽しいんだよなぁ……さあ、自分も部隊へ向かわなければな」
エルンストは大きめのボストンバッグを手に、歩き出した。
戦記とは(哲学
ブクマや感想、評価お待ちしています




