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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幻惑の目

作者: 小向康人

私が初めて書いた小説を見ていただいてありがとうございます。文章がやや長いので、あらすじを読むと大まかな話の流れが分かります。

 雨宮龍一郎あめみや りゅういちろうは、どこにでもいる少年だった。学校が終われば友達と自宅でゲームをしたり、時には幼馴染の女の子と一緒に帰ったり、時には寄り道をしながら無駄に時間を使って帰った。時より忍び寄る世の中の悪意と戦いながらも、彼は人として限りある人生を楽しく謳歌していた。

 これは、戦うことを選んだある少年の運命の物語。その日、少年の日常は一変し、新たな世界が幕を開けた。


 龍一郎は日本のM県S市に住む高校2年の男子高校生である。容姿は普通よりはいいが、別段目立ってはいない。髪の毛は黒で、これは家のルールが厳しいのと、高校では髪の毛を染めてはいけない決まりになっているからである。身長は170センチ、体重は63.6キロで、標準的な体型である。高校では特に部活動に入っていないが、休日は体型維持のためランニングやサイクリングを行っている。高校から家までは徒歩20分のため、いつも歩いて通っている。

 彼が最近気になっているのは、寝ている間に見る夢の内容だった。彼が夢を見るのは別段不思議なことではない。だが、問題はその夢に出てくるものだった。夢はその人が起きているときに体験した出来事や記憶を整理するために見るものだというが、彼が見る夢にでてくるのは、自分が起きているときに体験したことや、遭遇したものではないのだ。全部が全部そうかといえばそうではないのだが、高校に入ってから見た夢に出てきたのは、殆どが現実にあったことではないものだった。

 例えば腕がでかい心臓のような怪物がひたすら自分を追ってくる夢。どこか現実の世界とは違うところにいる夢。夢は起床してから数時間たつと自然と忘れてしまうことが多いため、余り気にしていなかったが、怪物が自分を追ってくる夢は何回も見るので、それだけは覚えていた。



 4月10日月曜日の朝6時、その日の龍一郎はいつもどおり7畳の実家の2階の自室のベッドで目を覚ました。覚醒する直前に見ていた夢はまたいつもの如く不思議な夢で、怪物から追いかけられ、怪物に追いつかれる直前で目を覚ました。

「またか」

 いったい自分はどうしたんだろうと思考しながら、龍一郎は朝食を摂るべくベッドから起きた。眠い瞼を擦りながら、階段を下り扉を開けリビングに入り、併設されているキッチンルームへ入ると、母親が料理をしていた。そのまま奥の洗面所へ入る際に、挨拶をする。

「おはようございます」

「おはよう。もうちょっとで味噌汁できるから」

 龍一郎の家は父親が警察官をやっている関係上、家のルールが厳しく、挨拶は敬語ですることになっている。妹もいやいやながら「お兄ちゃん(棒)」と呼んでいる(同級生などは呼び捨てにされているらしい)

 洗面所でうがいと洗顔をし、洗面所を出てキッチンにある冷蔵庫から牛乳を取り出す。テーブルに座りコップに牛乳を注ぎ終えると、母親が味噌汁を持ってきた。味噌汁以外の献立はもうテーブルに準備されていた。今日のメニューはご飯、味噌汁、いかの塩辛、漬物である。基本的に龍一郎の家では和食が多い。

