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フィットネス・ハンター  作者: 迎ラミン
第一章  深身公人
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第2話  変態イケメン

「凄く、綺麗です」


 男性は同じような台詞を繰り返した。

 

 年は二十代後半から三十歳くらいだろうか。百六十センチの私よりも頭半分ほど上で、優しげな瞳が笑っている。シャープな面立ちだが、癖のある髪はどう見ても適当に手ぐしで整えた程度で、かけている縁なし眼鏡も、薄っぺらくてなんだか野暮ったい。無造作に着ているジャケットだって決してブランド品ではなさそうだし、ところどころに皺まで寄っている。

「残念イケメン」という単語が自然と思い浮かんだ。

 

 戸惑っている私に向かって、残念イケメンは三たびホストのような言葉を囁いてきた。


「綺麗です」

「…………」


 わけがわからない。こんな台詞、ダイレクトに告げられたことなんて初めてだ。なぜか後輩から「もえ先輩みたいな彼氏が欲しいです!」なんて言われるのは、しょっちゅうだけど。


「あ、ありがとうございます」


 もごもごと口のなかで答えると、よく聞こえなかったのか残念イケメンは一瞬不思議そうな顔をしたあと、そのまま笑顔で語り始めた。


「自他ともに認める虚弱な身体でも、ここまで綺麗な肉体をつくり上げられるとは、素晴らしいですよね。ほら、これも美しいシックス・パックになっています」

「は?」

「こっちの写真も日本刀にばかり目をやらず、胸のストリエーションにもぜひ注目して欲しいです。うん、実に綺麗だ」

「あの……」

「この人、社交ダンスをした際に〝肩パットしか見当たらないわ〟と身体の薄さをからかわれたそうですが、ボディビルを始めてからはそんな影も見当たりません。ほら、このデルトイドの厚みは、むしろ肩パットなどいらないほどです。綺麗に肥大しています」

「ぼ、ボディビル?」

「その後、ボディビルだけでなくボクシングや剣道にまで、はまっていったのも――」

「ちょ、ちょっと、すみません!」

 

 私は、なんとか話を遮ることに成功した。


「あの、綺麗って、この写真のこと……ですか?」

「はい?」

「そ、そうですよね、あは、あははは」


 慌ててごまかすと、眼鏡の奥の目をぱちぱちさせていた残念イケメンは、意外なことを言い出した。


「ああ。でも、あなたも綺麗ですよ」

「ふぇ!?」


 思わずおかしな声が出てしまった。頭の片隅で、「でも」というのが少しだけ気になったけれど、とりあえず置いておく。


「わ、私?」

「ええ」

「ど、どーも」


 なんだか顔が火照ってきた気がするのは、暑がりな体質のせいだけでもなさそうだ。最近はこういうナンパの仕方が流行っているのだろうか。

 いや、しかしこの野暮ったい男性がそんなことをするようには見えないし、何より優しそうな目には邪気が感じられない。文字通り綺麗な物を見つけた、子どものような笑顔だし――。


「綺麗なアキレス腱だと思います」

「ふぁ!?」


 またしても奇声を発してしまった。同時に、火照っていた顔が一気に常温に戻る。


「ちょっとだけしか拝見できませんが、長くて丈夫そうないい腱だと思います。SSCもしっかり働きそうですし、筋腱移行部もくっきりしているので綺麗なダイアモンド・カーフのカットが出そうですね。何かスポーツを?」

「え、ええ、バスケを少々……って、なんの話してんのよ、あんた!?」

「なるほど、バスケですか。道理で」


 人の話を前半しか聞いていなかったらしい。残念イケメンはさっさとしゃがみこむと、無邪気な笑顔で私の膝から下を眺め始めた。


「な、何……?」

「いやあ、本当に綺麗なアキレス腱です。あ、よろしければそのままちょっと、裾をめくっていただけませんか?」


 たしかに今日は、キュロットスカートの下にスパッツを履いているので、アキレス腱の辺りだけ生足である。……って、そんなことはどうでもいい。


「ななな、何言ってんのよ、このヘンタイ! いくらあたしの胸やお尻が見るほどのもんでもないからって、失礼な!」


 完全に混乱した私は、言わなくてもいいことまで口走りながら、残念イケメンあらため変態イケメンの両肩を突き飛ばし、踵を返して逃げ出した。


 背中から「うわっ!?」という声とともに尻餅をつくような音が聞こえてきたが、そんなものは知ったことではない。

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