39ページ目「激昂した雅。」
風美は雅を見ると不意に抱きしめた。
「雅……」
耳元に吐息がかかる。
間違いなく姉、風美の物だった。
震える手足、額に滲む汗。
雅は恐怖していた。
「姉…さ…」
言葉をまともに発することすらままならない。
普段冷静な雅だが、今はそれほどまでに驚愕し、怯えていた。
確かに雅は見た。
5年前、霧島風美の死体を……
冷たくなった身体にも触れた。
葬儀もした。
死んでいないハズがない。
だが、今雅を抱きしめているのはそ霧島風美に他ならない。
物心つかなかった時期も含め、11年も共に暮らしたのだ。
見間違えるハズがない。
「何……で…?」
「会いたかったのだろう?愛しい姉に」
後ろで栄治の声がする。
だがそれすら今の雅にどうでもいいことだった。
「雅…」
何度も繰り返す風美。
風美は穏やかな表情で雅を見ていた。
「姉……」
「何で助けなかったの?」
「ッッ!?」
不意に風美の表情が一変した。
何だこの表情は
何だこの雰囲気は
どれも雅が見た事のない、感じた事のない風美。
「何でなの?助けに来てくれなかったのは何でなの?」
「な……」
「教えて」
「う、うわァッ!」
ドン!
あまりの恐怖に雅は風美を突き飛ばす。
風美はそのままよろけ、その場に尻もちをついた。
「痛い。痛いよ雅」
「泣いて………………ッ!?」
風美の頬に流れるのは涙などではなかった。
血。
鮮やかな血。
絵具のような人工のものでは決して見る事の出来ない鮮やかで現実的な血。
それが彼女の目から流れていたのだ。
「あ、ああ……」
先程より一層震えが増した。
「何だ雅。冷静なお前らしくもない」
冷静でいられるハズがない。
こんな状況で冷静でいられるような人間は、気がふれているか人間じゃない。
「雅……」
風美がゆっくりと立ち上がる。
「痛いよ。タスケテ」
「来るな……」
風美がジリジリと近づく。
「雅……」
「来るな……ッ!」
雅は後退するが、すぐに足が縺れて尻もちをつく。
「貴方のイノチをワたしにチョうダイ」
ガッ!
風美……いや、彼女はもう既に風美と呼べるものではなかった。
憎悪で歪んだ表情は最早原型を留めていなかった。
「あ……が…ッ」
風美はギリギリと雅の首を締めあげる。
雅は自分の首を絞める細腕に手をかける。
その瞬間やっと気づく。
何て冷たいんだ。
人の手じゃない。
「みヤび」
「姉……さ…ん…」
雅は風美の胴に触れる。
刹那。
ビュオッ!
局地的な突風で風美の身体は後ろに吹っ飛ぶ。
「ハァハァ……!」
風の魔術で風美を吹き飛ばしたのだ。
「どういうことだッッッ!?」
「ふむ。やはり不完全か」
「不完全…?」
「お前、そこにいる風美を偽物だとでも思っているだろう?」
「……」
「正真正銘、本物だよ。ただ完全ではないだけだ。辛うじて肉体は蘇ったが自我までは完全に戻らなかったようだな。それに、肉体も恐らく完全ではないだろう」
「じゃあ今目の前にいるのは……」
風美であって風美でない。
この世に容姿の似通った者など探そうと思えばいくらでも探せる。
メイクや服装でいくらでも似ることが出来る。
個人を、その人物をその人物たらしめる証拠は何より「自我」。
その「自我」の欠けた風美は風美であって風美ではない。
肉体は彼女の物かも知れない…が、肝心な「自我」が抜けていては風美ではない。
「ただの人形じゃないか……ッ」
哀れむような目で雅は風美を見た。
無様な姿だ。
姉に、風美にこんな無様な姿を晒させるとは……
「霧島栄治……」
今や雅の怒りは沸点まで達していた。
「例え死んで詫びようと貴様だけは絶対に許さんッッッ!!覚悟しておけッ!!」
激昂する雅を見ると、栄治はニヤリと笑った。
「怒るのも、意気込むのも構わんよ。だが、目の前の現実を打破するのが先決だろう?」
ダッ!
立ち上がった風美が猛烈なスピードで雅に迫る。
「ミやびィィィィィィィッ!!」
「姉さん、許してくれ」
ザンッ!
一閃。
雅が手を横に振ると、それと同時に風の刃が風美に向かって飛んだ。
そして刃は風美の身体を真っ二つに切り裂いた。
「許してくれ。助けられなかったことと、二度も姉さんを殺してしまったことを……」
風美が動かなくなったことを確認すると、雅は栄治の方を向いた。
そしてジッと睨みつける。
「ほう。風美の姿でも殺せるか」
「仇だけは必ず取る。だから……」
許してくれ。
雅はボソリと呟いた。
To Be Continued