「いただきます」

 両手を揃えて食事の前に感謝の挨拶を行い、朝食を食べ始める。うまい。いつものことであるが。

「今日もおいしいです」

 食べてから今日の朝食の感想を言うと、母親はニコリと頷いた。その後、途中で起きてきた妹が食卓に加わり、妹と会話をしながら食事を食べ終えた。



「今日はいつもどおり16時くらいには帰宅するから。行ってきます」

 玄関で母親から昼の弁当を手渡され、龍一郎は玄関の扉を開け颯爽と日常へと出発した。本日の天気は快晴。春の風が心地よく吹いている。


 今朝見た夢の内容を思い出しながら学校に向かって歩いていると、登校中の龍一郎の後ろから声がかかった。

「おっはよ~っ!」

 後ろをちらりと振り返ると、龍一郎が見たことのある顔の女の子が笑みを浮かべながら立っていた。

 女の子の名は花澤りおん(はなざわ りおん)。龍一郎の幼馴染で同じ高校に通う高校2年生である。龍一郎とは家が近く、彼の家の近くには一緒に登校する友達が住んでいない。なので龍一郎はいつも恥ずかしく思いながらも、彼女と2人で登校している。ちなみに、クラスは別である。容姿について説明すると、おそらくかわいい部類に入るであろう。顔は小柄で、髪はロングヘアーで茶色がかっている。身長は165センチくらいで、体型はスレンダーではあるが胸は少し膨らんでいる。

 小学生のころは、近所の空き地で他の友達とスポーツをして遊んでいたが、中学へ上がるとりおんと龍一郎はそれぞれ部活をはじめ、放課後に遊ぶことは少なくなっていった。それでも、定期テストの時などには一緒に勉強をしたりしていた。ちなみに、頭は龍一郎の方が良い。(現代文に関しては彼女の方ができるが・・)


 いつもと変わらない彼女に少し安堵しながら、挨拶を返す。

「おはよ。朝から元気だな」

 うんっ、とりおんがうなずき、そこから会話が始まる。

「今日も平和だね」

「そうだな」

 りおんと龍一郎は別に恋人同士というわけではない。あえて言うなれば「腐れ縁」というやつだ。こいつに彼氏ができたら、自分は悲しむのだろうかと考えながらも、それでもやはりこのままの関係であって欲しいと彼は願っている。この関係がいつ崩れるかは未定であるが。

 普段登校しながらする会話は大部分が共に通っている高校に関することである。しかし、龍一郎はここ最近見る夢が気になり、りおんへそのことを質問してみた。

「最近、同じ夢を何度も見るんだけど、同じ夢を何度もみることってあるか?」

「同じ夢?うーん」

 りおんはしばらく考えた後、

「私はないかな」

 きっぱりと答えた。

(やっぱり普通の人だとないよな)

 龍一郎は質問を変えてまたりおんへ尋ねた。

「じゃあ、たとえば変な生き物が夢に出てきたことはあるか?怪物みたいな」

 その後またりおんはしばらく考えてから、

「ちょっと変わった生き物が出てくることはたまにあるよ。羽のついた犬とか」

 と答えた。しかし、

「さすがに怪物は出てきたことはないよ」

 と怪訝そうに言った。

(やっぱり俺って変なのかなぁ・・・・)

 龍一郎が考え込んでいると、りおんが心配した顔で言った。

「何か最近悩んでることとかが原因かもしれないよ。私に相談できる悩みだったら言ってね」

 この言葉を聞くと、龍一郎は少しはにかんだ笑顔を浮かべながら言った。

「いや、別にそんなのじゃないって」


 その後、学校に到着し、りおんとは部活の朝練に行くといって別れた。


 本日の学校も普段とほぼ変わることはなかった。変わったことと言えば、高校2年生に進級して授業内容が難しくなったくらいである。

 学校からの帰り道の時、龍一郎は朝の夢のことは考えず、帰ったら何の教科を復習するかを考えながら帰った。龍一郎は高校を卒業後、地元にある難関国立大学に進学するつもりでいる。そのため、帰宅したら毎日その日の授業内容を復習している。家も特別裕福という訳ではないので、金がかかる塾にはなるべく行きたくないからだ。

 そうしているうちに家の前まで辿り着いた。時刻は16時。空は夕焼けに染まっている。

 龍一郎が自宅の庭に入ろうとした時、いつもと違うことが起きた。急に龍一郎の右目を鋭い痛みが襲ったのだ。それは龍一郎が今まで体験したことのない痛みだった。

「目に何か入ったか!?」

 ズキズキと目の中に痛みが響いてくる。

(目から出血しているかもしれない)

 右目を抑えながら、素早く玄関を開けすぐに家の洗面所に駆け込んだ。鏡で右目の様子を確認すると、右目には見たことがない形の黒い模様が浮かんでいた。

 しかし、目から見えるのはいつもと変わらぬ自分の顔だ。そう龍一郎が安堵したのも束の間・・・・


「・・・・っ!?」


 目の前にある鏡から、不意に自分の後ろに異様なものが立っているのが見えた。

 龍一郎が後ろを振り返ると、そこには見たこともない怪物の姿があった。龍一郎はその巨大な心臓のような怪物の圧倒的な巨躯に驚かされた。


(デカい!!)

