37ページ目「垣間見る過去。」
「……ジャングルの次は草原かよ…」
転送用の魔方陣で英輔達が移動した先は草原だった。
ご丁寧に真っ青な空まで用意してある。
この空間が室内なのはわかってはいるのだが、この情景では外の世界と大差がない。
そんな草原の中に、一本の木が生えていた。
その木の木陰に小さなベンチがあり、そこに1人の老人が座っていた。
「…来たかね」
老人はボソリと呟くように言うと、英輔達の方を見た。
その一言で老人を敵と認識した英輔達はすぐに身構えた。
「待て」
そんな彼らを雅は右手で制止した。
「雅…?」
「先に行け」
「先に行けってお前……」
「英輔」
リンカが後ろから英輔の肩をポンと叩く。
「先に行くぞ」
「でも…」
「雅なら大丈夫だ。心配するな」
「し、してねーよ!してねーからな!!よし、先行くぜ先ッ!」
必死で否定すると、英輔は後ろを向く。
「雅……」
「何だ?」
「勝てよ」
「…………ああ」
英輔の力強い言葉に、雅は小さく頷いた。
「魔方陣ならこの木の後ろにある…」
「…そんなに簡単に教えて良いのか?」
問いかけるヴァームに老人はクスリと笑った。
「なに、悪い言い方ではあるが君達に用はないんだよ……」
そんな老人に、英輔は若干納得いかなさそうな顔をしたがすぐにリンカ達と魔方陣の方へ走り出した。
雅は英輔達が消えたのを確認すると、老人を睨みつけた。
「星屑を追っていれば…必ずいつかは会えると思っていた」
「そうか……。私もいずれこうして会う気がしていたよ」
「バロン・クロア……いや」
「霧島栄治ッッッ!!」
5年前…霧島雅11歳。
何百年も前から優れた魔術師を生んで来た魔術の名門、霧島家。
そんな家に雅は生まれた。
一般の家の何倍もある巨大な屋敷。
何十人ものメイドと執事。
雅は所謂「金持ち」の息子だった。
「ねえ雅、今日は何の日?」
居間で紅茶を飲む雅の後ろから、不意に声が聞こえる。
美しい女性の声である。
「し、知らないよそんなの……」
「嘘は良くないわ雅」
女は赤面している雅の顔を覗き込む。
「貴方の誕生日でしょう?」
「……風美姉さん」
霧島風美。
雅の姉である。
「何が欲しい?ねえ何が欲しい?」
ニコニコと笑いながら雅に問う風美の姿は無邪気だった。
「な、何でも良いよ…」
「何でも良いってことないでしょう?」
怒ったフリをしてプクっと頬を膨らませる風美を見て、雅はクスリと笑った。
「あ、雅今笑ったでしょ!?」
「姉さんが笑わせたんだろう?」
「それもそうよね」
そんなやり取りをして2人は互いに微笑んだ。
「とにかく、早く欲しいもの決めてくれないとお姉ちゃん買いに行かないぞ?」
「わかったよ。昼までには決めておくよ」
「それでよしっ!」
雅にとって姉は……風美は親のようなものだった。
母は何年も前に死んでおり、父は日々魔術の実験と仕事に明け暮れている。
故に、雅の世話をしているのは風美だった。
正確には使用人達なのだが、雅と風美は常に一緒にいた。
賢明で、明るくて、少々抜けている風美のことを雅は誰よりも好いていた。
風美は魔術にも勉学にも長けており、雅にとっては憧れであった。
「じゃあ、私は部屋で本読んでるから欲しいもの決まったら来てね」
「あ、うん」
そう言うと風美は自室へと向かった。
バタンとドアが閉まり、風美がどこかへ行くと、雅は少し困ったような表情になった。
「何にしよう…」
今の雅にはこれといって欲しいものなどなかった。
恵まれた環境。
優しい姉。
親の愛こそないが、これ程までに幸せな人間は自分以外には少ないのではないかと雅は自負していた。
「欲しい物……欲しい物……」
雅は一所懸命に考えるのだがどうにも思い浮かばない。
かと言って「何でも良い」とか「いらない」等と答えるといつも姉は怒る。
「……ペット?」
ふと脳裏をよぎる単語。
そう言えば昔父の知り合いが連れて来た小型の犬がかわいらしかったのを思い出した。
そうだ。
ペットにしよう。
自分と風美と、新しい家族。
そんな毎日を想像すると自然と笑みがこぼれた。
「早速姉さんに……」
雅が居間を出ようとした時だった。
ガチャリとドアが開く。
「姉さ……」
居間に入ってきたのは姉ではなく、父であった。
いつもこの時間は地下で魔術実験をしているのだが何故か今日は違うようだ。
「何だ、お前か…」
「……」
正直、雅はこの父が……霧島栄治が嫌いだった。
自然と表情が強張ってしまう。
「まあ良い。少し寝てろ」
トン
「……ッ!?」
意識が薄れる。
父に何かされたのは間違いなかった。
「父…さ…」
雅はその場にドサリと倒れた。
To Be Continued