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フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第一章  深身公人
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第6話  うさんくさい

「ふぇい?」


 思わず、「え?」と「はい?」を同時に発音してしまった。しかも何が「というわけで」なのか、まったくわからない。どうもこの変態眼鏡先生を相手にすると、調子が狂って仕方がない。


「よろしければ、僕のアシスタントをしてみませんか? もちろんアルバイト代はお支払いしますので」


 当の本人はそう繰り返しながら、相変わらずにこにこと笑っている。

 無邪気としか言いようのない笑顔とまともに目を合わせてしまい、(髪型も服装も野暮ったいけど、たしかにルックスだけはまあまあね……)などと、まったく関係ないことが頭をよぎった私は、無意識のうちに問い返していた。


「アシスタント?」

「ええ。ちょうど、動ける綺麗な女性を探していたんです」

「動ける綺麗な女性?」

「はい」

「ええっと……」


「綺麗な女性」は、まだわかる(いや、けっして私自身がそうだという意味ではないのだけど)。ただ、その前についている怪しい単語はなんなんだ? 動ける? そもそも動けない綺麗な女性、なんていうほうが珍しいだろう。マネキンか何かじゃあるまいし。


「運動神経のいい女の子、ってことですか?」


 眉間にしわを寄せている私に代わって、アカネちゃんが確認してくれた。


「ええ、その通りです。特にトレーニングが上手な人を」


 ああ、とか、なるほどね、という声が口々に聞こえてきた。うちの部にとって「トレーニングが上手な人」というのは、満場一致で私になるらしい。どうせなら「綺麗な女性」のところでそういう反応しなさいよ、と言ってやりたい。


「でもあなた、たしかジャーナリズム論って授業の先生なんですよね。そのアシスタントなのに、筋トレが関係あるんですか?」


 ただでさえ、うさんくさい相手である。私は眉間のしわをさらに深くして聞いた。


「ああ、失礼しました。お手伝いしていただくのは、ここの授業じゃありません。僕の本業というかなんというか、大学とは関係ない別の仕事です」


 ますます怪しい気がしたが、大学とは関係のない仕事、という点に少しだけ興味をひかれた。


「深身先生、大学の他にお仕事持ってるんですか?」


 チームメイトたちも興味津々の様子だ。


「ええ。僕はここの職員でもなんでもありませんから。ただ、文章を書くことでお金をいただいたりしてるので、知り合いの教授からそうした授業を担当するよう、依頼を受けたんです。といっても、ジャーナリズム論なんていう大層な名前だとは思ってもみませんでしたけど」


 つまり、この変態眼鏡先生はフリーライターか何かが本業らしい。たしかに大学の授業は、学外から専門家を講師として雇っている課目も多い。


「じゃあ、雑誌に深身先生の書いた記事が載ったりするんですか?」

「すごーい! 芸能人を取材したことなんかも、あるんですか?」

「あ、そのうちワイドショーのコメンテーターとかしちゃうんじゃない?」


 どうやらうちの部員たちにとっては、フリーライター=ゴシップ記者、という程度の認識のようだ。

 下世話な質問にたじたじになっている様子を、内心で(ざまあみろ)と思いながら見ていると、苦笑している眼鏡の奥の瞳とまたしても目が合ってしまった。


「芸能関係は専門外ですが、運動や健康に関連した記事を主に書いています。それで今回は筋力トレーニングに関するテーマなので、エクササイズの上手なもえさんに、ぜひお手伝いいただければと」


 なるほど、そういうことか。たしかにトレーニングは嫌いじゃない。どちらかというと、得意分野ですらある。この深身先生とやらが、おそらくは本当の意味での変態(って、どんなものかは知らないが)ではなく単なる天然で、しかも人気講師というのもなんとなくわかった。  


 ただ。繰り返すようだけど、どうにも――。


「うさんくさい」


 つい、考えるより先に口が動いていた。


「ははは。ですよね」


 はっきり聞こえてしまったはずなのに、当の本人が、さもありなんという顔で笑っている。


「でも安心して下さい。別に変なことをさせようというんじゃありません。もえさんにやっていただきたいのは、スポーツクラブのジムスタッフです」

「え?」

「あるジムのアルバイトスタッフとして、実際に勤務して欲しいんです。言うなれば、内部取材みたいなものです。さっきも言った通り、僕自身は運動がまるでだめなので」

「あ、そう……ですか」


 初めて先生に対してらしい言葉遣いになった。自分で言うのもなんだけど、ちょうどバイト探しをしていたうえにジムで働けると聞いて、若干気持ちが傾いたのがばればれである。


「よかったじゃないですか、もえ先輩!」


 隣ではアカネちゃんが素直に喜んでくれている。そういえば、今日もそんな話をしたばっかりだっけ。


「ちなみにバイト代なんですが――」


深身先生が小声で続けた言葉に、私はますます正直に反応してしまった。


「そんなに!? いいんですか?」


 かつてのアルバイト先の倍近い日給を囁かれた私は、こうして変態眼鏡あらため深身先生に対してすっかり敬語になり、簡単に陥落したのだった。

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