 2メートルくらいの体。ほのかに赤い色を帯びた体。巨大な心臓のような体から出た細い足。横から突き出た二本の巨大な腕。そして、その心臓のような体の上部についている顔は、西洋のマスクのようなものを被っており、表情は見えない。

 その怪物を見た瞬間、彼の中を恐怖という感情が満たした。この世には存在しないであろう存在。この世のあらゆる負の感情が詰まった肉の塊。異形。龍一郎は今まで味わったことのない気持ちの悪さを感じていた。


 彼と怪物の間に数秒の沈黙が流れた。


 逃げろ!!、と彼に本能が命じた。

 龍一郎は己の本能に従い、怪物が動き出す前に、怪物の隣をすり抜け、玄関のドアを開け、一目散に夕暮れの中を駆け出した。

(できるだけ遠くに。どこに逃げる!?どこまで逃げればいい!?誰に助けを求めれば良い!?いや、誰が助けてくれる!?)

 龍一郎が疾走しているとき、考えていたのはそれらのことであった。

(あれは俺にしか見えてないのか?そもそもこの右目は何だ!?)

 途切れそうな意識の中でひたすら家から遠ざかるように走り続け、龍一郎は怪物から隠れるために町はずれの廃工場へと逃げ込んだ。

 工場の中は高さ10メートル、長さ20メートル、幅10メートル位あった。工場の中は蜘蛛の巣がはっており、だいぶ時間が経過しているようであった。

(もうここまで来たらあれも追って来ないよな。何なんだよあれは!?)

 そう思った瞬間、龍一郎の背中に悪寒が走った。

(俺は、あれを見たことがある!)

 でもどこで?少し考えた末龍一郎はすぐに思い出した。

(俺が最近続けてみていた夢の中だ!!)

 なぜ夢で出てきたのと同じのが現実に出てくるのか、もしかしてここは夢の世界なのかと逡巡したが、まぎれもなくここは夢ではなく現実の世界だ。そう龍一郎の五感が伝えている。

 思考が乱れる中、次に彼がとった行動は、家族に家には入らないよう携帯電話でメールを送ることだった。携帯電話を開き、メールを打とうとした次の瞬間・・・・


 ズドーン!!


 龍一郎は近くに何か大きなものが落ちたような衝撃を感じた。後ろを振り返ると、そこには先ほどまで目の前にいた怪物がいた。どうやら廃工場の天井を突き破って落ちてきたらしい。怪物の体とも呼べるその大きな心臓は大きく拍動しながら、さっきまでとは違って鮮血のように赤く染まっている。怪物の体を伝う血管からは全身に向けて血液が送り出されている。

 龍一郎は怪物を見て半ば信じられないという顔をしながら絶叫した。

「一体何なんだよお前は!なぜ俺を追って来る!!」

 言葉が通じるかどうか分からない相手に対し反応を伺ったが、反応はない。

 すると突然、巨大な心臓はその仮面の奥底から龍一郎が聞き取れる言葉を発した。


「・・・・我に・・・・貴様の目を・・・・寄こせ」


 そう囁いた瞬間、怪物の片方の大腕の手とわかる所から、5本の巨大な爪が生えてきた。爪は地に濡れ、30センチほど成長して止まった。爪の先端は鋭利に尖っており、爪全体はまるで砥いだ刃のように光っている。

 ここで龍一郎は必死に何か武器はないかと辺りを見回すと、近くに長さ1メートル位の太い鉄の棒が転がっていた。相手の動きに警戒しながら棒を取り、体の前で剣道の構えのようにして構えた。


