32ページ目「解かれた謎。」
まったく状況が把握出来ない、というのが現状である。
右手を上げれば鏡の中でアクネスも右手を上げ、微笑めば鏡の中のアクネスも微笑む。
これらから導き出される結論は1つ。
今自分はアクネスになっている。
「マジかよ…」
英輔は軽く頬をつねる。
「痛…ッ!」
夢ではない。
確かに現実である。
これで確信した…
やはり先程の扉は罠だったのだ。
だとすれば違う部屋でリンカ達も同じような状況になっているハズだ。
どうすれば良い?
解決策を思索するがこれといって見つからない。
状況が特殊過ぎるのだ。
このままではどうにもならない。
「よう」
「ッ!?」
不意に背後から声がする。
「何やってんだよ」
聞き覚えのある声だ。
「まさか…」
英輔は恐る恐る振り返る。
「何でそんなに怖がるんだよ?俺」
「ッッ!?」
背後にいたのは他ならぬ英輔自身だった。
中肉中背、これといって特徴のない自分。
そんな自分が今、目の前にいる。
鏡ではない。
何故ならコイツは喋ったし、何より今…
自分の姿はアクネスではないか。
「誰…だよ…?」
混乱してはいるが、必死で冷静に問う。
「誰って…お前だよ。お前。俺はお前自身だ」
「そんなハズは…」
「ないってか?そうだよな。だって今お前…」
「俺じゃねえよな?」
完全に人を馬鹿にしている態度だった。
だが、正論ではある。
「どうなってんだ…」
少し落ち着いてきた頭が再び混乱する。
理解不能。
完全に英輔の理解出来る範囲を超越した。
「俺が桧山英輔だ」
「違う!俺が英輔だ!」
「説得力ねえな。アクネス」
わざと「アクネス」を強調する目の前の英輔。
「だったらお前が桧山英輔だって証拠…」
バチバチバチッ!
偽英輔の周りで電流の弾ける音がする。
「見せてもらおうかッッ!!」
偽英輔の右手には電流の剣が握られていた。
簡素に造られたため、英輔がアルビー戦で見せたものよりは遥かに密度が薄い。
だが、充分だ。
それだけの密度でもある程度の物は斬り裂ける。
使い手である英輔自身がそのことは一番わかっている。
「行くぜ…ッ!」
ブンッ!
偽英輔は英輔の頭上に剣を振り下ろす。
英輔はそれをすれすれで避けると、魔力を使うため、意識を集中させた。
「……」
右腕に電流を集める感覚…
「………?」
おかしい。
魔力が右腕に集中出来ない。
それ以前に、使えない。
「何で……」
「ボーッとしてんじゃねえよッ!」
偽英輔は英輔に向けて剣を横に振る。
英輔はそれをかがんで避ける。
「魔術がダメなら……」
英輔は今の小柄な体格を利用し、偽英輔の懐に潜り込む。
「体術だッッッ!!」
ゴッ!
偽英輔の顎に英輔の掌底が直撃する。
「よし……ッ!」
「何がよしなんだ…?」
「ッ!?」
偽英輔はニヤリと笑っている。
ゴッ!
「……ッッ!」
腹部に激痛。
偽英輔の膝蹴りが直撃したのだ。
口の中で血の味がする。
英輔はそのまま後ろに倒れた。
「大丈夫かよ?偽英輔」
あえて「偽」を強調する偽英輔。
「まあ、今のお前の姿は偽にしてもお粗末だけどな」
そう言って偽英輔は高らかに笑った。
屈辱だった。
英輔はそこまでプライドの高い方ではないが、流石にこれは屈辱である。
訳もわからないままアクネスの姿にされ、偽の自分に笑われる。
非常に屈辱である。
「テ…メ…!」
英輔はよろよろと立ち上がる。
考えろ。
英輔は頭の中で唱える。
考えろ考えろ考えろ。
考えることから始めろ。
何か裏があるハズ。
これは罠だ。
現段階での謎は今の自分の姿と目の前の偽英輔。
そして、攻撃が効かないこと。
英輔は思索する。
何がおかしい?
何が違う?
まず……
「この部屋がおかしい」
「…あ?」
扉がないのはどう考えてもおかしい。
なだ何故自分はこの部屋にいる?
どこから入った?
どうやって連れて来られた?
英輔をこの部屋に入れてから扉を撤去した…?
だとすれば何らかの跡がなければおかしい。
「この部屋に俺達がいること自体おかしいんだよ」
そして自分のこの姿。
偽英輔。
都合よく置かれた鏡。
全てを確認した後、1つの結論に至る。
「お、おい…どこ行くんだ?」
英輔はゆっくりと鏡へ近づく。
「何をする気だ…?」
「何を焦ってるんだ?」
英輔は振り返り、焦る偽英輔を見てニヤリと笑った。
「…ッ!」
英輔は鏡を見る。
そこに映るのは依然としてアクネスである。
「この鏡だ」
「この鏡が原因だ」
「おい、よせ!やめろッ!」
焦る偽英輔の声で、英輔は更に確信する。
「これは…この世界は…」
英輔は足を上げる。
「やめろォォォォッッッ!!!!」
「幻覚だッッッ!!」
ガシャァァァァン!
騒々しい音とともに、英輔の蹴りで鏡が破壊される。
「あ、ああ…」
偽英輔が消えて行くと同時に、英輔自身の姿も元に戻って行く。
無論、周りの景色もだ。
「おかしいと思ったんだよ。わざわざ出迎えと忠告なんてな」
「……見事です」
いつの間にかアジトの入り口に戻っていた。
否、元々アジトの中になど入っていなかったのだ。
「お前だな?俺達に幻術をかけたのは」
「ええ、ですが正確にはこの鏡です」
自動人形の少女の横には破壊された鏡の欠片が散らばっている。
「リンカ達は無事なのか?」
英輔の傍にはリンカ達が倒れている。
「ええ。彼女達も幻覚を見ているハズですが、貴方が鏡を破壊したため、直に目を覚ますでしょう」
「そうか…」
「止めは……刺さないんですか?」
「幻術を破られた時点でお前の負けだ。これ以上戦う意味はねえ」
「その優しさ、いずれ命取りにならなければ良いですね」
「皮肉か?」
問いながら英輔は軽く笑った。
To Be Continued