1. 見習い技師は大仕事を任される
「おはようございます、師匠。」
とある工房で少女の声が聞こえる。
「おう!おはよう、ミリア。今日も元気がいいな」
そしてそれに答える壮年の男の声が響く。
私の名前はミリア。ダンツィヒのとある工房で修行している魔法船技師見習いだ。
でこの男が私の師匠のガードン。厳しくてすぐに怒鳴ることもあるが、実は優しさにあふれた、私の大好きな師匠だ。
「ミリア!実は大きな仕事が入った。お前にも手伝ってもらうぞ!」
「是非ともしたいです、師匠!」
滅多に来ない大きな仕事と聞き、私は思わず大きな声で答える。
「積極的でよろしい!では仕事について説明する。この度ダンツィヒの防衛魔導船を造ることになった」
「……マジですか?」
ダンツィヒの防衛魔導船を造ることは滅多に無い仕事の上、とても名誉なことだ。
「もちろんだ、でミリアには魔導船の設計をしてもらう。」
「そんな重要なところを私がしていいんですか!?」
船の設計ははとても重要で普通はベテラン技師が担当する場所だ。
「本当なら私がしようと思っていたのだが、ミリアももう見習い五年目だ。このレベルの仕事をするには十分だろう。ミリアの机に詳しい書類を置いておいた。仕上がり、期待しているぞ。」
「あ、ありがとうございます!期待に応えてみせます!」
今日はなんと素晴らしい日だろう!見習いを続けて早五年。遂に大型船の設計を任せてもらうことが出来た。
私は昔を思い出しつつ、今の喜びを噛み締めて職場へと向かった。
「ママは……パパは……?」
「遠い所に行ってしまったのさ、もう会えないところに。さあミリア、ここは危険だ、早く行こう」
燃え続ける街から、私は軍人の叔父と共に逃げた。私は泣く事すらできずに、ただ茫然と叔父に連れてかれた。もう今では父と母の顔でさえまともに思い出せないのに、あの時の赤い炎はいつまで経っても忘れることは出来なかった。
当時、神聖帝国と共和国同盟の間で激しい戦争が起きていた。新たな兵器によって地は歪められ、人々は無残に殺された。後に当時そこで戦った兵士から、そこは地獄だったと聞いたことがある。最も、その兵士は気が狂ってしまって既に世にいないのだが。
当時幼い娘であった私には、そんな難しい事なんて分かりもしなかった。繰り返される理不尽の中で、感情さえ表すことが出来ずにただ叔父に連れられて行くことしかできなかった。
私は連れらている間に多くの物を見た。
道端に転がってる人だったモノだとか、無残に破壊された街だとか。
そんな混沌とした光景は、私の心何度も何度もに刻まれていった。
そうしてやっと辿り着いたのが、今私が住んでいるダンツィヒだった。
当時ダンツィヒは中立国であり安全であった。そのため、叔父はそこに住む知り合いの船技師に私を預ける事にしたのだ。
初めて会った師匠は悲しく、そしてやや後悔した表情だった。彼も兵器を作っていた一人であったからだ。当時の私は初めて会う男に困惑しつつ、久しぶりに訪れる平穏を無邪気に喜んだ。しかし叔父はそこに居続ける事は許されなかった。軍人であるが故に。
叔父との別れの日。彼は悲しげな顔で私にこう言った。
「また迎えに来るから、それまで良い子で待っているんだよ」
私は素直に頷き、笑顔で彼を見送った。大人の都合なんて、小娘には理解しようがなかったのだ。
結局私が12歳になる頃、和平と言う形で戦争は終わった。勿論、彼は迎えに来ず、成長した私はそれが何を意味するか理解し、初めて泣いたのだ。
無益な戦争に、親や親戚、友達など私の日常に欠かすことの出来ない大切な人が殺された事に対して。
暗い感情に支配される日々が続く中、ある日師匠に工房に来てみないかと誘われた。私は最初は断ったものの、一度も行ったことが無い彼の職場に段々と興味を持ち、最終的に付いていくことにした。
そこで師匠や大勢の工房の船大工らが必死に働く姿を私は見た。
彼らは輝いていた。そして暗い私の心を照らす唯一の明かりとなったのだ。
私は師匠の仕事である船技師に非常に興味を持ち、何度も師匠に質問をした。それに対して師匠は何度でも付き合ってくれた。いつしか彼は私に本格的に教えてくれるようになった。私はまるで神にでも憑かれたかのようにどんどんとその内容を理解し、自分のものにしていった。そんな私を師匠は驚きつつも、更なる知識を私に与えてくれた。
そして2年ほど前、私は師匠に小さな魔導船の設計を実際にするように言われた。今考えると、あれは一種の試験であったのだろう。私は自分の持てるだけを全てぶつけて設計図を書き上げた。そしてそれを見た師匠は一言、こう言った。
「ミリア、君には私の全てを教えよう」
更なる知識を欲していた私は喜び、さらに全力を出して知識を吸収しようとした。それに対して、師匠もまた全力で己の知識や経験の全てを私に注いでくれた。
そして遂に今日、一人前として認められたのだ。
今日ほど素晴らしい日は無い。
「おはようございます。ディーターさん、ハインツさん、それにルッツさん。」
「おう、おはよう!ミリアちゃん。」
彼らは工房で働いている船大工さん達だ。
毎回はるかに年下の私の指示を聞いてもらっている。そのため少しだけ申し訳なく思うのだが、彼らいわく「ミリアちゃんの為ならどんなことだって出来る」らしい。本当にありがたいことだ。
「みなさんは防衛魔導船の仕事の話を聞きましたか?」
「おう、勿論さ。それがどうかしたのかい?」
「実は船の設計を私がする事になったんです!」
「本当かい!?凄い事じゃないか!流石ミリアちゃんだ!」
おじさん達に褒められると何かこそばゆい。ああ、幸せだぁ……!
「俺らも応援してるから、頑張れよ!ミリアちゃん。」
「勿論です!おじさん達も私の設計を楽しみにしててくださいね!」
そういって自分の仕事部屋へと向かう。
机の上に置いてある封筒を開ける。
ふむふむ、今回任されたのは艦隊の次期旗艦か……余計プレッシャーがかかってきた。
でも期待を裏切る訳にはいかない。じっくりと考えていくことにしよう。
2017/7/10 大幅更新完了