 相手との間合いを測りながら、ひたすら相手の次の動きを予測する。

(どう奴は動く。おそらくあの鋭利な大爪で俺の肉を抉りにくるだろう)


 自分の体の肉があの大爪で抉られるのを考えると、考えただけでゾッとしてくる。


(最初に自分の目の前に現れたものをこの鉄で殴る。)

 龍一郎が考えていたのはただそれだけであった。龍一郎は自分が生き残ることだけを考えていた。彼にはその時自分の心臓の鼓動しか聞こえてはいなかった。


 静寂・・・・しかし次の瞬間!


 不意に怪物の姿が目の前から消え、突然龍一郎の前に現れた。

 龍一郎が鉄の棒を怪物に向かって動かすも、それより早く、怪物の爪が龍一郎の右腕と体を抉った。龍一郎の体に痛みが走る。体から血が流れ出ていく感覚。そして龍一郎の体は後ろに吹っ飛び、そのまま廃工場の壁にぶつかった。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイッ!!!)


 壁にぶつかり、痛みに耐えるのが精一杯で目を開けるのがやっとの中、彼の目の前には怪物が迫っていた。彼の体は血に染まっている。

(俺は・・こいつに・・殺される!!)

 龍一郎の頭の中では走馬灯が浮かんでいた。家族との思い出。子供のころの思い出。仲の良かった幼馴染や友達の顔。様々な思い出が脳裏に浮かんでいた。


 怪物が龍一郎の息の根を止めようと迫る中、彼は己の人生がここで終わってしまうことを悟っていた。


 怪物は龍一郎の前まで来ると腕を振り上げた。


 死の淵で龍一郎が己の最後を悟った次の瞬間・・・・

「狂月!」


 ズバッと肉が切れる音と共に、怪物の後ろで誰か分からない男の声が聞こえた。龍一郎の目に見えたのは、男の持つ大剣に切られ怪物が背中から血を噴き出しながら目の前で崩れていく姿だった。



 九死に一生とはまさにこのことを言うのであろう。怪物は仮面の奥から、この世の終末の音のようなうめき声を上げながら、斬撃の苦しみに悶えていた。地に伏した怪物は背中がぱっくりと裂け、気持ち悪い体の中の肉が見えていた。


(本当に助かった・・・・)

 しかしまだ彼の体には奴に抉られた体の傷が残っていた。再び痛みに悶える龍一郎の目の前に、1人の男が立っていた。

 男は腰のポケットから小さな瓶を取り出すと、瓶の蓋を開けそれを龍一郎の口に押し当てた。

「飲め。傷を癒す。」

 液体が喉に流れ込んだ瞬間、龍一郎の体の奥が急に熱くなり始めた。それと同時に、巨大な怪物にやられた傷口も燃え上がるように熱くなり、徐々に傷口が塞がっていくのが見て取れた。痛みはまだあるものの、怪物にやられた時と比べるとまだましになっていた。

 意識がはっきりしていくにつれて、目の前にいる男の姿が分かってきた。身長はやや高めで、服の中に隠された筋肉が隆々としているのが服の外から見てとれた。がっしりとした首の上にある顔は、浅黒くキリリと整っている。男は白いパーカーを羽織り、膝が破れたジーンズをはいている。存在感のあるその体の傍に在って、尚もその印象を薄めていないそれは、男が背中に預けている大きな黒い剣であった。長さは約1メートル20センチ位、幅は20センチ位ある。剣の鍔には西洋風の紋章があしらわれている。

「立てるか?」

 男に手を差し伸べられ、よろけながらも何とか立つことが出来た。ここは果たして夢なのか現実なのか。そんなことを考えながらも龍一郎は彼の命を救ってくれたその男にある質問をした。

「あの心臓みたいな怪物は一体何なんだ?なんで俺を襲ってきた?」

 男は怪物に注意を払いながら、龍一郎の質問に答えた。

「奴は・・・・使徒と呼ばれるものだ。」

(使徒?奴は神の使いなのか?あんな化け物が?)

