18.娼婦ミリア、カールに再会する
女王を襲撃したのはかつて帝国のスパイで現在は反王国組織に属している男だった。滅多に組織と連絡を取らずなおかつ役人であったため捜査の目を掻い潜っていたのであった。
未だ建国より10年も経たないバイエルン王国の捜査の未熟さを露呈した事件であった。
バイエルンを平定した英雄ミリアが襲撃した事件は瞬く間に国内中に広がった。蜂起に加え女王まで襲撃したとなれば、旧帝国民であるドイチュラント系移民を住民が排除しようとするのも無理もないだろう。国内の各所でドイチュラント系移民排斥の動きが見られ、とある都市のドイチュラント系移民居住区では何者かによって放火が行われた。
しかし女王はこの動きを良しとはしなかった。あくまでも彼女による復讐は帝国との戦争で終わっていて、このように執拗に攻撃し続けるべきでは無いと考えていたからだ。そして女王は傷も癒えぬまま、演説台に立ち国民へドイチュラント系移民の排斥を止めるよう呼びかけた。これによって国民の排斥運動はほぼ無くなり、この行動は新聞で大きく報道され、海外でも称賛を呼んだ。
ベルンの娼婦街の一角にある酒場。高級娼婦ミリアは新聞を握り潰していた。
「あの屑男め……余計な事をして私たちの足を引っ張るつもりか。それに女王も何がやり返すべきではない、だ。戦争が終わったから恨みっこ無しか?」
声を荒げる彼女に周りはギョッと驚いていた。
「おっと……大声を出し過ぎたわね。五月蠅くしてごめんなさいね、皆さん」
周りからの視線に気づいた彼女は何とか誤魔化す。
「ええよええよ、姉ちゃん。それにしてもいい体だねぇ」
酔った中年の男が喋りつつミリアの尻を撫でようとする。
刹那、男の体は一回転する。ミリアの蹴りによって。
「ごめんなさいね、私の体に触れたいならばお店に来てくださいな」
そう言って名刺を男の上にはらりと落とす。
「マスター、騒ぎを起こしてしまってごめんね。今日はもう店に戻るわ」
「いやいや、ミリアちゃんは何も悪くねぇ。また寄ってくれよ!」
ミリアは酒場から外へ出る。
「あ……初雪」
外にはこんこんと雪が降っていた。
「左手が使えないと意外に不便ね」
ミュンヘン城の執務室で女王ミリアは呟いた。
「陛下、無理しないでください。それは私がやりますので陛下はサインだけお願いします」
隣のエーミールが思わずミリアに言う。
「いいえ、私が仕事をしなくて何が女王ですか。自分の仕事をきちんとするからこそ民は付いて来てくれるのです。私が仕事を少なくする訳にはいかないのです」
「ですが陛下、余りにも働き過ぎです。睡眠時間を削ってまで仕事をして体調を損ねるなど、国民の誰が望みましょうか?」
「それでも私はしなければならないのです、止めないでください」
「……分かりました、陛下。ですがお体を壊されないようにしてください。私からのお願いです」
「分かっているわよ、エーミール」
ミリアは再び仕事に取り掛かる。
そんな彼女をエーミールは心配そうに見守るのであった。
「か、カールじゃないの!貴方生きていたの!?」
共通暦917年、5月。春も終わろうかとする頃、娼婦ミリアは驚きの再会を果たした。
「ああ、ミリア。君に会えて何よりだよ」
「もう会えないかと思っていたわ……それで私に会いに来たという事は何か動きがあったのね?」
「ああ、俺が新しい組織を作ったんだ、まだ小さいけど。それで君を誘いに来たんだ、諜報係として」
「勿論参加するわよ」
ミリアは二つ返事で承諾する。
「ちなみに、どんな組織なのかしら?」
「それは参加する前に聞く事だろう……ナショナリズムってあるじゃないか。あれを一般的な市民と繋げるというのが目的の政党でね。名前は労働者党(Arbeiterpartei)っていうのさ。略してAPだね」
「確かに君は復讐者の時からナショナリズムについていろいろ勉強していたわね、で今は何人くらいが参加しているの?」
「40人と少しだけさ。会合も地方の酒場でしている」
「分かったわ、じゃあ早速だけど明後日の休日に参加するわ」
「それは良かった。待っているよ、ミリア。じゃあまた」
「ええ、カール。また会いましょう」
そうして又1つ、歴史の歯車が動く。
分かる人が見ればギリギリセウトな内容ですね...
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