3.見習い技師ミリア、ついに設計した船が完成する
設計図完成から一年。ミリアは15歳になっていた。
あれから多くの事があった。
まず神聖帝国と共和国同盟の和平条約が失効した。それと同時に両勢力とも軍拡を開始。さらには国境付近で小競り合いが起きるなど、緊張が高まっていた。そこでダンツィヒ防衛艦隊はさらなる増強を決定。既存型の小型艦艇の生産を開始していた。
その中で、現在建造中のミリア設計の魔導船は上層部からさらなる注目を浴びていた。元は2年ほどで完成させる予定が1年に変更され、さらなる労働力が建造に追加された。
そして今日、ミリアの魔導船はめでたく進空式を迎える事になったのだ。
幸運なことに、空は雲一つないほど晴れ渡っている。進空式には最高の天気だ。
しかし式典に招待されたミリアの心の中は大荒れであった。
式典には防衛艦隊長官や多くの大臣だけでなく、ダンツィヒ国王まで参加することになっている。そんな中にいくら設計したとはいえ自分が混じっていいのだろうか。孤児である私は蔑まれてしまうのではないのだろうか。
「ミリア、そんな暗い顔してどうしたんだ。何があった?」
ガードンはそんなミリアを見かねて声を掛けた。
「師匠!実は…」
ミリアは心中を師匠に全て吐き出した。
「馬鹿者!ミリア、お前は自分を誇っていいんだ。あの船はお前が設計したんだ。孤児だからとか一切関係なくお前は評価されるべきだし、実際この国でではされる。それにだな、そんな理由でミリアを蔑む奴は俺が殴ってやる」
「師匠っ、ありがとうございます!」
ミリアは思う、なんと自分の愚かな事か、なんと師匠はカッコいいのだろうか、と。
やっぱり師匠のように私はなるんだ。そうミリアが再確認するころには既に心の中はピタリと雨が止み、空と同じように晴れ渡っていた。
「何とか進空式が終わった……やっぱり緊張したなぁ。でも無事に終わって良かった。さーて、明日は試験航行か、用意しなくちゃ」
ミリアは独り言をしながら寝泊まりの準備を進めていた。
試験航行では防衛艦隊の一部の艦艇と3日をかけて細かな最終試験を行う。設計者であるミリアはそれに同行する予定になっているのだ。
「あー、明日が楽しみだなぁ。初めて軍艦に乗るし、どんな景色が待ってるんだろう。いつも軍艦の船員さんが言ってた雲の海って本当にあるのかなぁ……?」
通常民間の魔導船は低高度しか飛ぶことが出来ない。しかし軍用魔導船には高高度航行性能も求められるため、民間船よりも高く飛ぶことが出来るのだ。さらに試験航行では何度も高高度航行を行う。そのため、ミリアはまだ見ぬ景色を心待ちにしていたのだ。
翌日、朝。
ダンツィヒの魔導船港には多くの防衛艦隊所属船が集まり、てんやわんやの騒ぎとなっていた。
「通りまーす、通してくださーい」
少女であるミリアはその小ささ故中々目的地である新型艦へ向かうことが出来ずにいた。
「ほらよお嬢ちゃん、こっちだ」
すると軍服を着た若い男がミリアの手を引っ張り、船の下へと連れて行ってくれたのだ。
「お兄さん、ありがとう!」
「なんて事はないよ、それよりもお嬢ちゃん、誰かの見送りかい?」
ミリアは少しだけムッとしつつも
「違いますっ!私はこの船の設計者として同乗するんです!」
と答えた。
すると男の顔色がみるみると変わり始めた。
「申し訳ございません、技術大尉殿!小官はエーミール=ゲントナー伍長と申します。数々の無礼、申し訳ありませんでしたっ!」
「ぎじゅつたいいどの……?」ミリアは混乱した。
「もしかして存じておられませんでしたか?実はミリア=デーニッツ殿には今日付けで技術大尉との辞令がでております」
ミリアは驚愕した。自分が知らぬ間に技術大尉になっているとは。というか師匠、教えてくれなかっただろ。
ミリアが固まっていると、別の軍服の男から声を掛けられた。
「デーニッツ技術大尉殿、長官がお呼びです」
なん…だと……長官といったら防衛艦隊長官じゃないか。
「わ、分かりました!すぐ行きますっ!」
ミリアは全力で走った。
ふう……何とか長官とのお話が終わった。
期待されるのは嬉しいが余りにされ過ぎると逆に辛いな。
そう考えつつ歩いていると、ミリアは目の前にあの男を見つけた。
「師匠っ!なんで教えてくれなかったんですか!?」
「おっ、その様子ならもう知ってるようだな!」
「急に尉官になったと教えられて混乱してるとすぐに長官と会話だったんですよ!」
「悪い悪い、サプライズにしたくてな」
「そんなのいいから普通に教えてくださいっ!」
「……すまない。じゃあミリア、気を付けるんだぞ……」
師匠は落ち込み、とぼとぼと去っていった。
ミリアは悪戯好きの師匠に呆れつつも、ちょっとだけ言い過ぎたかなと反省した。
試験航行から帰ってきたら好きなパイでも焼いてあげよう。
試験航行の始まりの時間になった。
出発する船の周りには、多くの見物している市民がいる。
彼らのお目当てはもちろん新しい魔導船だ。
その船に乗るミリアは彼らの視線を受けつつ少しだけ誇らしい気分になる。
ミリアがここまで注目されたのは生まれて初めてだ。
目立つのは嫌いだったけど少しはいいかもしれないな……そうミリアは思った。
魔導船の上昇が開始し始める。
魔力が船体の隅々に行き渡り魔法が作動する音が響いてゆく。
最初はゆっくりと上がりはじめ、高くになるつれて徐々に早くなっていく。
あっという間にダンツィヒを一望できる高さに到達した。
「あそこが私たちの工房かー、であそこがいつもの市場でここがさっきまでいた港か。こうしてみると意外と小さく感じるなぁ」
デッキの端でミリアは誰に向けてでもなく一人で呟いていた。
「しかし私の船がきちんと動くとは……やばっ、泣きそう」
ミリアは思わず涙を流した。
自分の夢の一つである、自分が作った船で街を一望することが出来たからだ。
彼女の涙はしばらく流れ続け、それらはいくつもの粒となりダンツィヒの街へと消えていった。
それがダンツィヒに降った最後の雨だった。
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