 更に深まる謎を頭の中で考えていると、目の前に立つ男は続けた。

「使徒がお前を狙ったのは、お前が特別な眼を持っているからだ。お前も知っているだろう。お前の右目にあるそれが、奴を呼び寄せたんだ」


 龍一郎は混乱しながらも言い返した。

「特別な眼?右目に模様が浮かんだ時、突然あれが目の前に現れんだ」

 龍一郎はあくまで実際に起きたことを言ったに過ぎない。自分の右目に、何か心当たりがあるかと言われれば、思い当たる節はさっぱり思いつかない。いったいなぜ自分の右目に模様が浮かんだのか?それが一体全体謎なのだ。

 そう考え込んでいる龍一郎に、男は真剣な顔をして言い放った。

「おそらく、使徒はお前の眼が目覚めるのを待っていたのだろう。眼に変化が現れた時、奴が見えたのはその為だ」

(信じられない。そんなことが有り得るのか)

 何か神秘的な感覚を感じながら、怪物に目を移すと、怪物はなおも傷を疼かせ苦しんでいる様子だった。

 龍一郎の傍に立つ男は、怪物に向け叫んだ。

「お前の背中を斬り裂いたのは、この俺が持つ剣だ。これを喰らったものは、斬られた後も狂ったように苦しみ続ける。しかもその切り口は、まるで空に浮かぶ月のように鮮やかだ。だからこの剣は狂月と呼ばれる。動けば動くほどに苦しみは増すぞ!」


 果たして怪物に聞こえているかは定かではないが、怪物が動こうとすると、仮面の奥から苦悶の声が聞こえてくる。

(恐ろしい剣だ。絶対にこの男は敵にしたくはない。そんな場面が来ればの話だけど・・)

 龍一郎は痛みに耐えながら、先ほどから思っていた質問を男に浴びせた。


「あんた、一体なぜあの怪物を知っているんだ?あんたは何者なんだ?」


 尋ねられた男はしばし沈黙を保ちながら、精悍な顔で口を開いた。

「俺の名前は仲野奈月なかのなつき。ある組織に所属する者だ。この武器は使徒と戦うために作られたもの、だから奴に対して有効なんだ」

(なるほど、そういうことか)

 とりあえず龍一郎は納得はしてみたものの、未だに謎が全て明らかになった訳ではない。

 再び仲野奈月と名乗った男は続けた。

「お前の右目も使徒に対して有効だが、お前の眼はまだ覚醒してはいない。まぁ、覚醒していない方が色々と都合がいいんだが」

 自分の目の持つ力に疑問を抱きつつも、龍一郎は一刻も早くこの場をこの男に託したいという気持ちで一杯であった。


 そのとき、今まで苦しんでいた怪物が突然叫んだ。


「我に・・再び・・力を・・!!」


 その瞬間、怪物の周りに黒い渦が巻かれ、漆黒の闇が使徒を覆い尽くした。闇は渦を巻き、渦のせいで中の怪物がどうなっているかはわからない。


 次にその闇が取り払われた時、龍一郎と奈月の目の前に現れたのは・・


 漆黒の翼を纏った、一人の少女の姿であった。



 闇の中から姿を現した少女は、身長がやや低く、一見すると先程とは違い強さを感じさせなかった。しかし、変身前と違い周りに漆黒の闇を纏い、独特の雰囲気を纏っていた。着ているものは黒のドレスのような服だった。服装だけをみると普通の少女のようにも見えるが、その眼光は鋭く、目があったものを凍らせるような冷ややかな視線を与えていた。

 使徒の姿を見た奈月は言い放った。

「くそっ、使徒め。変身することで狂月の斬撃を無効化したか」

 顔を歪めながら使徒を睨みつける奈月は、次の手を考えあぐねている様子であった。


 人間と使徒との間に漂う緊張した空気。彼らと使徒との距離は3メートル程であった。

 その空気を最初に破ったのは、奈月の方であった。

 漆黒の闇を湛える使徒に向かって、目にもとまらぬ速さで後ろに背負った狂月を抜きながら突進していく。距離を詰め、必殺の斬撃が使徒を襲う。


「一撃必殺、狂月!!」

 使徒の体に吸い込まれたかに見えた狂月の斬撃であったが、くしくもその剣は虚空を斬っただけであった。見ると、使徒は奈月が斬撃を見舞う隙に、廃工場の天井に向けて飛翔していた。使徒までの垂直距離は10メートル程もある。天井を見上げた奈月がすぐに防御の構えをとった次の瞬間・・・・


 ガギンッ!


 奈月の剣と何か硬い物がぶつかる音がした。奈月が使徒の攻撃を防いだかに思われたが、奈月の頭上で何かが煌めき、いきなり衝撃波が奈月の体を襲った。衝撃波により奈月の肩は引き裂かれ、先ほどの龍一郎と同じように大量の血が噴き出した。

「ぐぁぁ!」


 痛みにうめく奈月が工場の床に倒れた。

 奈月を遥か頭上で見下だすのは、黒い翼を広げた使徒であった。見ると、使徒の両手には爪があった。先ほどよりも細くはなってはいるが、鋭利な刃物のように鈍く光っている。

 爪の攻撃を受けた奈月の肩からは、肉が抉れ、鮮血が溢れていた。使徒からの斬撃を受けた奈月は出血した肩を押えながら、悔しそうに下から使徒を睨みつけていた。

 制空権を奪われ、なすすべもない奈月が口を開く。

「攻撃は防いだはずだが、何故だ!?」

 使徒は余裕の表情を浮かべながら、不意に龍一郎の方を向き、上から爪を振った。

(何か来る!?)

 そう思い龍一郎は咄嗟に横に跳んた。ヒュッという音と共に大気を斬るような音が聞こえ、次の瞬間龍一郎が立っていた場所には大きな爪で削ぎ取られたような跡が残った。


 使徒の爪の攻撃の正体。それは空気を伝う衝撃波だった。その威力は奈月の体を見ればよくわかった。

「使徒の動きを止められさえすれば・・・・」

 そう低く唸る奈月の上で、使徒は蔑んだ目で龍一郎たちを見下していた。

 再び使徒が狙いをつけたのは、襲う目的のある龍一郎の方であった。再び爪を振るう構えを取ると、龍一郎は攻撃のタイミングを見計らい、右へ飛び左へ飛び、攻撃を避け続けた。

 龍一郎は回避しながら、奈月が自分に使っってくれた薬で回復してくれるのを待っていた。そして同時に、龍一郎はさっき奈月が言ったことを思い出していた。


『お前の右目も使徒に対して有効だが、お前の眼はまだ覚醒してはいない。まぁ、覚醒していない方が色々と都合がいいが』


 それならば、覚醒させるにはどうすればよいのか。龍一郎が奈月を見ると、奈月は傷を回復させたようであった。

 龍一郎は回復した奈月に呼びかけた。

「おい、奈月!お前さっき使徒の動きを止められればって言ってたよな!!俺が動きを止めるから、この右目を覚醒させる方法を教えろ!!」


 そういった瞬間、奈月の顔が強張った。

「止めておけ!お前は力を持った奴がどうなるか知っているのか!?その覚悟があるのか?後戻りはできないんだぞ!」

 そういった奈月の表情は真剣だった。

 確かに力を手に入れれば、その力で使徒を倒すことができるかもしれないが、逆にそれで自分が不幸になるかもしれない。

 奈月からの忠告を頭の中で考えながら、龍一郎は頭上にいる使徒を睨みつけた。龍一郎は考えていた。こいつは俺の大事な人を傷つけるかもしれない。大事な何かを奪っていくかもしれない。それを黙って観ていることが、果たして自分にはできるのか、ということを。


(いや、黙って観ていることなんてできない!)


 それは、龍一郎の心の奥の叫びだった。龍一郎は奈月に対して叫んだ。


「おい、奈月!覚悟はできてるから早くこの目を覚醒させる方法を教えろ!!」

 再び頭上を飛ぶ使徒が龍一郎に対して爪を振るう構えを見せ、爪から衝撃波を放った。龍一郎は奈月がいる位置から遠くなる位置へ横に跳んで回避する。

 衝撃波を回避してから奈月を見ると、奈月は龍一郎を見て少し考えてから、緊張した面持ちで再び口を開いた。

「・・・・本当にいいんだな?」

「早くしろっ!!」

 再度確認を求める奈月に対し、龍一郎は焦りながら答えた。

 使徒が今度は奈月に対して爪を振るう構えを見せた時、彼は早口で叫んだ。

「『封印解除、我に力を』と叫べ!それでどうにかっ・・!」

 奈月が最後までいう前に、使徒の攻撃を回避するため彼はその場を離れてしまった。


 龍一郎は覚悟を決め、奈月から教えられた言葉を発した。

「封印解除!我に力を!」


 すると、龍一郎の頭の中に、声が木霊した。


『力を望むか。弱きものよ』


 その瞬間突然目の前が真っ白になり、異世界に飛ばされたかの様な感覚が龍一郎を襲った。そこは龍一郎が夢で見たことのある景色だった。

 彼の周りの空気は穏やかな空気に包まれていた。突然のことに呆然とする龍一郎の頭の中に、先程と同じ声が木霊した。


『一度力を持てば、お前はこの世に生きながら人ならざる者になるだろう。しかしその瞬間、お前は己自身に掛けられた謎を知ることができるだろう』


 龍一郎はまるで悟ったかのように、声を発した。


「覚悟してるよ。だから、早く俺に力をくれ!」


 再び声が聞こえた。


『ならば・・お前にの目に掛けられた枷を・・外してやろう』


 その瞬間、龍一郎の前に広がる世界は一層眩しい光に包まれた。

 次に彼に見えた景色は、先程までいた廃工場だった。。



 奈月は回復の薬を飲みながら、狂月の斬撃をどう使徒に打ち込むかを考えていた。使徒は奈月の上を飛んでおり、当然剣による斬撃など当てられるはずもない。


(やつが10秒以上その場に留まっていてくれさえいたら、当てられる斬撃もあるんだが・・)

 そう思考する奈月が遠くの龍一郎を見ると、彼は意を決したような顔つきになっていた。

(あちらの世界で力を得たか・・・・)

 龍一郎は奈月に、使徒の動きを確認しながら言い放った。

「俺があの怪物の動きを止めるから、あんたはその間に攻撃をしてくれ。」

 そう言い放った龍一郎は意を決したように、使徒と呼ばれたその少女に向けて言い放った。


「アルト(止まれ)!!」


 龍一郎の目が覚醒し、その目に宿った力。それは呪文を詠唱し対象の動きを止める能力、「幻惑」だった。その瞬間、龍一郎の眼から赤い光が放たれ、空に浮かんでいた少女の周りの時が止まったかのように、使徒の動きが止まってしまった。身動きができない使徒の眼から放たれる視線が、まるで体を凍りつかせるように龍一郎を束縛した。

 すると、使徒の心の中の念が、その視線を通じて龍一郎に伝わってきた。それは使徒の精神攻撃だった。


 悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪悪あくあぁっ・・!!


 その念は、人の心では受けとめ切れないほどの邪悪な念だった。

 使徒からの精神攻撃に耐えながら、龍一郎は奈月が一刻をも早く斬撃を出すのを待っていた。

 一方奈月は、狂月を斜め左下に構え、集中力を乱すことなく狂月に力を溜め続けていた。

 この技は、強力である代わりにその分隙も大きく、剣に力を溜めるのに時間を要する。


(待つ方がつらいか、待たせる方がつらいか。いや、今はそんなことを考えてい場合合じゃねぇ。一刻も早く、力を溜め終わらないとな)

 奈月が必殺の斬撃を出す準備ができたのは、使徒の動きを止めてから11秒後のことであった。奈月は動きが止まっている使徒を見上げながら言った。

「待たせたなっ。我慢して溜めてた分、まとめててめぇに叩き込んでやる!!」


 龍一郎は使徒の動きを止めているのに精一杯だった。奈月は技の名をを叫び、狂月から空中を伝う斬撃を放った。


「倒す!狂月・殲!!」


 狂月から放たれたのは、空気を伝う黄金の輝きを纏った斬撃の流れであった。その斬撃が使徒の体に届いた瞬間、使徒と呼ばれた少女は絶叫の声をあげた。


「アガガガガァッ!!」


 使徒が苦しみに悶える姿は、少女が苦しむ姿で、龍一郎の心は痛みに襲われた。使徒の体は斬撃によって真っ二つに分断され、更に分断された切り口から使徒の体が消滅していくのが見えた。

 右目の力を使い果たした龍一郎は疲れ切ったようにその場に倒れこんだ。徐々に薄れゆく意識の中で、彼は消えゆく使徒を見つめる奈月の顔を見た。彼の顔は勝利の念に浸る顔ではなく、今後の未来を見据えるような表情をしていた。


 龍一郎と奈月は勝った。その時龍一郎は思った。



 これで戦いが終わるはずがない。これは新たなる物語の始まりに過ぎない、と。



 エピローグ

 使徒を倒した後のことを龍一郎はよく覚えていない。彼が使徒を倒した後に目覚めたのは、彼の自宅だった。傍には、彼を心配して駆けつけた幼馴染のりおんがいた。目覚めた龍一郎をりおんがみると、りおんは涙ぐみながら安堵の表情を浮かべた。

「良かった・・気が付いたのね」

「・・ここは、俺の部屋か。でも誰がここまで?」

「知らない男の人が車であなたをここまで運んでくれたみたい。私は龍一郎の母親から連絡が来てここに来たの。『息子が帰ってこないんだけど何かあったのかしら』って。心配したのよ。龍一郎のお母さん」

「・・それは迷惑をかけたな・・。お前にも母さんにも」

 たぶん、その知らない男は一緒に戦った仲野奈月であろうと、龍一郎は思った。

「その男の人が言ってたみたいなんだけど、元気になったら連絡をくれるようにって。名刺を出したらしいの。今その名刺はあなたのお母さんが持ってるわよ。」


 そうか、と龍一郎は答えた。龍一郎は不安そうな顔で自室の天井を眺めた。


(今はとりあえず、体を休めることを優先しよう。いつまた使徒が襲ってくるか分からない)

 彼はまた瞳を閉じて眠りに就こうとした。



 その男、仲野奈月は彼が所属する組織の建物の一室で、今回戦った使徒に関する報告書をパソコンでまとめていた。いつも記憶が確かなうちに報告書を書くのが彼のいつもの行動だ。

 今回戦った使徒は手強かった。なにせ戦闘途中で変身し、さらに強くなったのだから。あいつがいなければやられていたかもしれない。まぁ、ヤバくなった時に備えて工場の近くには仲間の戦闘員を待機させていたのだが・・・・。


 薬の力とはいえ、まだ完全には治りきっていない使徒から喰らった斬撃の傷に耐えながら、奈月は手を動かし続けた。

「早く帰って酒が飲みたい」

 しかし、今回の報告書はいつもより時間がかかりそうだった。なぜならば、今回は戦闘中に能力を覚醒させたある一般人についてもまとめなければならなかったからである。



 ここは、次元と次元の間に存在する異空間。生物はおろかこの宇宙に存在するいかなるものもここには出入りすることはできない。

 ここは使徒が生まれ出ずる空間。使徒はこの空間から生まれ、外の次元へ旅立ってゆく。

 何の為に?

 それは誰にも分かっていない。ただ使徒の目的の1つは、「特別な目を持つものを殺し、それらが持つ目を奪うこと」らしい。

 先程、空間に使徒がなくなった情報が伝わった。


 その情報をとらえた空間は、また新たな使徒を生み出し始めた。バチバチと、何もない空間にスパークが走る。


 使徒の新たな胎動が、この空間に響こうとしていた。

(終)


 謝辞

 最後まで読んでいただいた方。私の書いた初投稿の小説を読んでいただき誠にありがとうございます。


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